新作映画オンライン先行配信で物議醸すアメリカ 日本の映画館はなくなるのか? - 田近昌也
※この記事は2020年05月13日にBLOGOSで公開されたものです
新型コロナウイルス感染拡大の影響で現在、全国の映画館が休業しており、その多くが苦境に立たされている。ハリウッドを抱える米ロサンゼルスでも日本同様に映画館は閉鎖されているが、一方でNetflixなどオンライン配信プラットフォームの好調ぶりが報じられている。
そんな中、先月、ハリウッドの長い伝統を揺るがしかねない「事件」があった。
「劇場での先行公開」ルール破られ映画館側が激怒
実写版『ムーラン』『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』など新作映画が相次いで公開延期となる中、ハリウッドのメジャースタジオ「ユニバーサル」が、4月10日に予定していた新作『トロールズ ミュージック★パワー』の劇場公開をすっ飛ばし、複数のオンライン配信プラットフォーム上で公開したのだ。
これはPVOD「プレミアムビデオオンデマンド」とも呼ばれ、通常劇場公開から最低90日を待って配信されるところを、より高い価格設定でより早く(ここでは映画館を飛ばして)配信する方法であるが、今回特筆すべきところは、4月10日の配信開始から3週間たらずで、その売上が約1億ドル(約106億円)に達したことである。
例えば昨年公開の『名探偵ピカチュウ』が同じ期間で1.2億ドル(約127億円)の興行収入(最終的には2.9億ドル)だったことを考えると、上映を飛ばされた映画館側は、大きな獲物を逃したように見える。
『トロールズ』が外出禁止という特殊な状況下で出された、子供向けの作品であることも忘れてはいけない。しかし、当然、劇場チェーンからの反発も大きく、全米で8000以上のスクリーンを持つ最大手AMCが、今後ユニバーサルの映画を上映しないと宣言すると、別の劇場大手シネワールドもそれに続いた。
コロナ禍という特殊な状況で生まれたこの事件であるが、ユニバーサルのジェフ・シェルCEOが、コロナ収束後も新作映画を映画館とPVOD同時公開をしていく姿勢を匂わせていることもあり、現時点で双方の和解には至っていない。
ハリウッドの伝統的なビジネスモデルが変わる可能性
この「90日の独占的な期間」というのは、より早く映画館以外で視聴を可能にしたいスタジオ側と、できるだけ長期間、映画を独占的に上映したい映画館側との妥協点であった。
1980年代にVHSが普及して以来、劇場興行との収入の共食いを防ぐため、当初180日あったその独占期間であるが、スタジオが段階的に短くするよう働きかけ、2000年代前半には120日、そして現在は90日に落ち着いた。
もともとユニバーサルはコロナ禍以前から、この期間のさらなる短縮化を積極的に働きかけてきたスタジオのひとつだったし、今回のこの売上は、現実問題として映画に対するオーディエンス(観客)の意思を反映したものであることは確かである。
ただし、同様の成功例が増えることで、この「90日」という、長い間スタジオと映画館側が守ってきた期間が今後なし崩し的に短縮され、PVODがより一般的になる可能性は多分にある。
そうなると、コロナ禍で大きく客足が遠のいた映画館は、収束後も配信との真っ向競争にさらされることになる。いくら映画鑑賞が日常にある程度根付いているアメリカといえども、映画館が深刻な経営危機に陥ることもないとは言えない。
オンラインファーストは日本でも起きる?
一方、日本でも同様のことが起きるのだろうか。
4月30日、東宝の配給にて6月5日劇場公開を予定していたアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』が、一度の公開延期を経て、6月18日にNetflixにて世界独占配信をすると発表を行った。
TOHOシネマズという大きな劇場チェーンを持つ業界最大手・東宝が配給する作品が、配信ファーストを決定したということで、大変興味深い。ただし日本においては、アメリカで見られたような「劇場すっ飛ばし」が相次いで起こることはないと考えている。最大の理由は、製作・配給側と映画館側をめぐる業界構造の日米における違いである。
アメリカの場合、独占防止の観点からメジャースタジオは製作・配給の機能しか持っておらず、劇場所有は法的に禁止されている。一方の日本の場合は、「東宝」や「東映」など大手の映画会社が製作、配給、劇場の全ての機能を持っており、配給側が自社系列の劇場を飛ばしてまで、配信で公開することのメリットは少ない。
『泣きたい私は猫をかぶる』についても、東宝の中でDVDの販売やグッズ販売などの業務を多く行う映像事業部による作品であり、作品の配信だけではなく二次利用による売上を見越した上でのオンライン先行配信に踏み切ったことが背景にあるのかもしれない。
いずれにしても、日本においては、劇場を持ちながら、オンライン配信を選ぶだけの経済上、もしくはクリエイティブ上の理由がない限りは、こういった流れが一気に進むことは考えにくい。劇場公開を待つか、オンライン配信に回すかは、今後ターゲットオーディエンスや配給会社と劇場の座組みなど、注意深く考慮した上で結論が出されていくだろう。
解除後に映画館のスクリーン争奪戦が起きる可能性
最後に、筆者が懸念しているのは、コロナ禍が収束した後に発生するであろう、上映スクリーンの奪い合いである。緊急事態宣言が出された4月上旬から映画館が休止となり、仮に7月の頭から動き始めたとしても、その3ヶ月の間に公開予定だった数多くの映画が、再開を待っている。
スクリーンと1日に上映することのできる映画の本数が限られている中で、より良い公開タイミングの奪い合いになりかねない。特に予算が小さめの独立系アート作品など、映画好きにはたまらないが爆発的なヒットが難しいような作品は、ヒットを見越して作られた大きい作品に押され、スクリーンの確保が難しくなってしまう可能性も多分にある。
ひとつ希望があるとすると、アート系の映画を積極的に流すミニシアターを救おうという動きが日本で見られることである。
映画を見ることが広く生活に根付いているアメリカでオンライン配信の動きが進み、逆にアメリカほど映画を見ることが普及していない日本で映画館を守ろうという動きがでているのは面白いが、こういったミニシアターを守っていこうという人たちの声によって、多くの人に見られる大規模エンターテインメント作品だけでなく、見る人を選ぶけれど良質なアート系作品にも、スクリーンで日の目を見る機会が与えられればと願うばかりである。
参照
https://variety.com/2020/film/news/amc-theatres-trolls-world-tour-dispute-1234592445/
https://variety.com/2020/film/news/trolls-dispute-cineworld-joins-amc-1234593108/
https://variety.com/2020/film/news/amc-theatres-universal-pictures-dispute-movie-theaters-1234592899/
https://tokushu.eiga-log.com/new/42551.html