※この記事は2020年05月12日にBLOGOSで公開されたものです

再建中に起きたコロナショックによる影響はあまりに大きい

日産自動車(以下日産)が、20年3月期決算の損益見通しに関し大幅な変更を発表しました。2月時点で前期比73%減の650億円とした損益が、新型コロナの影響でさらに1500~1600億円も下ぶれする見通しとなり、最大で1000億円近い大幅な赤字に転落するというショッキングな内容でした。

ショッキングなのは1000億円の赤字決算ではなく、わずか3月の1か月間でコロナの影響によって1500~1600億円もの減益になったという事実であり、コロナ禍がこのまま長期化すれば日産が被る損失は想像を絶する領域にまで達しかねません。日産の尋常ならざる苦境が、数字の上からみてとれると言えるでしょう。

日産の業績は、2018年カルロス・ゴーン元会長の逮捕・起訴以降、後を受けた西川前社長もまた不祥事疑惑の中で退任を余儀なくされ、イメージダウンもあって急速な下降線をたどってきました。

加えて、ゴーン氏時代の末期に製造部門への過剰な拡大投資をしたことが、製造部門の能力に反した販売低迷から製販ギャップは拡大の一途となってしまい、さらに加速度的な業績低迷に至ります。そうでもどうにか黒字を維持してきたわけなのですが、新型コロナショックのさらなる追い打ちはあまりに大きかったのです。

新型コロナの影響は自動車業界共通の難題ではありますが、健康体の企業と病中の企業とでは、同じ病に襲われてもそこには大きな違いがあります。既往症がある日産のダメージは推して知るべし。

5月に公表予定だった再建策を盛り込んだ中期経営計画は発表延期の見通しとなり、例えて言うならば、入院手術予定の患者が手術前に別の要因によって急激に体力を失い、もはや一体どこから治療すべきか判然としない、そんな状況に陥りつつあるのだと思います。

トヨタ、ホンダより少ない日産の手元資金に不安も

同業他社を見渡せば、例えばキャッシュフローひとつをみても、トヨタは6兆円の手元資金を持ちながら3月早々に、銀行団と1兆円のコミットメントライン契約を結んで最大7兆円の手元現金を確保。ホンダはキャッシュフロー・ベースだけで、約2兆4千億円を持っています。

対する日産は、昨年12月末時点でのキャッシュフローが1兆2千億円。5千億円のコミットメントライン契約を入れて、合計1兆7千億円の手元資金という状況です。

一般庶民の感覚ではかなり大きな金額ですが、グループだけでも約1万6千社80万人に及ぶ関連企業や下請け企業を抱える裾野の広い産業の頂点に君臨する立場から考えれば、この金額では現状下でせいぜい2~3か月を食いつなぐのがやっとという状況でしょう。

もし、日産が先の見えない新型コロナの行方を案じて手元資金温存を考え、下請けへの支払いを渋る、あるいは滞るようなことがあれば、その影響は甚大です。下請け部品メーカーは、大手でも完成車メーカーに比べ手元資金に余裕がなく、さらにその下請け・孫請けになればひとたまりもないというのが偽らざるところです。

この点でもトヨタは、コロナ禍の長期化による危機的な状況を見越して業界団体のリーダーとして中小企業の救済ファンドを立ち上げており、ホンダも下請部品メーカーに対して要望があれば調達部材の支払い猶予する旨を伝えるなど、先回りで裾野企業の支援策提示に動いています。

しかし日産は、自社を巡る苦境対応に手一杯で、裾野企業に気遣いをする余裕はないように映っています。ゴーン体制後のガバナンス強化、製販ギャップ是正に向けた大胆なリストラの必要性、仏ルノー社との不協和音が続く提携関係の調整、それらをまとめ牽引できる新たなリーダーシップの確立…、日産が抱える重要課題はあまりに多すぎます。

そして、終息が見えない新型コロナ禍の下で、これらの課題を抱えつつ巨大裾野企業群をいかにして支えていくのか。外部支援なしには、容易に解答を見出せる状況にはないように思えます。

新型コロナの長期化で日産が取り得る3つの生き残り策

では、新型コロナ危機の長期化を前提とした場合に、日産を巡る最終的な出口策はどうなるのでしょう。ひとつは、43%超の筆頭株主ルノーの完全子会社化による、実質フランス資本傘下入り。それを避ける方策としての、日本政府支援による実質一時国有化。国有化が難航した場合の自動車業界内での再編、この3通り程度が今考えうるところかもしれません。

ルノーによる完全子会社化は、ルノー自身も昨年12月期に10年ぶりの赤字決算となり日産を取り込むほどの余裕があるとは思えず、一見可能性は低そうに思えます。しかし、以前から国力増強策として日産を欲しがっているルノーの筆頭株主フランス政府が、この機を捉えて本気で動くことも考えられ、その可能性は考えておく必要はありそうです。

これを避けるための日本政府の直接関与はどうか。過去1990年代末期に日産が経営危機に陥った際にも、一時国有化による支援は検討されたことがありました。

しかし、当時の政府の結論は、「日産を国が救う理由が見当たらない」というものでした。その理由は、自動車業界は社会インフラではないという判断、が大きく影響していたと言われています。

一方、前回と今回で状況が大きく異なっているのは、前回は完全に個別企業の自己責任による経営危機であったものが、今回は新型コロナショックという外部要因的国難に起因している点です。先のフランスに国の中核企業を奪われかねないという動きが出るなら、日本政府にとって難しい決断を迫られる場面があるかもしれません。

しかしながら、もし国の支援となれば、一民間企業を国が救済することに対する世間の風当たりは相当強そうです。特に今回は大企業から中小企業に至るまで、国の支援を待ちわびる事業者は枚挙に暇がない状況であり、易々と支援策が運ぶとは思えません。

ならば最大のウルトラCとして、業界再編というもうひとつの選択肢に行き着く可能性もあり得るでしょう。この場合、日産を傘下に収めうるのはトヨタだけでしょうから、トヨタによる日産の統合という、現状では到底あり得ない流れになります。有事下では平時にはおよそ考えられないことまでも選択肢になりうるのです。

念のためにお断りしておきますが、もちろん本稿は日産が破綻の危機にあると断言する意図もなければ、いたずらに不安を煽る意図もありません。しかし現状、当初の想定以上に長期化を余儀なくされそうな新型コロナ禍の下で日産が重大な局面に立たされていることは間違いなく、それは同時に日本経済にとってとてつもなく大きな爆弾であることに相違ないのです。

万が一この爆弾を無防備に爆発させるようなことになれば、日本経済を想定外の長期不況に引きずり込むような脅威にもなり得ます。政府は日本経済を底支えする自動車産業の崩壊を招かぬよう、最悪の事態に備えたケース別の対応方針を今から練って、救急事態発生時にすぐ手が打てるよう先回りをする必要があろうかと思うところです。

最後に、今何よりも大切なことは日産自体のがんばりです。新型コロナの早期終息をただただ祈りつつ、まずは日産経営陣の一層の奮起に期待する次第です。