【洋服の青山やAOKIなど紳士服大手が苦境】スーツ需要の減少で紳士服大手4社は苦戦 コロナ収束後も売上回復しない恐れも - 南充浩
※この記事は2020年05月09日にBLOGOSで公開されたものです
いまだ様々な自粛が続く新型コロナウィルスの感染拡大問題ですが、紳士服業界にも大きな変化をもたらしそうです。紳士服、いわゆるメンズのスーツは2005年のクールビズ開始以来、カジュアル化、簡素化が進められ大きく変化しました。
当然、恩恵を被った企業やメーカー、ブランドもありましたし、ネクタイ業界のように逆に割を食った先もありました。2010年ごろからのSNSの普及やネット通販の浸透などで、服装規定のゆるいIT業界が注目されたこともあり、ますますカジュアル化は進んだといえます。
テレビ会議の普及で紳士服はコロナ収束後も売上減少の一途か
今回のコロナショックが起きる前から、青山商事、AOKIホールディングス、コナカ、はるやまホールディングスの紳士服大手チェーン4社の決算はすでに崩れていました。理由はカジュアル化・簡素化の進展とともに、最大人口であった団塊世代の引退です。これによってスーツ需要は激減しました。
引退後、仕事もしないのにスーツを着るという人はほとんどいません。現役世代でも、休日にわざわざスーツを着る人はいないでしょう。こういったことを背景に、2017年以降はスーツの需要そのものが激減しました。
今回のコロナショックでは、他分野のアパレル同様に多くの店舗が営業時間短縮や休店しているため、4月以降の紳士服大手チェーン各社の売上高は壊滅的に悪くなるでしょう。また、入社式を取りやめにした企業も少なくなかったため、入社式用のスーツ販売も振るいませんでした。
緊急事態宣言が解かれた後も、テレワークやビデオ会議の普及・浸透によって、今まで以上に上下セットのスーツの需要は減ることになりそうです。ビデオ会議で映るのは上半身だけであり、下半身は映らないため何を穿いていても関係ないということになれば、わざわざスーツを買う必要がなくなります。
よくてテイラードタイプのジャケットが売れるくらいで、シャツ類の売れ行きがメインということになるでしょうから、スーツよりも客単価はさらに下がります。このため緊急事態宣言が解かれた後も、大手紳士服チェーン4社の売れ行きは回復しないと個人的には考えています。
コロナ騒動以前からスーツのカジュアル化は進んでいた
大手4社は、2018年の秋の時点で赤字転落していたことが決算発表で明らかにされていました。当然、コロナショックもまだ起きていませんから、この原因は取りも直さず、本業であるスーツ販売の苦戦によるものです。この苦戦の理由は、先ほどから書いているとおりです。
1、 団塊世代の引退によるスーツ需要数の大幅減少
2、 ビジネススタイルのカジュアル化・簡素化
3、 重複しますが、クールビズの浸透
という3つの理由があります。しかし、もう一つ派生的な理由を挙げることもできます。
ビジネススタイルのカジュアル化・簡素化に伴い、低価格・高機能のセットアップが台頭してきたという要素もあります。
アパレル業界以外の方にはわかりにくいかもしれませんが、ビジネス向け・フォーマル向けの物を「スーツ」と呼びますが、もう少しカジュアル仕立てのスーツを業界では「セットアップ」と呼ぶ場合があります。
業界以外の方から見ればどちらも似たように見えるでしょうが、縫製や仕立てがフォーマル向け・ビジネス向けで「カッチリ」した印象の物が「スーツ」、カジュアル向け・ビジカジ用で縫製や仕立てがそこまでカッチリしていない物を「セットアップ」と業界では呼びならわしています。
そして、いわゆる「スーツ」のカジュアル化が進んだ結果、ビジネスシーンにおいて「スーツっぽく見えるセットアップ」も着用可能という状況に変化してきています。セットアップは、仕立てや縫製がゆるい分、スーツよりも価格を抑えることができるという点で、スーツ需要がセットアップに流れた部分もあります。
高機能性セットアップへの各社参入で紳士服大手4社は苦戦
従来型のスーツにも”ならでは”の良さがいくつか挙げられます。その一つには、生地には主にウールが使われており、なんともいえない光沢や肌触りが大きな魅力となっていました。しかし、同時にこのウールを主体とした生地の手入れが面倒だったこともまた事実です。
1、 動きにくい
2、 家庭洗濯ができない(要クリーニング)
3、 保管が難しい(虫に食われて穴が開く可能性が高い)
4、 長年使うと擦り切れてくる
といったあたりが思いつくでしょうか。なんともいえない魅力あるウール生地ですが、利便性や快適性が高いかといわれるとそうとはいえません。
そこで、自ずとメンテナンスの楽さも含めた高機能性が盛り込まれたスーツ、セットアップが登場することになります。大手4社でもその手の高機能スーツを盛んに売り出しています。
例えば、ウォッシャブル(家庭洗濯できる)スーツやストレッチ素材を採用したスーツ、軽量スーツなどです。仕立てや縫製についてはさすが専業の4社という部分が多くありますが、もう少し品質を抑えたセットアップなら専業でなくとも商品を企画製造することが可能です。
そして、それゆえにカジュアルブランドやスポーツブランド、ワークウェアブランドなどがお得意の「高機能性」を引っ提げてセットアップに参入したのです。
誰でも手に入れやすい物としては、ユニクロの「感動ジャケット+感動パンツ」が挙げられるでしょう。合繊主体のストレッチ生地を採用しているため、動きやすいだけでなく、洗濯もしようと思えばできます。おまけに上下合わせても1万円を少し超える程度で、大手4社の機能性スーツよりも恐らく8000~1万円くらい低価格となっています。
同じファーストリテイリングのジーユーもカジュアルセットアップを盛んに出しており、ストレッチや吸水速乾など、合繊主体の機能素材を使用しており、上下セットで7000円くらいという安値です。
また、昨年話題となったワーキングウェア業界の「スーツに見える作業服」とかミズノやアディダス、デサントなどのスポーツブランドが協業したスポーツ素材のセットアップなども登場しており、消費者の選択肢はこれまで以上に広がりました。
そのため、スーツを大手4社で買うことにこだわる必要性がなくなってきているのです。低価格のセットアップが欲しければユニクロかジーユー、高機能性が欲しければスポーツブランドやワーキングウェアという具合に選ぶことができるようになりました。
スーツ需要の激減で大手4社の淘汰が進むか
大手4社はこれを見越して経営努力をしなかったのかと問われると、個人的にはNOと答えます。なぜなら、大手4社は団塊世代引退による需要減少を見越して、それなりの手段は講じていたからです。
まず、大手4社が共通で手を付けたのがレディーススーツです。メンズの需要が減少するならレディースで補填しようということでしょう。とくにレディースのリクルートスーツは、大手4社がかなりのシェアを占めているといわれています。
また、スーツが減るならカジュアルで補填しようということで、青山商事はリーバイスストアのフランチャイズや撤退したアメリカンイーグルなどを展開。はるやまは、テットオムやストララッジョなどのブランドを買収しました。
さらにAOKIはアパレルがダメなら異業種で、という感じでカフェ業態や結婚式場、カラオケボックスなどをすでに展開しています。
しかし、それだけでは足りなかったというのが実情です。とくにカジュアルは各社大苦戦で、スーツ屋のカジュアル下手は証明されたといえます。AOKIの異業種は堅調のようですが、本業の落ち込みを補填できるほどの規模ではないといえます。
では、今後、スーツはどうなっていくのでしょうか。コロナショックを契機としてテレワークやビデオ会議が導入され、今まで以上に「スーツ」需要は減るといえます。テレワークだと自宅でスーツを着る必要はありませんし、ビデオ会議の時は画面に映る上半身だけを最低限整えていればいいということになり、こうなると「上下セット」のスーツを買う必要がなくなります。
おまけにカジュアルやスポーツ、ワークウェアの参入によって、顧客の分散はさらに進んでいくことが予想されます。
スーツ需要はゼロにはならないでしょうが、ゆくゆく大手4社は淘汰され、1社、よくて2社だけが生き残るということになっていくのではないでしょうか。その他のスーツブランドやスーツアパレルも淘汰や吸収合併がなされ、残念なことではありますが何社かは姿を消すことになるのではないかと思われます。