公務員の仕事は「やり方」を変えれば一気にAIで代替可能 導入が進まない背景に「旧態依然」にこだわるマインドセット - 磯山友幸 - BLOGOS編集部

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※この記事は2020年05月08日にBLOGOSで公開されたものです

最近は、さまざまな業種においてAIの導入が検討され、業務の効率化によって将来の人口減少に備える企業が増えてきている。地方自治体でも、保育園の入園審査など一部業務において、AIを試験的に導入する役所が出てきている。

しかし、公務員の業務全体で見ると、いまだ紙ベースの業務は多く、AI導入を難しくしているこれまでの慣習があるようだ。本稿では、公務員の仕事が現在どのように行われ、より効率的に業務を進めるためにはどのような課題があるのか考えてみたい。

「在宅勤務」できず…業務のIT化に消極的だったツケが噴出

新型コロナウイルスの蔓延拡大による緊急事態宣言の発令で、多くの企業が在宅でのオンライン勤務、いわゆる「テレワーク」に移行している。ところが、霞が関や地方自治体では、ほとんどテレワークができないという現実に直面しているのだ。

首都圏のある自治体では、緊急事態発令後も全職員が登庁して勤務に当たっていた。4月下旬になってようやく、可能な範囲で在宅勤務に切り替えることとし、職員の半数を在宅にすることを目標にしたが、困った事態に陥っているという。

従来、業務に当たって、個人のパソコンを利用することは厳しく禁じられてきた。それまで多くの自治体で情報流出などの事故が相次いでいたためだ。

在宅勤務する場合には、役所のホストにつなぐことができるように権限を付与設定したパソコンの貸与を受けることになるが、1万人以上職員がいるにもかかわらず、その台数はわずかに60台。

急遽、予備費予算を使ってパソコンを100台発注したが、テレワーク化を急ぐところが多いためか、在庫がなく調達のメドが立っていない。

「在宅勤務になったほとんどの職員は、業務に必要な書類を持ち帰って仕事をすることになる」と市の幹部はいう。携帯電話が貸与されているのもごく一部の幹部職員で、通常の業務に当たる職員は役所にいなければ電話を受けることもできない。もちろん、電話を職員個人の携帯に転送することなど、これまでの備えもなく考えることすら難しい状況だ。

「実際はコロナ休暇になるんじゃないでしょうか」とその幹部は自嘲気味に話す。

それでもこの自治体は財政が豊かで、IT(情報技術)化投資におカネを使ってきた方だという。「全国の自治体は、うちより悲惨な状況ではないか」と話す。

こういった状態は、地方自治体の役所業務だけではなく、コロナ対策の最前線である厚生労働省など、霞が関の中央省庁も似たような状態だ。

「予備費でパソコンを買い与えたらどうだ」

ある役所のトップが苦言を呈していたのは2月の終わりのことだ。最前線で仕事をする課長補佐にも自宅に持ち帰ることができるパソコンがないというのだ。

24時間体制で不眠不休のなか対応を迫られているが、結局、役所に出てこないと仕事にならない。しかも、実際に狭い執務室や会議室に集まって顔を合わせて仕事をするしかない。

「マスクはしていますが、ここで新型コロナへの罹患者が出たら、業務は完全に止まってしまいます」と、課長職の男性は声を落とす。

さらに最前線の保健所なども状況は変わらない。報道などで電話での問い合わせ場面が出てくるが、どこを見ても通常の職務スペースで、職員どうしが寄り添うようになって仕事をしている。濃厚接触そのものだ。

残念ながら、役所では、ITへの取り組みに消極的だったツケが一気に噴出している。民間の場合、「働き方改革」もあってテレワークの導入に着手していたところに、新型コロナの蔓延がやってきた。

民間企業では、これを機に一気にテレワーク化を拡大し、在宅でも通常通りの業務をこなしているところも少なくない。VPNを利用して会社のシステムにつなぐため、通常よりもセキュリティレベルを引き下げた会社も多い。

ところが、役所のほとんどは、旧来の仕事のやり方に引きずられ、テレワークに取り組んで来なかった。セキュリティ問題など「やらない理由」を挙げるのは簡単だったからだ。

そんな状態だから、役所の業務に人工知能(AI)を活用しようというムードにはなかなかならない。そもそも、AIの前にITに詳しい職員がほとんどいないのだ。

紙ベースの業務から抜け出すには業務の全面見直しが必要

政府は2019年6月14日、「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」を閣議決定した。その中で、これまでのIT戦略の歩みについてこう述べている。

「政府CIOがIT政策の統括者となり、府省庁の縦割りを打破して『横串』を通すことにより、政府情報システムの運用コストの削減やデータ利活用の促進など、着実な成果を積み重ねてきている」

成果が出ていると「自画自賛」しているのだ。

ちなみに政府CIO(最高情報責任者)の正式な日本語名称は「内閣情報通信政策監」。官僚トップである内閣官房副長官の半格下の高級ポストである。台湾では閣僚級の「デジタル担当政務委員」に天才プログラマーといわれるオードリー・タン(唐鳳)氏を抜擢しているが、同じ役割を日本の政府CIOも期待されているのだろう。

さすがに官僚では無理で、民間人からの登用だ。現在は大林組の元専務で、情報システム担当などを務めた三輪昭尚氏が就任している。台湾のタン氏は現在39歳だが、三輪氏は68歳だ。

政府CIOの下に、各省庁のCIO(情報化統括責任者)が置かれているが、これは役人として出世してきた幹部官僚が兼務している。ITに詳しいわけでも、自身がパソコンを使えるかどうかも関係ない。

閣議決定された基本計画では、重点取組4項目の3つ目として「我が国社会全体を通じた、デジタルガバメント」が掲げられており、「デジタル技術を徹底的に活用した行政サービス改革」を行うとしている。国民にとって、「すぐ使えて」「簡単で」「便利な」行政サービスを実現するとしている。

本当のデジタル・ガバメントを実現するには、霞が関の仕事のやり方を全面的に見直す必要がある。紙を前提とした仕事を、そのままデジタル化しても意味がない。

冗談のような話だが、決裁書類をパソコンで作ってプリントアウトし、それに決裁印を押印し、その書類をスキャンして保存するということが行われている役所もあるという。デジタル化は、紙の書類をPDF化することに矮小化されては、何のためのデジタル化か分からない。

基本方針にある具体策の一例でいえば、「予算要求前から執行の段階までの年間を通じたプロジェクト管理を本年度から一部開始し、順次拡大を図る」という項目がある。あくまで「一部」で拡大するのは「順次」では、いつまでたっても紙が存在するため、デジタル化は完成しない。

デジタル化の過程で新たな業務が増える非効率

霞が関に関連する業務でデジタル化が進んでいるとされるひとつの例を見てみよう。社会保険診療報酬支払基金である。

支払基金は医療機関から提出される「診療報酬請求書(レセプト)」を審査し、保険から診療報酬を支払う仲介を行う。特別法による民間法人の形になっているが、厚生労働省が制度などを仕切る外郭団体である。

レセプトの数は、2019年の年間で11億6610万件と膨大な数にのぼるが、その電子化が進められてきた。2020年1月分(月間)では9461万件請求の78.7%がオンライン、19.7%が電子媒体による提出になっているが、まだ紙ベースの請求も1.5%存在する。145万3150件がいまだに紙なのだ。

さらに問題なのは、申請されたレセプトは、旧来から全国都道府県ごとに設置されてきた47の支払基金の「支部」が審査することになっている。この審査については「コンピューターチェック」を行うことになっており、それで3分の2が終わるが、その後、職員が事前チェックすることでさらに15%が完結。残りの20%が「審査委員会」にかけられているという。

ただし、コンピューターチェックといってもルールは支部ごとで、それぞれバラバラに異なっているという。

政府の規制改革会議はその非効率さに着目、「支払基金改革」に乗り出し、提言を繰り返してきた。デジタル化による業務の効率化だけでなく、データを健康保険組合などの保険者が利用できるようにしたり、データ分析に活用できるようにすることで、医療の地域差などを解析、国民の健康福祉に役立てることができるとしたのだ。

支払基金改革では、支部ごとのコンピューターチェックルールを見直し、本部に一本化することなどを求められ、今も改革が動いてはいる。規制改革会議は完全デジタル化によって支部を廃止できると見ているが、支払基金や厚生労働省などの抵抗は激しい。

厚生労働省や支払基金の案では支部の代わりに、広域地域にごとに「審査事務センター分室」を設置、デジタル化しても10年間はその拠点を維持したい意向を示している。デジタル化で本来ならば仕事がなくなるはずなのに、あえて新しい組織を作ろうとする、役所の典型的な行動パターンといってもいいだろう。

抜本的な業務見直しができれば一気にAI導入が進む可能性

支払基金改革で常に引き合いに出されるのが、韓国で同様の作業を行なっている「健康保険審査評価院」だ。

支払基金のホームページにあるQ&Aによると、韓国の評価院は職員1700人で事業費は167億円なのに対して、日本の支払基金は、職員が4934人、事業費は828億円にのぼる。

「医療保険制度の規模が日韓間で大きく異なるため(中略)単純に比較することは、適切でないのでないか」と支払基金は主張する。

レセプトの審査でも韓国では大半がコンピューターによるチェックで済ませ、審査委員会にかけるのはレセプト全体の0.001%だけだとされる。日本は新システムを導入しても「1%以下」にするという目標に留まる。

AIを活用すれば、レセプトの審査などほぼ100%人手をかけずに自動処理することができるはずだが、遅々として進まない。

逆にいえば、役所やその周辺の「官業」領域は、働き方を抜本的に見直すことに躊躇しなければ、AIによる自動化、効率化が一気に進む可能性がある領域だといえるだろう。まずは「旧態依然」にこだわる官僚たちのマインドセットを変える必要がある。

磯山友幸(いそやま ともゆき)
経済ジャーナリスト。1962年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末で退社、独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『国際会計基準戦争完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
現在、経済政策を中心に政・財・官を幅広く取材中。早稲田大学政治経済学術院非常勤講師、上智大学非常勤講師、静岡県リーディングアドバイザーなども務める。