東京だけが日本じゃない! 新型コロナ報道に浮かぶキー局の鈍感さ - 浮田哲

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※この記事は2020年05月08日にBLOGOSで公開されたものです

連日膨大な時間を費やして報道される新型コロナウイルス問題は、日本のニュース史上に確実に刻印されるであろう巨大なメディアイベントでもある。新聞紙面のほとんどはこの問題に関連する記事で埋め尽くされ、テレビのニュース番組やワイドショーを見ても、他のネタが入る余地がほとんどないという、まさに緊急事態、異常事態が続いている。しかし、そのニュースの中身については、量の膨大さに反してあまり多様性は感じられない。

台風は接近から関東付近を通り過ぎるまでがニュースで、その後は忘れ去られる、とはよく聞く。たとえ、その後台風が東北~北海道まで北上していったとしても、東京を通り過ぎた後は、ガクッと報道量が減ることを揶揄した話である。メディア企業の中心が東京に集中し、そこでニュースを作る人間が、つい自分自身を基準にニュースを報じるために、他の地域に住む人たちのことを忘れがちであることが原因である。

このことは、東京に住んでいるとあまり気がつかないのだが、私のように京都に住んで東京発のニュースを見ていると、その東京偏重ぶりがいやが上にも目につく。特に、台風接近のような自らの身にも降りかかってくる事象に対しては近視眼的になりがちで、それが今回の新型コロナウイルスの報道姿勢にも大きく現れている。

大阪・兵庫・福岡はどこへ行った?

安倍首相が、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態を宣言したのは4月7日。午後7時から行われた安倍首相による記者会見はテレビでは各局が報道特番を組み、生中継を行った。初の緊急事態宣言を受けた首相会見というのは、それだけで全国レベルのニュースとして中継を行うのは当然だが、それを受けた今後の対応というのは、視聴者によって興味のあり方が変わってくる。

大きく分ければ、対象となる7都府県の住民とそれ以外の地域の住民に分かれ、7都府県でも東京とそれ以外の地域という分け方になる。私は自分の勤務する大学が大阪にあるので、宣言に基づく大阪府の対応に注目してテレビの前に座っていた。

結論からいうと、大阪府の対応については民放各局からは申し訳程度の情報しか得ることができなかった。その代わりに見せられたのは、小池百合子東京都知事の記者会見の生中継であり、在京の政治部記者や有識者たちによる解説、社会部記者による都内の街角レポートであった。各局2時間に及ぶ特番がどんな内容であったか振り返ってみる。

朝日放送がなぜ歌舞伎町? 大阪のニュースは開始1時間24分後

まず、朝日放送(ANN系列)は19時からCMを2回挟んで56分間、安倍首相と尾身茂専門家会議副座長による会見と質疑応答を生中継した。その後、テレビ朝日のスタジオで5分間の解説があり、経済対策の話に話題が移ろうとしたときに小池東京都知事の会見が始まり、急遽会見の映像に切り替わった。

会見と質疑応答の生中継が15分あまり入った。会見では東京都がどのような対策を行うかを説明した後、都民に不利益が出ないよう2つの都条例を新たに設けることが説明された。その後、テレ朝のスタジオと都庁にいる記者を中継で結び、都と国の調整について記者から詳細なレポートが行われるが、これらの一連の東京都の話は都民以外には関係のない話である。

その後のCM入りのQカットには吉村洋文大阪府知事の会見の様子が映し出され、「この後は大阪から最新情報です」というコメントがあったので、ようやく大阪の話が聞けると思ったら、CM(2分30秒)明けでは同じアナウンサーが、まるでさっきのコメントは忘れてしまったかのように「緊急事態宣言を受けて、東京の街はどのように変わったのでしょうか。新宿歌舞伎町の上空に社会部の○○○記者がいます」と紹介し、上空からヘリコプターによる街の様子のレポートが入った。

「ここが歌舞伎町一丁目のメインストリートなんですが、ご覧ください!まったくと言っていいほど人通りがありません…」というようなどうでもいい内容のレポートが延々と2分弱続き、またCM(2分30分)に入った。

ここまでだけでも、東京以外の情報を知りたい視聴者は相当イライラしたと思うし、東京発のニュースを制作するテレビ屋たちの無神経ぶりがうかがえる構成になっている。

CM明けでようやく大阪の朝日放送のスタジオから大阪のニュースが始まったときは、番組開始から1時間24分経っておりその時間は10分間であった。ニュースの内容は府庁前の記者からのレポートを中心に構成されていたが、まだ会見中だという吉村知事の会見の生中継はなく、会見の様子は編集されて1分21秒だけ使われていた。

私も以前、生放送でヘリコプターによる中継を入れたことがあるが、ヘリコプターは予定通りに現場に到着することが難しく、どうしても時間が前後してしまい、番組内の予定していた場所で中継を入れられないことがある。これは推測だが、ヘリコプターが現場に着いてしまったので、急遽CM明けで歌舞伎町上空からの中継を入れたのではないだろうか。

しかし、もしこのタイミングが小池東京都知事の記者会見の始まるタイミングとバッティングしたら、テレビ朝日はどういう対応をしただろうか、と考える。いずれにせよ、彼らにとってのニュースの価値の優先順位がよく分かる瞬間であった。

番組ではこの後、神奈川県、千葉県、埼玉県の対応についてそれぞれ1分少々にまとめてレポートがあったが、緊急事態宣言の適用地域に指定された7都府県のうち、兵庫県と福岡県について触れられることはなかった。(福岡については一部内容を差し替えていた可能性もある)

関西テレビ 大阪情報は2時間のうちわずか37秒

続けて関西テレビ(FNN系列)の特番の内容を見てみる。

構成はさらにシンプルになっており、冒頭40分はCMなしで安倍首相と尾身専門家会議副座長の会見と質疑応答を生中継し、CMを挟んでフジテレビのスタジオで3分弱会見を振り返った後、続けて22分半CMなしで小池東京都知事の会見と質疑応答を生中継した。

大阪のニュースが初めて取り上げられたのはテレビ朝日と同じように番組開始から1時間24分経過してからで、しかも、千葉県、大阪府、埼玉県の3府県の知事の会見を順番に編集しただけのもので、時間はそれぞれ57秒、37秒、28秒であった。

大阪府の吉村知事の37秒とは「医療機関への通院、食料の買い出し、職場の出勤といった生活の維持に不可欠な場合を除いて、原則として自宅から外出しないこと。家にいるということを皆さんに1ヶ月間要請します。もう一つは3密につながる夜の繁華街への外出は強く自粛を要請します。どうしてもという用事以外は家にいてください、それによって救われる命があるということです」というものだった。

あまり情報性のないコメントで、この37秒が2時間にわたる報道特番における唯一の大阪のニュースであり、関西テレビのスタジオから放送されることはなかった。ちなみに、神奈川県については番組後半で県庁から記者のレポートが入ったが、黒岩知事のコメントはなく1分13秒という短いものであった。

スタジオではこの後「私たちの生活はどう変わるのか」という括りで、様々な業種が営業するのか休業するのかを表にしたボードが登場するのだが、表のタイトルは「東京都緊急事態措置(案)」となっており、東京の対応を「私たち」として紹介していた。スタッフは誰も違和感を持たなかったのだろうか。

たった37秒だけ吉村大阪府知事の会見を放送した関西テレビのさらに上を行く(?)のは読売テレビ(NNN系列)である。

関西情報は皆無! 大阪に本社おく読売テレビ

ここでは、2時間の特番中に1秒も大阪のニュースが流れることはなかった。19時から民放最長となる47分半にわたってCMなしで安倍首相の会見を生中継し、その後CMの合間に短く千葉県知事と埼玉県知事の会見を紹介した後、小池都知事の会見をCMを挟みつつ17分半にわたって生中継した。

朝日放送や関西テレビが大阪のニュースに入った1時間26分後には都内のファミリーレストランからの中継が入り、今後の営業をどうするかという話をレポートしていた。その後も取材で登場する公園や本屋やフィットネスクラブなどは全て東京の施設であった。

極めつきは、東京から秋田に帰省してそこでウイルス感染した10代の女子学生の事例を紹介した後、スタジオに登場したフリップである。そこにはタイトルとして「私たちにできること」とあり、それに続けて「地方への安易な移動はしない」という文字の下に「観光や里帰りはウイルスを広げる怖れ」「都市部以外は医療機関が少なく、医療崩壊をまねく怖れも」と書かれていた。

秋田でこの番組を見ていた視聴者はどんな気持ちがしただろうか。いずれにせよ、このフリップを作成し日本テレビのスタジオから「私たちにできること」の注意喚起を行った番組スタッフは、最初から東京の視聴者だけに向けて番組を作る、という確信犯であることがハッキリした。

準キー局の矜恃示した毎日放送

民放の中で比較的バランスが取れていたのは、毎日放送(JNN系列)である。

19時からの冒頭30分間、CMを挟むことなく安倍首相の会見を生中継し、その後10分間はCMを挟みながらTBSのスタジオから解説をしている。その後、都内のスーパーマーケットからの中継レポートが入り、CM前に「この後は街中の様子を中継を交えてお伝えしてまいります」というアナウンサーのコメントがあったものの、CM明け(19時47分)にTBSのスタジオは一瞬映っただけであった。

画面はすぐに大阪の毎日放送のスタジオに切り替わり、同時刻に行われている吉村大阪府知事の会見の内容をまとめてアナウンサーが説明し、関西地区の最新の感染者数の紹介があった後、吉村知事の会見の生中継に切り替わった。会見の途中で唐突にCMに入ったが、この間6分は、JNN各局が地元の対応を紹介するローカル枠としていたと思われる。19時47分から吉村大阪府知事の会見の内容を速報したのは、テレビではNHKも含めて毎日放送が一番早かった。

その後CMを挟んで小池東京都知事の記者会見が17分間にわたって生中継され、それを受けて東京の対応についての解説がスタジオで行われた。特筆すべきは、番組の最後で吉村大阪府知事が生出演したことで、TBSのスタジオにいる東国原英夫元宮崎県知事らとのやりとりが4分20秒間放送された。

こうしてみると、民放各系列のキー局とローカル局の力関係の違いも期せずして透けて見える部分もあり、読売テレビの報道部員はどんな気持ちで日テレ発の報道特番を見ていたのだろうか、と少々同情も禁じ得ない。なお、今回は珍しくテレビ東京(TXN系列)でも特番を組んだようだが、残念ながら京都はテレビ大阪のサービスエリア外なので、視聴することはできなかった。

それにしても民放各局の特番の構成は極めてよく似ており、特に、小池東京都知事の会見を生中継することに各局こぞって精力を注いでいた。「国と自治体の調整」は緊急事態宣言に関連する重要な問題点であり、日本の社会全体が共有すべきものだとは思うが、都知事の会見の生中継が全国的に見てそれほどのニュース価値があったのか、是非立ち止まって考えてもらいたいと思う。

在阪民放各局と一線を画したNHK

民放各局と好対照だったのはNHK(大阪)である。

NHKは「ニュース7」を拡大し、19時から69分間にわたって、安倍首相と尾身専門家会議副座長の会見と質疑応答を生中継し、中継が東京のスタジオにかわったタイミングで大阪のスタジオに画面が切り替わり、「番組の途中ですが、ここからは大阪のスタジオから大阪府の対応についてお伝えします」とアナウンサーが断り、吉村大阪府知事の会見と質疑応答を録画で伝えた。これは一切編集なしで26分間続いた(知事の会見は最初から最後までノーカットで見ることができた)。その後は井戸敏三兵庫県知事の会見を番組終了まで9分13秒間ノーカットで放送した。

この夜の報道特番を比較するかぎり、小池東京都知事の会見に一切触れず、吉村大阪府知事と井戸兵庫県知事の会見を極力加工することなく放送したNHKに見識を感じた。会見を中継したカメラマンが非常に下手で、音声も聞き取りにくいといった技術的な問題はあったものの、地域のニーズに的確に応えていたことは評価できる。

もう少し視野を広く 「三軒茶屋は全国の人が知っているわけではない」

かつて、私はフジテレビでドキュメンタリー番組を何本も制作した。フジテレビでは名物プロデューサーによるナレーション直しというのが恒例となっており、何時間、何十時間も部屋にこもって、ディレクターの作ったナレーション原稿を、映像を見ながら修正していく。時には数行のナレーションを完成させるのに何時間もかかることがあって、ディレクターとしても格好の修業の場であった。

このナレーション直しをする部屋の壁に「フジテレビナレーション直し5ヶ条」というものが貼ってあって、その一つに「三軒茶屋は全国の人が知っているわけではない」という項目があった。東京で番組を制作していると、どうしても視点が東京中心になりがちなので、それを諫める項目である。

個人的な感想だが、最近益々テレビ屋の視点が狭くなっているような気がする。キー局で番組を制作している制作者たちには是非「三軒茶屋は全国の人が知っているわけではない」ことを肝に銘じて欲しいと思う。