新型コロナウイルス 日本にとって怖いのはヨーロッパ基点「欧州株」の流行 - 木村正人
※この記事は2020年05月07日にBLOGOSで公開されたものです
怖いのはヨーロッパを基点にした「欧州株」
[ロンドン発]新型コロナウイルス対策で死者を増やさないことを最優先に掲げてきた日本の死者は577人(5月7日時点)。このほかクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の集団感染で13人が死亡しています。少し古い数字ですが、専門家会議のスライドを見ると、日本の死者は世界各国に比べて格段に少ないことが分かります。
中国湖北省武漢市発の新型コロナウイルス「武漢株」による第一波を「中国」「湖北省」「武漢市」という発生源による絞り込みで封じ込めに成功したことが大きいでしょう。感染症サーベイランスを担当する保健師さんたちの地道な努力が実を結びました。
死者13人を出してしまったダイヤモンド・プリンセスの検疫も国内へのウイルス侵入はシャットアウトしました。高齢者医療に秀でた日本の肺炎治療は手厚く、軽症者を入院させたことも死者数を抑えました。しかし、怖いのは欧州を基点にした「欧州株」による第二波です。
イタリア、スペイン、フランス、イギリスを襲った感染爆発と医療崩壊、死屍累々となった高齢者施設の惨状をロンドンで目の当たりにした筆者には緊急事態宣言の延長は安倍首相の勇断だと思います。欧州で起きたことが日本では起きないと考えるのは楽観的過ぎるでしょう。
英インペリアル・カレッジ・ロンドンの感染症対策チームは5月4日から都市封鎖を緩和したイタリアについて「人の動きを封鎖前の20%レベルに戻しただけで新たに3700人(3000~5000人)、40%まで戻すと1万8000人(1万~2万3000人)の死者が出る恐れがある」と警告しています。
欧州株の第二波を封じ込めるためには、もうしばらく「接触機会の8割削減」を続けて感染経路を追えるようにした上で、大量検査とスマートフォンアプリによる「コンタクト・トレーシング(感染・接触者の追跡)」で新たな感染者をあぶり出して虱(しらみ)潰しにしていくしかありません。
感染国・地域からの入国に対しては厳しい規制を継続する必要があります。非居住者の入国を禁止または制限し、居住者に対してもホテルなどでの2週間(潜伏期間)の自己検疫を課さなければならないのは言うまでもありません。フライトの減便などは採算がとれなくなった航空会社が自主的に対応するでしょう。
「今月末まで緊急事態宣言を延長」
緊急事態宣言について、安倍晋三首相は5月4日、「今月末まで緊急事態宣言を延長することを決定した。10日後をメドに専門家の皆さんに状況を改めて評価していただく」と表明しました。
「1カ月で(5月6日に)終えるということを目指していたが、1カ月延長するに至り、首相として責任を痛感している。それを実現できなかったことについて改めて、おわびを申し上げたい」と述べました。出口はとりあえず5月末に先延ばしされました。
感染者1人が平均何人に感染させるかを表す新型コロナウイルスの「基本再生産数」は1.5~3.5とみられていますが、日本では2.5と考えられているようです(実際には公衆衛生的介入などの条件によって再生産数は時々刻々と変化していきます。これを実効再生産数と言います)。
厚生労働省クラスター対策班に感染症数理モデルを提供する北海道大学大学院の西浦博教授は「接触機会の8割削減」を唱えているため「8割おじさん」と呼ばれています。接触機会を8割削減できると実効再生産数は0.5になります。これが日本の数値目標と言って良いでしょう。
2.5(基本再生産数)×(1-0.8)=0.5(実効再生産数)
専門家会議の状況分析・提言(5月1日)によると、全国における実効再生産数は3月25日の2.0から4月10日には0.7まで低下。東京都の場合、3月14日の2.6から4月10日には0.5まで下がっています。
東京都では数値目標の0.5を達成する一方、そこまで下がっていない自治体も多く、緊急事態宣言を解除するわけにはいかなかったようです。全国で1万人近い感染者が入院など療養中で、この1カ月で人工呼吸器による治療を受ける患者は3倍に増えたそうです。
「世界戦略として医療に10兆円使うべき」
専門家会議の尾身茂副座長(地域医療機能推進機構理事長)は「専門家会議は医療・公衆衛生・感染症の専門家。経済的なインパクトを評価する立場にないので、私たちと経済のプロ両方から提言を受けて政府には最終的に判断してほしい」と話しました。
心配には及びません。安倍政権には経済産業省と日銀がついています。一律「10万円給付」を含む117兆円の緊急経済対策。日銀もコマーシャル・ペーパー(CP)・社債買入れの増額、新型コロナ対応金融支援特別オペの拡充、国債のさらなる積極的な買入れを打ち出しています。
「117兆円はかなり盛った数字」とは言うものの、金額や枠組みはこれで十分でしょう。外出・営業自粛が続けば経済的に壊死する中小・零細企業やフリーランス、非正規雇用の労働者をきちんと支援できるかどうかがポイントです。
国際金融都市ロンドンに本拠を構える債券では世界最大級のヘッジファンド「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井將雄氏は日本の緊急経済対策について次のように提言しています。
「117兆円の緊急経済対策で直接の医療対策は日経新聞などの報道によれば1兆8000億円。敵は消費税でも金融危機でもなくウイルスだ。世界戦略として医療に10兆円ドーンと予算をはらなければならない」。10兆円あればコロナ対策が一気に進むのは間違いありません。
PCR検査を闇雲に増やしても意味はない
日本では新興感染症の水際対策に重点が置かれ、国内流行への備えが十分ではありませんでした。SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)を経験したシンガポール、香港、韓国に比べ、日本は国内流行への備えが十分ではありませんでした。
その象徴がPCR検査です。
尾身氏は「国内におけるPCR検査実施件数が海外に比べて明らかに少なく、必要な人が受けられるようにするべきだと専門家はみんな思っている。早い時期から議論したがなかなか(能力拡充が)進まなかった。これにはフラストレーションがあった」と釈明しました。
日本では死者も少なく、欧米のような感染爆発も医療崩壊も起きず、ボヤのような感じで感染が広がったため、中途半端な対応にならざるを得なかった面があります。手間とおカネがかかるPCR検査をどこまで拡充するかは海外を見習うのではなく、必要に応じて増やすべきです。
・感染が疑われる症状のある人。「37.5度の発熱が4日続いた場合」などのガイドライン見直し
・感染者との濃厚接触者
・感染者と接する医師や看護師ら医療従事者
・高齢者施設の入所者、介護士
・ライフラインをつかさどるエッセンシャルワーカー
・実効再生産数の精度を高めるためのサンプリング調査
外出・営業自粛の延長で実効再生産数0.5を達成したあとに不可欠なのは感染者との接触をスマートフォンアプリで知らせる「コンタクト・トレーシング」をフル活用することです。新たな感染者が確認されたら過去14~30日間逆上って至近距離で接触した人に通知。
症状がある人には2週間の自己検疫をしてもらったり、PCR検査を受けてもらったりすれば感染経路をあぶり出してウイルスを追い込むことができます。インフルエンザのような迅速検査キットができれば新型コロナウイルスと戦う上でさらに強力なツールになります。
「新しい生活様式」へのシフトに向けて専門家会議の若返りを
「コンタクト・トレーシング」なしに検査能力を拡充したら、それでなくても多忙を極める保健所や地方衛生研究所はパンクしてしまう恐れがあります。
尾身氏は長期戦に備えて「新しい生活様式」への移行を呼びかけました。(1)1~2メートルの安全距離を保つ(2)手洗い(3)人と接近して話す場合、マスクを着用――を強調しました。出口戦略を立てる上で「3つの密(密閉・密接・密集)」商売の取り扱いは難しいでしょう。
ワクチンは早ければ来年早々にもできているかもしれません。しかし副作用に敏感な日本で実際に使えるかどうか分かりません。
治療法が確立するまで、PCR検査や迅速検査キットと「コンタクト・トレーシング」を組み合わせたウイルスの封じ込めで対処するしかありません。パンデミックという非常時です。プライバシー保護より健康と安全、そして経済を優先するのは言うまでもありません。
日本の欠点はお役所仕事と自動・無人・IT化の遅れです。ICT(情報通信技術)の「コンタクト・トレーシング」や検査拡充のためのロボット導入は必須です。そのためにも専門家会議の顔ぶれを増やして若返りと多様化を図るべきです。