新型コロナの影響で美味しい魚がスーパーに?緊急事態宣言下で考える魚の食べ方 - 鈴木允 - BLOGOS編集部
※この記事は2020年05月06日にBLOGOSで公開されたものです
新型コロナの影響で魚が美味しく?
新型コロナウイルスの影響で、スーパーマーケットの鮮魚売り場に変化が起きている。普段は置いていない高級魚がお手頃な価格で売られていたり、よく知っている魚でも、いつもと大きさが違ったり、切り身の形が違ったりしている。普段スーパーマーケットで魚を買わない人には気付かない変化だ。でも、気付いている人はなんとなく気付いていたようだ。「最近、魚が美味しい」と。
漁業コンサルタントという職業柄、私はよくスーパーマーケットで魚を買う。どの時期にどの産地から来たどんな種類の魚なのかを観察し、脂の乗りや鮮度、味を確かめながらさばいて食べるのが楽しい。魚の状態から漁法や漁獲後の処理方法を推測し、美味しそうな魚を買うのだが、それが的中した時はじつにうれしいものである。
4月に入って上り鰹の季節になってきたのでスーパーマーケットで刺身用のカツオを見ていたところ、見慣れない形の刺身用のカツオが売られていた。通常、スーパーで売っているカツオは断面が三角形なのに対して、そのカツオは、マグロの刺身のように、断面が四角形だったのだ。なぜカツオなのに断面が四角いのか…?私はスーパーの店頭であれこれ考えながら仮説を立て、「これはすごく美味しいカツオにちがいない」という結論づけた一方で、「このカツオがスーパーに並ぶということは、漁業や流通は大変なことになっている」という危機感も感じた。果たしてその日の夕食に並んだカツオの刺身は、家族もはじめて食べるような美味しいカツオで、文字通り喧嘩になりながら大騒ぎして食べたのだった。
この一件をnoteにまとめたところ、SNSで拡散され、大きな反響をいただいた。改めてコロナウイルスの影響下で自由に外出できない多くの人が、自宅で料理して食べるということに楽しみを見出そうとしているかを認識させられた。
断面が四角いカツオの正体
では断面が四角いカツオとはどんなカツオなのか?そのことを考える上で、魚の形と大きさ、切り身や刺身の大きさや形の関係について少し説明する必要がある。カツオは高度回遊性魚類の一つで、広い大洋を速いスピードで泳ぎ続ける魚だ。だから、水の抵抗を減らすために体は紡錘形をしており、したがって断面は円い。三枚おろしにして背骨を挟んで左右に分けると、身の部分の断面は半月型になる。これをさらに背側と腹側に切り分けると、「四分一(しぶいち)」になる。半月型の半分で、断面は三角形になる。スーパーマーケットに売られている刺身用のカツオは、四分一か、四分一をさらに頭側と尻尾側に分けた形である。いずれにしても断面は三角形になる。
それでは、通常は三角になるカツオの刺身が四角になるのはどういう場合なのか?じつはそれは、魚体が大きくて、三角のままでは刺身が大きすぎて口に入らない場合なのだ。そんな時お店は四分一をまな板に置き、まな板と平行に包丁を滑らせる。こうすると、上下二つに分かれるが、下に残るのが断面の四角いカツオの柵だ。
スーパーマーケットで売られているカツオは、通常は1.5㎏から2㎏くらいの小ガツオと呼ばれるサイズだ。四分一の大きさはちょうどトレーに乗るサイズである。一方、料理屋や寿司屋が好むのは5㎏を超えるような大きなカツオだ。
寿司屋や料理屋が使うカツオがスーパーに
一般的に、魚は、大きくなるほど脂が乗って美味しい。カツオも、大きいほど市場での評価も高い。キロ単価も高くなる。そういうカツオは、高くてもいいから良いものを仕入れたい寿司屋や料理屋などが買っていく。一方、量販店は消費者の購買につながる「お手頃な価格」で提供する必要がある。寿司屋が使うような大きくて高いカツオではなく、トレーに乗せやすいサイズの単価の安い小ガツオを好む。寿司屋や料理屋が使うカツオと、量販店が使うカツオでは、同じカツオでも魚体の大きさが違い、単価もかなり違うのだ。
ところが、新型コロナウイルスの影響により、飲食店から客足が遠のき、営業自粛や休業に追い込まれているなか、従来は飲食店が仕入れていたような大きなカツオが売り先を失っている。需給バランスが崩れたことで、大きなカツオは値崩れし、量販店が手の届く価格になっている。行きつけのお店がどんな魚を仕入れるかは当日になってみないと分からないが、注意して売り場を観察しているとそのような掘り出し物に出会うことができる。
外出自粛が長引き、家で料理を楽しむ人が増えているので、美味しい魚が手頃な価格で手に入るというのは喜ばしいことかもしれない。価格が安いことは漁業者や流通業者にとっては深刻な事態だ。しかし、消費者が食べなければ価格はさらに下がることになる。せっかくの機会なので、魚を買って、魚の美味しさを再発見してほしい。美味しい魚を選ぶためには、だいたいの魚の旬を頭にいれておくことが重要だ。今の季節なら、カツオやイサキは旬真っ盛りだし、マイワシやアジはこれからどんどん美味しくなってくるだろう。鮮度や魚体の大きさを観察しながらぜひいろいろな魚を試してみてほしい。
緊急事態宣言後に魚が値崩れ
さて、漁業に目を向けてみると、事態は深刻だ。緊急事態宣言が出されたあと、4月13日からの1週間の豊洲市場における水産物取扱量の1日あたりの平均は1,158トンで、前年比77.6%であった。とくにマグロ類は前年比58.2%、鮮魚は69.6%と大幅な減少した。実質的に休業している仲卸も何軒もあるそうだ。取引金額も落ちている。4月の取引金額はまだ発表されていないが、高値の推移だけを追ってみても、カツオの高値は前年2000円~1800円だったものが1200円~900円。キンメダイの高値は4000円だったものが2000円。高級な魚ほど安くなっているという傾向にあるようだ。
消費地市場での流通量が激減したことで、産地では魚がだぶつき、価格が下落している。新型コロナウイルスによる人手不足も深刻な問題だ。日本の沖合船や遠洋船は外国人の乗組員が多く乗っているが、外国人の乗組員を船に乗せる許可がおりず出港を見合わせている船もでてきている。
水産加工も外国からの労働力に依存している分野である。魚が揚がっても加工することができないので加工業者が魚を買えないという事態も起きている。輸出も滞っているため、国内の水産用の冷凍庫もいっぱいだという話も聞いている。
このように、これまでは、魚を獲る漁業者、魚を売買する流通業者、水産加工業者、飲食店、小売店などがそれぞれの役割を果たしながら魚を海から消費者の口まで運んでいた。これが崩れている。「こんなことが起こるなんて想像もしてみなかった」と一部の専門家をのぞいて誰もが思っているのではないかと思うが、筆者もその一人である。
海が豊かなだけでは魚は食べられない
筆者はもともと魚の獲りすぎによる水産資源の減少に心を痛めており、豊かな海と美味しい魚を未来に残すために活動をしてきた。過剰漁獲をやめて科学に基づいた資源管理を行えばこれからも美味しい魚をずっと食べることができると信じていた。新型コロナウイルスの広がりと、水産業界への多大な影響を前にして、この認識を改めなければならないと考えている。未来も美味しい魚を食べ続けるためには、豊かな海があるという大前提のもと、水産業に関わる人々の生活が成り立っていてはじめて成立する。海だけ豊かでも、魚は食べられないのだ。
筆者は以前より、豊かな海と美味しい魚を未来に残す目的で、関心のある人々に学びと交流の場を提供する協会を作りたいと思っていた。今回の事態を受けて、4月15日に「日本サステナブルシーフード協会(β版)」として試運転を開始することにした。現在は、漁師さんから直接魚を買えるサイトの紹介、産地から魚をまとめて購入してご近所さんでシェアする「フィッシュ・シェア」の運営、コロナの影響を受けている全国の漁師さんへのインタビューを10分のYouTube動画にまとめた「サステナブルシーフードチャンネル コロナ緊急特集」の作成など、実験的な活動を始めている。Facebookやnoteを通じて発信しているので、興味ある方はぜひのぞいてみてほしい。
水産業界全体として危機的な状況にあるが、せめて消費者のみなさんにはスーパーに並んでいる安くて美味しい魚を手に取ってその美味しさを再発見してほしいと思っている。その際に、なぜこんなに美味しいのか、誰が獲っているのか、生産者に思いをはせていただければと思う。
鈴木允
漁業コンサルタント、日本漁業認証サポート代表、日本サステナブルシーフード協会(β版)代表。