【ANAはコロナ苦境で苦肉の策】大手企業がコロナを乗り切るカギを握るコミットメントライン契約の可否 - 大関暁夫
※この記事は2020年04月25日にBLOGOSで公開されたものです
政府から当面5月6日までを期限とした緊急事態宣言が出され、いよいよ混迷を極めつつある新型コロナ危機。不要不急かつ密集・密閉・密接業種への休業要請と外出自粛要請による在宅勤務化の伸展により、経済活動はスローダウンを余儀なくされています。
依然として出口が見えない新型コロナ危機の長期化で、大手企業にとってもこれまでにも増してキャッシュフローの確保が重要な課題となってきます。
大手企業間で始まった信用力のアピール合戦
信用に余力のある企業がこぞって動き始めたのが、コミットメントラインの確保です。コミットメントラインとは、一定の期間について一定金額の融資枠を定め、その期間内かつ範囲内であればいつでも借り入れの申し出に対して個別審査なしに融資を実行するという契約です。
すなわち、緊急時に備えて融資枠を確保し、いつ何時どのような事態に陥ろうとも資金ショートしないように手当をするものであり、今のような先の見えない時には企業からのニーズが高まる融資方式であると言えるでしょう。
しかし、このコミットメントライン、どこの企業でも設定が可能なものではなく、利用ができるのは一定以上の信用力がある企業に限られています。銀行にとって一定期間かつ一定の枠内での融資実行を確約するというのはすなわち、その限度金額までの融資金を実行するのと同じだけの信用力がなければ承認できないからです。
ここでいう一定期間は、通常1年(再審査による継続契約可)。すなわちコミットメントライン契約は、この先1年の業績や財務内容の先行きに不安があるならば、承認はできないということになるわけです。
この時期に、有名企業がこぞってコミットメントライン契約の締結あるいは増額の公表をしているのは、有事に備えた資金確保という究極の目的もさることながら、自社の信用力の高さをアピールして投資家や取引先の不安を払拭し、株価の維持上昇や取引の拡大を狙った戦略の一環であるともいえます。
裏を返せば、各業界でどの企業にキャッシュフロー確保の点から余裕があり、どのライバル企業がそうでないのかが容易にあぶり出されてしまう、という怖さもはらんでいると言えるでしょう。
圧倒的な資金力を持つトヨタも1兆円の資金を確保
コミットメントライン契約にかかわる最近時の新聞報道を拾ってみると、とにかく早かったのはトヨタです。3月後半に「取引銀行に1兆円のコミットメントライン設定要請」という報道がされました。対応の早さもさることながら、金額の大きさも破格といえます。
そもそもトヨタは昨年12月時点で約6兆円の手元現金がある実質無借金企業であり、それでもなお1兆円の資金確保をはかるというのは、日本を代表する企業でも先行きの見通しは厳しいと考えている証ともいえそうです。
4月に入ると、「ソニーが融資枠2割増で約3000億円に」「リクルート・ホールディングスがメガ三行に計4500億円の融資枠要請」「日本ペイントが1800億円の融資枠締結」「すかいらーくホールディングスが400億円のシンジケートローン方式で融資枠契約締結」等々、コミットメントライン関連報道が相次ぎました。
金額の小さいところでも、「ワシントンホテルが融資枠30億円」「貸会議室大手KTPが150億円の融資枠確保」などの報道が見られました。コロナの影響が避けられない海外取引比率の高い大企業に加え、人材関連企業、飲食業、ホテル業、貸しスペース業等、影響を大きく受けている業態からそれぞれを代表する企業が続々名乗りをあげ、「うちは大丈夫」と宣言しているかのようにも思えました。
未曾有の事態に直面するANAがひねり出した苦肉の策
一連のコミットメントライン報道の中で、特に注目を集めているのが全日空(以下ANA)を巡る動きです。航空業界はご承知のとおり、新型コロナにより各国国外からの入国制限が厳しくなり現在約95%の国際線が欠便、かつ国内線も三密輸送が敬遠され利用者が激減。かつてない減便状態にあり、未曾有の大ピンチに瀕しています。
エアライン危機は各社共通の問題ではあるのですが、中でもANAは突出したキャッシュフロー難に苦しんでいます。それは同社が日本航空の破綻を期に一気に国際線を増強し、航空機および人員を大幅に増やしたがゆえ、投資がかさんで今や負債が日航の5倍超にまで膨張。
3000億円以上のキャッシュを持つ同社ですが、現在毎月1000億円ずつキャッシュが流失しており、3か月で手持ちは底をつくという危機的状況に陥っているからです。
そこでANAは危機を乗り切るキャッシュフロー確保に向けて、金融機関に対し新たに1兆3千億円という、トヨタをも上回る莫大なコミットメントライン契約設定を申し出ました。
しかし、金融機関はいかに過去超優良企業であったANAといえども、毎月巨額赤字を計上する現状と先の見えない展望に当然タダでは首を縦に振りません。そこでANAがひねり出した苦肉の策が、コミットメントライン契約に際して政府保証を引き出そうという発想です。
これに対する政府の見解は未だ表に出ていませんが、いかに「航空業界は日本経済を支える屋台骨(麻生財務大臣)」と国が認める基幹企業であろうとも、政府が一民間企業の銀行借り入れに保証することになればこれは異例中の異例です。
法的には、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」で、「財務大臣が指定する法人の債務に限って政府保証」ができるとはなっており、可能ではあるようですが。
「大企業優遇」批判への懸念で政府保証の取り付けは困難か
もしANAのコミットメントライン契約に政府保証を付けることを認めるなら当然、日本航空はじめ他の航空会社からも「うちもお願いします」と依頼が続出するのは、容易に想像ができます。さらには、自力ではコミットメントライン契約に漕ぎ着けない他の業種の大手企業群からも、こぞって政府保証頼みが殺到するということが間違いなく起きるであろうと思われます。
そして何より、現状でも政府の対応にストレスがたまっている中小企業からは、「大企業優遇だ」と批判の嵐が巻き起こって政治問題に発展し、どうにも収拾がつかなくなる可能性まで想定されるところです。すなわち、ANAのコミットメントライン契約への政府保証はかなり難しく、同社が望む安定的キャッシュフロー確保はハードルが高いと言わざるを得ないでしょう。
このように、新型コロナ危機の長期化で大手企業の有事対応マネジメントは、早くもゴーイングコンサーン(経営継続)的観点で対策に動く、第二フェーズに入った感が強く漂っています。
コミットメントライン契約締結の可否ということを、このフェーズを乗り切るキーワードとして注目しつつ、大手企業各社の当面の動向を注視したいと思います。