医療崩壊に加え“葬儀崩壊”も? 感染の有無が未確認の遺体と向き合う葬儀業者の苦悩 - 小林ゆうこ
※この記事は2020年04月25日にBLOGOSで公開されたものです
「ものを怖がることは易しいが、正しく怖がることはなかなか難しい」と戦前の物理学者で随筆家の寺田寅彦は語ったという。その名言にある通り、未知のウイルス・新型コロナを恐れてか、真偽不明の情報が出ては消えている。
それは業界全体の信用に関わる死活問題だとして、ある葬儀社はデマ封じ込めにかかった。いっぽう別の葬儀社は、団結して立ち上がった。共通する思いは、コロナに生命を奪われた人への哀悼。世界一の火葬国・日本の「おくりびと」たちが警鐘を鳴らす理由とはーー。
〝隠れコロナ〟を遺族立ち会わせずで火葬? デマが拡散
新型コロナで亡くなった人の葬儀をめぐって、いくつかの噂がSNSやテレビで飛び交っていた。感染者数・死者数ともに勢いが衰えず、「明日は我が身」と感じる昨今、すんなりと無視できない気になる。
そのなかの強烈な一発が、「PCR検査をしていない肺炎の死亡者を、遺族に会わせず火葬を行っている葬儀会社がある」。こんな物騒な話を取り上げたのは、『羽島慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)のコメンテーター・玉川徹さんだ。
3月中旬にTwitterで発信された、「心苦しいですが、未検査肺炎患者様も同様の扱いとなります」という匿名葬儀社のつぶやきを話題にした。コロナ感染が判明せず亡くなった人とも最後の別れもできないのかと、胸の詰まる思いをした人も多かったに違いない。本当に遺族は心ゆくまで最後のお別れをできないのか。はたまた単なるデマなのかーー。
関係者はデマと否定 拡散にテレビ局が加担か
「デマですよ」とYouTubeで噛みついたのは、「葬儀葬祭ch」を運営する一級葬祭ディレクターで佐藤葬祭・社長の佐藤信顕さんだ。
「感染の疑いのある遺体かどうかを判断するのは医療機関です。実際には検査されないまま引き渡される可能性は決してゼロではない。また、〝感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第30条〟では、24時間以内に火葬できるとされていますが、勝手な判断で納体袋のまま火葬するなんて、葬儀社としてできるわけがない。そんな会社なら、とっくに潰れていますよ」
ツイートした葬儀社を斬った佐藤さんは、返す刀でテレビ朝日をも痛烈に批判した。
「国はPCR検査をもっとやれってことを言いたいがために、テレビ局がよく分からないデマを垂れ流すのは本当に止めてほしい」
厚労省は遺体の扱いをどう定義しているか
コロナ感染で亡くなった人にまつわる聞き捨てならないデマ。その火元はどこかと遡っていくと、厚生労働省のサイトに辿り着いた。「新型コロナ感染症についてのQ&A」(葬儀業者の方向け)には、「遺体の搬送作業や火葬作業に従事するものが留意すべき点」が、「感染防止策に係る留意」として、次のように記されている。
・遺体の搬送や火葬場における火葬に際しては、遺体からの感染を防ぐため、遺体について全体を覆う非透過性納体袋に収容・密封するとともに、遺族等の意向にも配意しつつ、極力そのままの状態で火葬するよう努めるものとする。
・また、遺体の搬送に際し、遺体が非透過性納体袋に収容、密封されている限りにおいては、特別の感染防止策は不要であり、遺体の搬送を遺族等が行うことも差し支えない。(手袋、マスク、眼の防護の使用については中略)
・火葬に先立ち、遺族等が遺体に直接触れることを希望する場合には、遺族等は手袋等を着用させる。
「極力そのままの状態で火葬」としつつ、「遺体の搬送は遺族が行える」「手袋をすれば火葬に先立って触れることができる」と、遺族の立場で読めば光明を見る思いがするような柔らかめな書き方。その反面、弔い方についての拡大解釈もできそうな曖昧さが感じられる。そう言えば、「コロナで亡くなっても最後のお別れで触ることはできるらしい」というツイートもあった。
家族とお別れできなかった志村けんさん その背景は
「いやいや、ご遺体に触ったりなどもできません」と、佐藤さんは一蹴した。
「コロナで亡くなった方のご遺体は、医療機関から直接火葬場のほうにお移しして火葬するということになっています。お別れするときにも蓋は開けないで、遺体にも触らないでと。火葬に立ち会うのは葬儀社スタッフを入れて5人までとか、火葬の時間は夕方からとか、詳細な注意点を記した通達が、火葬場から葬儀社各社に届いています」
どうやら、現実はガイドラインより厳しいようだ。ダブル・スタンダードとなった経緯について、佐藤さんはこう続けた。
「新型コロナが指定感染症とされたのは2月初旬ですが、3月に入って、火葬場からの通達が来て厳しくなりました。業界にとって〝火葬場からのお知らせ〟は、ほぼ厚労省の通達に等しい。当初から二類感染症に相当すると考えられていた新型コロナは、一段強い一類感染症に準じた措置へと保健所の判断が変わりました」
感染症には一類から五類まであるが、同じコロナウイルスだとされるSARS(2003年に流行、重症急性呼吸器症候群)とMERS(12年に流行、中東呼吸器症候群)が二類だったため、当初、新型コロナは二類に相当すると考えられていたという。一類と二類の葬儀に対する措置の違いは、一類の場合、感染症に関する法律では24時間以内に火葬できるとされているが、二類についてはその制限がない。つまり、普通に葬儀することが可能だ。
佐藤さんの言う「3月になってから」の経緯を辿ると、東京都の場合、2日に東京都保健局健康安全部長名で葬儀業者の連合会や組合、霊柩車自動車協会などに宛てた一通の文書に行き着く。題して、「新型コロナウイルスにより亡くなられた方の遺体と火葬等の取り扱いについて」。
その内容を厚労省のガイドラインと比較すると、次の部分が削除されている。
・火葬に先立ち、遺族等が遺体に直接触れることを希望する場合には、遺族等は手袋等を着用させる。
2行の消えた通達文は、言外に、「火葬に先立つお別れ(葬儀)は不可」と告げているようにも読める。都内の葬儀社に勤めるベテランのHさんが言う。
「確かにコロナでも普通の葬儀はできるといった解釈や、お棺を開けてお花を手向けられるなど、まるでデマのような話は自分も聞きました。ただ、そういう業界人の解釈も分からないでもない。SARSやMERSのときには、日本で流行らなかったこともあってか普通に葬儀ができたわけですし、保健所からの通達もなかった」
葬儀業界がなかば迷走していた最中の3月29日、新型コロナにかかり闘病中だったコメディアンの志村けんさんが死去した。
「顔を見られずに別れなくてはならなくて、辛い」と、兄の知之さんはワイドショーのカメラの前で語っていた。その悲嘆に暮れる姿を見たとき、私たちは一類に匹敵する新型コロナの本当の恐ろしさを知った。
“グレーゾーン遺体”を告発した業者 その胸中は
その新語がNHKの全国放送に初めて登場したのは、4月17日のことだった。『おはよう日本』が取り上げた「PCR検査していないグレーゾーン遺体」。福岡市の葬儀社に務めるスタッフが、医療機関からコロナ感染の疑いがある人を引き取る際の葛藤を語った。まさに記事冒頭の、「PCR検査をしていない肺炎の死亡者の弔い方」がテーマだった。
新型コロナウイルスのPCR検査を受ける前に肺炎で亡くなった人をめぐっては、厚労省健康局結核感染症課より医療機関に対し、3月30日に遺体の搬送や火葬にあたる葬儀会社などへの情報伝達を求める通知を出していた。
番組にも登場した天国社・取締役本部長の執行洋隆さんに、生の声を聞いた。
「〝グレーゾーン遺体〟は、地元の業界で問題になっていたことでした。他社の話ですけど、患者さんが亡くなったということで病院にストレッチャーを持ってお迎えに行ったら、病名は教えてもらえないけれども、看護師さんが防護服を着ていたという事例があったと。そのスタッフは、もしコロナ患者だったらという不安に駆られつつ、マスクも手袋もなく通常業務にあたったそうです」と語り、さらに続けた。
「弊社の場合は、ご家族から、〝もしかするとコロナだったかもしれないと病院に言われた〟と聞いて、その病院にPCR検査の再検査を要請しました。結果は陰性で、〝グレー〟ではなく〝ホワイト〟と判明。その見極めは公衆衛生のためにも、亡くなった方の尊厳のためにも重要です。葬儀社スタッフへの感染防止のためにも」
放送から5日後の22日、福岡県内28の葬儀会社が加盟する福岡県葬祭業協同組合は、県と医師会に対して、感染予防対策を求める要望を提出。亡くなった後のPCR検査を求めたうえで、検査結果が出るまでの間は医療機関内での安置を求めた。
懸念される医療崩壊 さらには“葬儀崩壊”まで?
世界各国で葬儀崩壊を伝えるニュースは後を絶たず、これまた「明日は我が身か」と悩ましい思いにかられる人も多いのではないだろうか。ニューヨークでは、介護施設に集団感染が起きても遺体を安置する場所がなく、施設内に放置状態という。イタリアでは死亡者が増えて火葬が追いつかず、ミラノ市内の主要火葬場を閉鎖した。エクアドルでは遺体を路上火葬していると聞く。
悲痛な情報を見聞きするにつけ、やはり日本にも葬儀崩壊のときが来るのかと恐怖に駆られる。医療崩壊の次は葬儀崩壊かとメディアでも取り沙汰されているが、はたしてどうなのだろうか。
「日本では葬儀崩壊は起きませんよ」と、くだんの佐藤さんは言う。
「海外ではコロナによる死亡者があまりにも多く、火葬の処理能力が間に合わないということですけど、日本で同じことは絶対に起こりません。日本は世界一の火葬国、火葬率は99.97%ですから。全国にある火葬所は計1500ケ所。いま年間死亡者数は約137万人ですが、火葬崩壊というのもデマだと思います」
安心ついでに、コロナ感染者数のもっとも多い都道府県である東京都の火葬炉について調べてみた。都内にある火葬炉は23区内に9ヶ所ある火葬場に計106基。23区外と島しょ部に9ヶ所ある火葬場には計76基。総計で182基ある。これを1日2回転させれば364件となり、年間で約13万件の火葬が可能だ。通常の年間死亡者数は約12万人、その8%増ぐらいまでなら火葬崩壊は起こらない。火葬炉を動かす人や葬儀業界の人たちが感染しなければの話だが。
葬儀業界の懸念する接触感染 そのリスクは
「ここ何年も都内の葬式は一週間待ちと言われてきましたけど、それこそデマですよ。葬儀の時間帯と条件によって一部の火葬場が混んでいるだけの話。それよりも、我々葬儀屋は葬式クラスターで休業してしまわないよう、どこも必死でやっているんです」(佐藤さん)
命がけは葬儀業界だけではない。警察もまた〝グレーゾーン遺体〟によって、コロナ感染の危険にさらされている。警察庁によると、全国の警察が4月中旬までの1ヶ月間に取り扱った変死体のうち、PCR検査の結果、東京や埼玉など5都県の計11人にコロナ感染が確認されたという。
「やっぱり怖いのは…」と、ある葬儀業界人が言った。
「亡くなった人は飛沫を飛ばさないが、体液や血液に接触すれば感染する。だから、葬儀業者も警察も次の感染源になる恐れがあるんです」
コロナウイルスは、人が死してなお、次の宿主に移っていく。その本質を、「おくりびと」たちは正しく恐れている。いま「3密」「飛沫感染」「マスク」に気を取られすぎた一般市民には、「接触感染」は案外と盲点なのかもしれない。