新型コロナ対策で女性のリーダー活躍目立つ 男女平等の職場づくりの実現は可能か? - 小林恭子
※この記事は2020年04月23日にBLOGOSで公開されたものです
新型コロナウイルスの感染が世界中で拡大する中、4月7日、日本でも緊急事態宣言が出された。各国・地域は感染防止措置に躍起となっているが、女性が指導者になっている複数の国がコロナ対策を成功させたとして賞賛の対象となっている(米フォーブス誌記事、4月16日付)。
台湾の蔡英文総統は早期に防止措置に取り組み、都市封鎖を避けることができた。ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相、アイスランドのカトリン・ヤコブスドッティイル首相、フィンランドのサンナ・マリン首相なども迅速な決断力、テクノロジーの活用、情報発信力によって国民から高い評価を受けた。
日本でも、小池百合子東京都知事が指導力を示しているが、職場などのビジネスシーンではどうだろうか。
昨年12月、国際機関「世界経済フォーラム」が世界における男女格差の度合いをランキングした「ジェンダー・ギャップ指数」を発表したが、日本は調査対象の153カ国の中で121位というこれまでで最も低い数字を記録している。
ランキングは「経済活動への参加と機会」、「教育」、「健康と寿命」、「政治への関与」の4分野での国ごとの男女格差を算出した数字を比較したもので、「健康と寿命」では40位なのに、「政治への関与」では前年の125位から144位に下落してしまった。
どうやって事態を変えていったらいいのだろう?
そのための指南役となる一冊が、『#MeToo時代の新しい働き方 女性がオフィスで輝くための12カ条』ジョアン・リップマン著、金井真弓訳、文藝春秋)である。
働くことに焦点を置いてはいるものの、男女がより平等に、互いに気持ちよく生きるための本ともいえる。その特徴は豊富なデータや逸話を紹介していること、そして、男性も巻き込んで、女性と一緒に考えようと呼びかける点だ。
「自分を低い存在としてみるクセが抜けなかった」
ジョアン・リップマン氏
アメリカの大手メディア企業ガネット社の元幹部。名門イエール大学を卒業後、経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」で働きだした。統括した特集記事がアメリカのジャーナリズム賞としてはトップクラスのピューリッツア賞を受賞。全国紙「USAトゥデー」の編集長も務めた。
筆者は同氏がメディア会議で演説する様子を見たことがあるが、すらりとした体形をシックなワンピースで包み、きびきびとした、ダイナミックな口調で話す、一言でいえば「バリバリのキャリアウーマン」風であった。
ところが、実は、メディア界という男性の割合が圧倒的な職場の中で「自分にはできない、と尻込みしてしまい、自分を低い存在としてみるクセが抜けなかった」と本書で告白する。他人から見たらうらやましいようなキャリアを築いてきたリップマン氏でさえも、当初は女性として働くことへの葛藤があった。
その理由についてリップマン氏は直接は書いていないが、一般的に子どもの頃から女性を軽く見る教育や文化が続いてきた例が挙げられている。
リップマン氏は、女性の地位向上のために女性だけで話しているのではダメだという認識を持つようになった。まずは女性たちがどんな問題に直面しているのかを男性たちに知ってもらい、ともによりよい状況を作っていくべきと思い、執筆に乗りだした。
男性が知らない女性の世界
筆者がはっとしたのは、女性が働くことでどれほどの負担を強いられているかを示す例だった。例えば、女性は「外見を見苦しくないものにする」ためにメイクをしたり、ファッションに気を遣ったりする。
本書で紹介されている計算によると、40年間働く場合、女性は平均的な男性よりも1万80時間多くの時間を基本的な身だしなみのために費やすという。これは労働時間の5年間分に近い。女性が子どもの世話や家事にかける時間は男性よりも長い場合が圧倒的な上に、この5年間分である。
また、会議では「女性は全く話さないか、自主規制するか、または質問みたいにして恐る恐る意見を持ち出す。ガンガン意見を述べる女性は邪魔されるか、無視される」ことがよくある、という。
リップマン氏自身も長い間、会議ではほとんど発言しなかった。「ばかげた考えだと思われるんじゃないかと怖かった」からだ。
男性は自分が女性の話をさえぎってきたことさえも気づいていないのではないか、とリップマン氏は問いかける。
オフィスの温度は「70キロの40歳男性」を基準に設定
本書では、知らない間にいつしか「男性基準」になっている例が紹介されている。
例えば、夏にオフィスで働いていて、「寒いな」と感じたことのある女性はいないだろうか。
筆者自身も会社員時代によくそう思ったものだ。今でも国際会議に出かけると、「夏なのに、寒い」と感じることが多く、長そでのジャケットやカーディガンを羽織ることが欠かせない。
米ニューヨークタイムズ紙の調査によると、「オフィスの温度は男性の体を基準に」設定されている。大半のオフィスの建物は体重が70キロの40歳男性の平均的な基準によって計算された理想的な室温が採用されているという。そこで、ワンピースを着てハイヒールを履いた女性には極寒の室温となってしまう、と本書は指摘する。
オフィスのエアコンの問題だけだったらまだ対処できるとしても、例えばこんなこともある。アメリカで車のエアバッグとシートベルトが主として男性の体型に合わせて設定されていた(2011年の調査)。
また、女性が日常的に処方される睡眠薬「アンビエン」の投与量が過剰だったこと(2013年)も分かってきた。後者は検査に男性を使ったからだ。見逃せないことが起きていた。
Google画像検索で「医師」と入れてみると
私たちが頻繁に利用する、インターネットの検索結果に普段は特に意識していない偏見(バイアス)、あるいはステレオタイプが表れてしまうことをご存じだろうか。
ある時、リップマン氏はプレゼンテーションのための写真を探すため、Googleの画像検索で「医師(doctor)」という言葉を入れてみた。結果はほぼ全員が男性で白人だった。「看護師(nurse)」はほぼ全員が女性、かつ白人だった。
これだけだったら、「世の中の医師のほとんどが男性で、看護師のほとんどが女性なのだから」という弁護は不可能ではないかもしれない。
しかし、男女の平等に焦点を当てている国連で働く女性たちが、2013年、Googleの自動入力機能を使ってある言葉を入れると、女性差別的表現が出てきたという。
「女性がやるべきではないことは」と入力すると、頻繁に出てきたのは「権利を持つこと」、「投票すること」、「働くこと」、「ボクシング」など。
「女性に必要なのは」という入力では、「分をわきまえること」、「身の程を知ること」、「支配されること」、「しつけをされること」など。
検索度の高いものを示すので、「私たちの率直な考えを測るのに公正な方法」だ。リップマン氏はこうした結果に私たちの「無意識のバイアス」が表れている、という。
同氏によると、私たちには誰にでもこうした無意識のバイアスがある。例えば、子どもの頃から、男性には将来、指導的立場になることを期待されている。
女性が不利にならないようにするGoogle社の試み
リップマン氏はGoogle社を訪ねて、職場の現状を探った。全体的に男性が多い職場である。
同社が毎年出している、多様性リポート最新版(2019年)https://diversity.google/annual-report/によると、従業員の中で男性が68.4%、女性が31.6%。採用者の割合も男性が66.8%に対し、女性が33.2%。指導者の地位にいる人になると、女性の比率はさらに下がる。男性が73.9%であるのに対し、女性は26.1%だ。
同社はスタッフにジェンダー及びそのほかの多様性を導入するため、採用側が「無意識のバイアス」を持たないようにするための研修を行ってきた。社員の昇進評価には「バイアス・チェックリスト」を活用し、女性や非白人が不利にならないような努力を行った。
しかし、壁があった。人には自分とのつながりを感じる人材を求める傾向があり、これは「類似性に基づく」のだそうだ。採用担当者が白人・男性であれば、一般的に似たようなバックグラウンドの人を選びがちなのだ。
そこで、リップマン氏は、自分には何らかのバイアス(偏見)があると気づくことが、状況を変える第一歩となるという。
他にも、同社は多様性強化対策として、「ドゥードゥル」(検索画面の最初に出るイラスト)の制作が圧倒的に男性によるものであったため、男女の割合が同じになるように調整し、60を超える会議室の名前の大半が男性の科学者にちなんだものだったので、半分は女性の名前に変えた。
休暇の方針を緩和し、有給の育児休暇を3か月から5か月に延長した。これで、「赤ちゃんがいる女性の離職率が50%減った」という。
ほかのテクノロジー企業も、女性のみならず男性にも長期の有給休暇を提供し始めた。リップマン氏の調べによると、Twitter社(20週間)、Facebook社(4か月)、Netflix社(1年)など。
ここで、リップマン氏はあることに気づく。
寛大な育児休暇は、「24時間で働く労働文化」と対になっていた。どれほど素晴らしい有料の育児休暇があっても、家に帰らないことを従業員に奨励するようなさまざまなサービス、例えば「無料の食べ物、無料のドライクリーニング、無料のゲーム室」が提供されており、これによって、24時間勤務が促進されていた。
果たして、これでよいのだろうか。
実際のGoogleオフィスは、どんな感じに見えたのか
リップマン氏はGoogleのオフィスで女性社員に働き心地を聞いてみることにした。オフィスには卓球をしたり、レゴを組み立てる男性たちがいた。リップマン氏からすると、その雰囲気は「10歳の少年の寝室」をほうふつとさせるものだった。
リップマン氏の取材に答えた女性エンジニアは、こうした環境をくつろげるものと感じていた。地元の母親たちの集まりより、エンジニアの会議に出ていた方がいい、と女性エンジニアはいう。いかにも少年の部屋といった感じのオフィスを特に気に留めていないようだ。
しかし、とリップマン氏は思わざるを得なかった。もしこのオフィスが「型通りの少女の部屋」のように装飾され、壁はピンク色、鏡やバービー人形がたくさん置かれていたら?男性エンジニアたちは「どうでもいいという感じに肩をすくめ、いつものように仕事に取り組むのだろうか?」
皆さんは答えが分かっているだろう。もし逆になったら、おそらく、男性エンジニアたちは居心地が悪いと感じるに決まっている。
リップマン氏は、女性たちが男性に気に入られるようにと、男性から見た「クール・ガール(素敵な女性)」になろうとし、破綻する「トラップ(罠)」にはまっていないか、と問いかける。
男女平等ランキングで世界1位のアイスランドの実態
リップマン氏は世界経済フォーラムの世界男女平等ランキングで1位となったアイスランド(人口32万人)に向かった。
アイスランドがランキングで上位になりだしたのは、世界金融危機があった2008年以降だ。金融危機を受けて銀行は破綻し、インフレが急速に進んだ。大混乱の中、政権は崩壊し、女性の指導者を中心にした改革によって、アイスランドは再生していく。
ランキングではトップクラスであるのにもかかわらず、「アイスランドで男女が本当に平等だと思っている人はいない」ことを知って、リップマン氏は驚かざるを得なかった。
それでも、大きな収穫があった。アイスランドは、女性の地位向上のために「男性が女性のために闘ってくれる」国だった。リップマン氏は、「ジェンダー問題」と聞くと身構えてしまうアメリカ人の男性について、アイスランド人の男性にアドバイスを求める。
「おれなら彼らにこう尋ねるね。もしも世界が終わるとしても怒鳴り散らしているつもりか。どうなんだ?いまいましい会話に参加したらいいじゃないか、と」。
本書は「終わりに」で、「女性がオフィスで輝くための12か条」を列記している。いくつか、挙げてみよう。
これは男性でも女性でも利用できる、「ジェンダーによるハンディをなくすための戦略」である。
例えば、「話をさえぎる人の話をさえぎる」こと。アメリカの最高裁の女性裁判官は、男性裁判官の3倍も話をさえぎられているという。
「応募者だけでなく、面接官も多様な人間から選ぶ」。
「女性は『すみません』と謝る必要もなければ、質問調で頼まなくてもいいし、ただ『幸運』なわけでもない」
「女性の代わりに決断してはいけない」。
「あなたの母親と同じ年齢の女性を雇いなさい」。多くの女性は子どもが小さい時に辞めてしまい、年配の女性は仕事が見つけにくい。そもそも、子どもができても辞めなくてもよい職場を作ることが重要なのだ。
すべての女性(外で働く仕事を持っている人も、いない人も)と男性にお勧めしたいが、特に男性に読んでほしい本である。「ダイバーシティ」、「ジェンダー」という言葉を聞いた時に、「女性の問題だから」、「自分には関係ない」と言って逃げないためにも。