「犯人挙げるか、チキン揚げるか」おうちで見たい大ヒット韓国映画『エクストリーム・ジョブ』 - 松田健次
※この記事は2020年04月23日にBLOGOSで公開されたものです
観たい映画を観に行くキッカケをあれよと失しているうちに、映画館という映画館はすっかり休館状態になってしまった。そんなタイミングに有料配信が施され、自宅観賞が叶ってしまった1本が韓国のコメディ映画「エクストリーム・ジョブ」だ。
同作は昨年1月に韓国で公開、以来1600万人の動員を突破し、韓国で歴代興行収入1位となったことをプロモーションのキャッチに掲げている。韓国の人口は約5200万人だから、動員1600万人というのは全人口のほぼ3人に1人が観賞した数字になる。累計だから1人で2~3回見た数も上乗せされてるだろうが、それにしても凄い数だ。データに関して現在のウィキも覗いてみる。
「韓国では2019年1月23日に公開され、公開から15日で観客動員数1000万人を突破。コメディ映画としては、同じくリュ・スンリョン主演の『7番房の奇跡』以来6年ぶりの観客動員数1000万人超えの映画となった。累積観客1626万5094人。歴代の韓国映画2位の記録である」(ウィキペディアより)
という鳴り物入りの数字で期待感高まる同作、日本では今年1月3日から公開となった。しかし、同時期に「パラサイト 半地下の家族」の公開が重なってしまった。「パラサイト」はすでにカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝き、上映館数もメジャー規模で、自分も新年早々、真っ先に「パラサイト」詣でに参じたクチだ。
さらに「パラサイト」は、アカデミー賞作品賞で外国語作品として初めてオスカーを受賞する快挙がニュースとなって、追い風の大ブレイク。同じ韓国作品の「エクストリーム・ジョブ」はすっかり影に追いやられ、そっちも観たいと思いつつもずるずると機会を先延ばしていた。
自宅で有料配信を楽しもう
そこにクロスフェードしてきたのがコロナウイルス。これですっかり映画館への足が止まってしまった。外出自粛モードが進む中、飛び込んできたのが「エクストリーム・ジョブ」動画配信開始の報せ。4月10日からParaviとかTSUTAYAとかの動画配信サービス各社で「有料視聴/1200円+税」で観られることになった。ありがたい。これ幸いに自分はAmazonPrimeVideoを利用、自宅観賞することができた。
<「エクストリーム・ジョブ」内容紹介> 公式サイトより
『麻薬捜査班が検挙のために偽装営業したのは、フライドチキン店?
犯人を挙げるか、チキンを揚げるか!』
<STORY>
昼も夜もなく駆けずり回るが、実績は最低。あげくの果てに解体の危機を迎える麻薬捜査班。
リーダーであるコ班長は麻薬を密輸している国際犯罪組織の情報をつかみ、チャン刑事、マ刑事、ヨンホ、ジェフンの4人のメンバーと共に張り込み捜査を開始する。
麻薬捜査班はその組織を24時間監視するため、彼らのアジト前にあるチキン店を引き継ぎ、偽装営業をすることに。
だが、絶対味覚を持つマ刑事の隠れた才能により、思いがけず、そのチキン店は名店として名を馳せるようになる。捜査は後回し、チキン売りで息つく暇もなく忙しくなった麻薬捜査班に、ある日、絶好の機会が訪れるが…。
http://klockworx-asia.com/extremejob/
全編ひたすらのライトコメディである。監督のイ・ビョンホンは傑作「サニー 永遠の仲間たち」(2011年)を脚色したという才人。この監督、「エクストリーム・ジョブ」の宣伝用動画でスパッとこう発していた、「ウケたかったんです」。その思いがたっぷり結実した笑い連打の傑作だった。
本作の笑いを担う仕掛けのひとつとして、麻薬捜査の張り込みチームがフライドチキン店を装ったらチキンが美味すぎて流行ってしまう・・・というユニークで秀逸な設定がある。(この設定は公式サイトで明かされている。)本職である張り込みと仮の職であるチキン店の労力が逆転し、本末転倒になっていく様子はあらかじめわかっていても楽しい。
この設定、秀逸ではあるが、決して「斬新」ということでもない。例えば江戸時代に生まれた「忠臣蔵」では、赤穂浪士たちが仇敵である吉良上野介への討ち入りに必要な情報収集の為、吉良邸の裏門前で酒屋を営んだり、屋台のそば屋に扮したり、武士が商売人を装う工作を行っている。そこで客への気前が良かったり、味が良かったりで商いが流行るという流れも同じだ。さかのぼればさらに古い類例があるかもしれない。
だが、「エクストリーム・ジョブ」は、このユニークなシチュエーションに踏み留まることなく、そこから映画後半にかけて、無理スジのない展開で枝葉をぐいぐい伸ばし、物語と役者を動かし笑いを稼ぐ。
正面から笑いを重ねる正攻法
そして、ひたすら感心というか本作に没頭してしまったのは、放たれる笑いの多くが、正面から、真っ向から、オーソドックスなフレームから笑いを生み出していこうというスタイルだったことだ。マニアックとか、シュールとか、オフビートとか、気づく人には気づくとか、ウラ笑いとか、過剰キャラとか、そういう類の笑いとは距離を置き、基本ストレート。
今の時代に、このオーソドックスな笑いに徹するのはハードルの高い作業だ。オーソドックスは既視感の宝庫であり、そこから既視感の無いものを探り当てていくのは非効率的だったりする。
だが、「エクストリーム・ジョブ」はオーソドックスというフレームの中で、既視感を少しだけ外した処に多くの答えを見い出し、笑いを重ねていく。本作にあるすべての笑いが、すべてそうだというわけではないが、この映画に最後まで没入できてしまうのは、オーソドックスの中で新たな鉱脈を見つけるという(骨の折れる)道を突き進んでくれるからだ。
既視感を少し外す、ということで言えば作中に登場する「水原(スウォン)カルビ味チキン」はそのシンボルかもしれない。王道のフライドチキンに対しカルビのタレをからませる、そういうセンス。
また、捜査チームの構成にもその姿勢を感じる。チームは5人組で男4人と女1人。よくある「戦隊ヒーロー」構成の定番だ。言わずもがなのオーソドックス。なのだが、この5人のうち、チキン作り担当になるマ刑事(チン・ソンギュ)と、最も若いジェフン刑事(コンミョン)が、二人とも前髪パッツンの坊ちゃん刈りで「かぶって」いる。
5人しかいないのだから、それぞれにわかりやすく色分けて、ビジュアルを立てればいいのに5人のうち同系の髪型でワンペアにしている違和感。このふたりはチキン店の厨房で働く同士にはなるが、バディとしてコンビ感が突出するわけでもない。だが、この髪型ワンペアのせいで、なんだか憎めない愛嬌を感じ、可笑しみに加算してしまう。これもオーソドックスからの「ちょい外し」なら、監督の狙いに結局ハマってしまったのかもしれない。
ちなみに、この前髪パッツンのマ刑事(チン・ソンギュ)は良かった。彼の明るさがこのライトコメディの光源となり、全編を牽引していて、ある意味、彼の映画でもあった。
「パラサイト」とは両極の笑い
2019年の韓国映画、「パラサイト 半地下の家族」は同時代を射抜くブラックな笑いを醸した。そして同年公開の「エクストリーム・ジョブ」はオーソドックスをベースにしつつも、今笑える笑いの鉱脈を探り当てた。両極の笑い。どちらも傑作。
今この時期に、まだ観ぬコメディ映画を欲しているなら、「エクストリーム・ジョブ」の配信観賞はオススメです。