朝日の布マスク販売批判は的外れ 日本のものづくりを嘲笑して、何が愛国か - 赤木智弘
※この記事は2020年04月21日にBLOGOSで公開されたものです
4月17日に開かれた記者会見で、朝日新聞の記者から「一斉休校や布マスク、コラボ動画などで批判を受けていることなど、一連の新型コロナ対応に対して、どのように自己評価をしているのか」という内容の質問に対し、安倍晋三総理大臣が布マスクについて「いまご質問をいただいた御社のネットでも、布マスクを3300円で販売しておられたということを承知しています。そのような需要も十分にあるなかにおいて、我々も2枚の配布させていただいた」と答えた。(*1)
この答弁に対して、ネットの一部が「安倍総理のマスクを批判した朝日のブーメランだ!」と大喜びしている。これはどういうことなのだろうか。
この「朝日新聞が3300円で販売しているマスク」というのは、一部まとめサイトなどで4月上旬から騒がれていたものである。どのように騒がれていたかと言えば、経済評論家の上念司氏のツイート(*2)のように「朝日新聞が3300円のぼったくりマスクを販売している!」という文脈で騒がれていたのである。
では、この朝日新聞で販売されていた3300円の布マスクとは、どういうものなのかを確認していこう。この布マスクは、日本でのマスク不足に対して、国産毛布のシェア90%を誇り(*3)、「繊維のまち」としても知られている泉大津市が発足させた「泉大津マスクプロジェクト(*4)」による製品である。
これは泉大津市の繊維会社がハンドメイドマスクを作り、地元などで販売するプロジェクトであり、3300円のマスクは「大津毛織」という企業が販売したマスクである。3300円という価格は一見高価だが、立体加工のハンドメイド品で、中にフィルターを入れた4層構造。これを2枚組で販売している。同じ「2枚の布マスク」でも、一般的なガーゼマスクであるアベノマスクとは、まったく異なる製品である。
そして、価格は朝日新聞が付けた価格ではなく、企業が付けた価格であり、地元の店などでも同じ価格で発売されている。(*5)朝日新聞の通販サイトでの販売もその価格なのだから、「3300円は高価。ぼったくりだ!」という批判は朝日新聞に対するものではなく、価格を決定した企業に対しての批判ということになってしまうのである。
他に、「朝日新聞は布マスクには新型コロナ予防の効果がないと報じていた」というものがある。「効果がないと報じていたのに、布マスクを売るとは何事だ」という批判である。まず、布マスクが新型コロナ予防に効果がないというのは、現在の標準的な科学的見地であり、朝日新聞だけが主張している事ではない。
実際、布マスクに求められるのは飛沫の飛散防止であり、新型コロナに感染していない人がマスクをすることには、ほとんど意味がないと言っていい。だいたい、飛散防止だけなら、わざわざガーゼマスクなど使わず、昔のアメリカ映画のギャングのように、バンダナで鼻と口元を隠せばいいのである。バンダナはガーゼマスクと違い、洗濯機などで洗え、清潔を保ちやすい。さらには不要になればウエスとしても使える優れものだ。
では、マスクは100%無用といえるのか。
そんなことはまったくない。なぜなら、新型コロナ関係なしに、マスクを必要とする人はたくさんいるからだ。僕は部屋の掃除をするときにはマスクを使うし、寝ているときの乾燥を防ぐためにマスクをして寝る人もいる。そして何より、今一番困っているのは花粉症の人たちだろう。
コロナ騒ぎの陰に隠れてあまり言われてはいないが、春先は花粉症の季節である。花粉症の人たちにとっては、口と鼻のみならず、その周辺までしっかりとカバーしてくれる不織布マスクは必要不可欠だ。しかし、コロナ騒ぎで不織布マスクが安定的に手にできない今、不織布マスクと同じように使える、立体加工で高耐久性の布マスクを必要とする人はいるのである。
それは同じ「2枚の布マスク」ではあっても、アベノマスクでは十分に満たすことのできない大切な「需要」である。
そして何より、3300円のマスクは必要だと思った人が買う製品である。自由意志によって売買される商品であるマスクと、税金を利用して全世帯に配られるマスクというのは、根本的にその意味が異なる。
アベノマスクに対する批判は「たった2枚のガーゼマスクを多額の税金をかけて5000万世帯に配る必要はあるのか。別にお金の使い道があるのではないか」という批判であり、その批判を「朝日新聞だって3300円でマスクを売っていたではないか」で返せるはずもないのである。
それにしても情けないのは、もはやこんな程度の人気稼ぎしか発言できなくなった安倍政権であり、またそれを喜んでいる人たちだ。
まぁ、彼らの気持ちも分からなくはない。
少し前までは何でも屁理屈付けて「安倍が正しい」と言っておけば、政治や社会、経済に至るまで、さも熟知しているような万能感に浸ることができていた。しかし、新型コロナが問題になってからは、ちぐはぐな政策に遅すぎる意思決定。安倍首相を擁護すれば擁護するほど惨めになるような状況。
僕からすればいつものピンボケ安倍政権であるが、彼らの認識からすれば勝った勝ったまた勝ったの安倍政権が、突然ポンコツになったように見えてしまう。そりゃ、ストレスも溜まっていたのだろう。そこに、こうした安倍総理大臣の一撃が、あのにっくき朝日新聞に対して炸裂したように見えたのだから、爽快な気分なのだろう。
しかしその一撃は、結局安倍首相をはじめとして、それを褒めそやしていた人たちまでが、まとめサイトのような「マスゴミ」の手のひらで踊っていただけという悲しい現実を明らかにしただけだった。そして、まとめサイトの誘導通り朝日新聞を貶めようとして、そのついでに日本を支えるものづくりの現場を嘲笑してしまったのである。
しかも、その失態に気づくどころか、今もなお「朝日にブーメランwwww」などとはしゃぎ続けているのである。本当に恥ずかしい。このような人たちが自分のことを「愛国」だなどと認識しているのだから本当に救いようがないとしか言いようがない。
*1:“布マスク批判”を指摘の朝日記者に首相が反撃 「御社も3300円で販売」(毎日新聞)https://mainichi.jp/articles/20200417/k00/00m/040/325000c
*2:朝日新聞が二枚で3300円のぼったくりマスクを販売中!買っちゃダメだよ!(上念司 Twitter)https://t.co/SLPUXfUcgU」 / Twitter https://twitter.com/smith796000/status/1246231248969711622
*3:主な産業の歴史(泉大津市)https://www.city.izumiotsu.lg.jp/izumiotsunabi/sangyou/omonasangyou.html
*4:「繊維のまち・泉大津」のマスクプロジェクト開始!(泉大津市)https://www.city.izumiotsu.lg.jp/topics/1584431302186.html
*5:洗って再使用できるマスク販売開始【泉大津市マスクプロジェクト】(泉大津商工会議所)http://www.izumiotsu-cci.or.jp/latest_information/202003184231/