初版部数100万部、報奨契約やポスティングも話題の『史上最強のCEO』仕掛け人が語る出版業界の未来 - 島村優
※この記事は2020年04月15日にBLOGOSで公開されたものです
世の中が新型コロナウイルスの話題一色になる前、SNSを中心に大きな話題になった一冊の本がある。それがフローラル出版が刊行した『史上最強のCEO』だ。
出版不況と言われる時代に初版で100万部を刷ったことや、一風変わったポスティングでのプロモーションが注目を集めた同書は、どんな目的と狙いをもって刊行されたのか。仕掛け人であるフローラル出版・代表の津嶋栄氏に聞いた。
「初版100万部」で業界に投じた一石
―初版100万部、前例のないポスティングによる販促など『史上最強のCEO』が話題になっていますが、この企画はどのようにスタートしましたか?
正直に申し上げると著者からの提案がきっかけです。私自身もジェームス・スキナーの主宰する経営者塾に参加しており、彼に色々なことを教わりながらフローラル出版を立ち上げることができました。
実際、フローラル出版はM&Aで取得したんですけど、立ち上げから骨組みを作るまで自己資金ゼロという、まるで魔法のようなアクロバティックな方法で設立しました。そういった点も含め、私自身が彼の教えを体験している立場でもある。その集大成がこの出版社であり、この本のビジネスモデルという形になっているんです。
―本書の内容を簡単に説明すると、どんなことを目指した本なのでしょうか。
この『史上最強のCEO』は、著者のジェームス・スキナーが日本の経営者を奮い立たせたいという本なんですね。日本全体が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代と比べると色々な意味で元気がなく、国際競争力がかなり落ちてきている。
世界を牛耳っていると言われるGAFAの一角にも入れず、ユニコーン企業は先進国の中でも少ない。でも日本は精神性が高い国であって、いろんな意味で世界から尊敬される部分もある国なので、もっともっと元気になって世界をリードしていくべき存在であってほしいし、経営者が消極的になっている状況をなんとか打破したいというメッセージが込められています。
個人的に気に入っているのは第三部で、ジェームスが経営者をめった打ちにしていくパートなんですけど、「会社の唯一の問題は社長」「あなたが変わらないと会社は変わらないよ」と伝えています。ここで挙げた7つの問題点をクリアすることで日本企業が発展を目指していけるんじゃないか、もっとチャレンジしていこうよ、という思いが込められています。
―初版100万部という数字はどのように決定したんでしょうか。
本人は著名な経営コンサルタントで、これまでに色々な本を書いていますが、実は経営本を書くのは初めてだったんです。つまり、ジェームス・スキナーの30年の集大成となる特別感がある本になります。著者と信頼関係を築いていく中で、そうした本に見合うプロモーションをやっていきたい、という話をしていました。
あと、これまでのミリオンセラーとは違った100万部の作り方にチャレンジしていきたいという思いがありました。私自身としても出版界を元気づけたいと常々考えてきたので、新興出版社でも業界にインパクトのある活動ができることを示したい、チャレンジしようというメッセージを込め、「100万部」という数字に決めました。
―思い切った数字ですね。
多少は「ズルい」的な見られ方もするんですけど、でも出版業界は実売部数を公表せずに発行部数で動いている世界なので100万部は嘘ではない。100万部発行したら「ミリオン」と言っても間違いではないんです。知り合いからは「考えたことはあるけど、実際にやるやつは初めて見た」と言われましたが、やろうと思ったら、初期コストやランニングコストをどうするかという問題さえ解決できれば、このスキーム自体は誰でもできる。だから、こういう100万部の作り方もあるよ、と業界に一石を投じてみたかったんです。
こうしたこちらサイドの思いと、著者の「100万部を日本の経営者すべてに届けたい」という思いがうまく噛み合って形になったのが、今回の初版部数ですね。
書店を巻き込むとうまく行く
―書店との画期的な報奨契約も注目されていました。
書店さんは色々な出版社が報奨企画を持ってくるので、それ自体は特別視していないんですけど、今回新しかったのは仕入れに報奨がついていることと、フローラル出版の刊行物すべてを対象とした基本施策であることだと思います。仕入れ100円・実売100円という通常では考えられない報奨を設定したんですけど、ただそれも原価計算の問題なんです。
この本の価格は1800円ですが、1400円くらいの値付けをする出版社もあるスペックだと思っています。でもこの本では、定価を上げて、そこから書店に還元するモデルを試してみたんです。業界の現状を見ると、書店も取次もタイトル数を減らして単価を上げてほしいという要望が多く聞こえてきます。出版社は経営的な問題で出版点数を減らせない、何が当たるか発売してみないとわからない、など様々な理由からそこに踏み切れないんですけど、そこを確実に当てる方法でやっていこうと。
―なるほど。
私が高橋書店にいた頃から思っている仮説に「書店さんをしっかりと巻き込むことで色々なことが可能になる」というものがあります。今は70法人と特約店契約を結んでいて、2000店くらいの特約店がある状態です。こうなると確実に“売れる”状態が作りやすくなるので、まずこういった形を作ることを目指しました。
―書店からの反応はどのようなものがありましたか?
書店さんからすれば利率改善に大きく貢献するので「思い切ったことしたね」という反応や、こういう形を作ったことで「ありがたい」という声が圧倒的に多かったと感じています。発売して2ヶ月以上経っても新刊台に置いてくれて、返品もほとんどない状態で、書店さんもこの試みについて粋に感じてくれているのかなと考えています。
うちとしては、書店さんが返品しても仕入れの報奨は支払うのでリスクはあるんです。大量に仕入れて返品を繰り返せば、仕入報奨だけ手に入るという抜け道もあるので。ただこれも、書店を信頼してみようという実験なんです。実際、反応は良かったと思っています。
炎上騒ぎになったポスティングの舞台裏
―『史上最強のCEO』はAmazonに出荷していませんが(※)、その狙いはどこにありますか。
正直に言うとまだ効果はわかってないんですけど、書店さんへのキラーワードになったとは感じています。中古では流通しているし、Amazonで100%買えないわけではないので完全に狙い通りとは言えませんが、これも一つの実験ですよね。Amazonで売らなかったらどうなるのか、という。
個人的には業界がAmazonを過剰に信奉しすぎているように感じています。現状Amazonのシェアは20%くらいで、残りの80%は実店舗で売っています。一社で20%と聞くと大きく思えるけど、逆にシェアとして20%しかないとも言えます。そこに対して過剰に反応する必要もないのではと考え、Amazonで取り扱わないでベストセラーが作り出せるかを確かめたいと思いました。
※新型コロナウイルスの感染拡大に伴う書店の休業を受け、現在は一時的にAmazonでも販売
―書店との関係で言うと、一部で大きく話題になっていたポスティングに反対の声はないんでしょうか。
ポスティングはあくまで一部地域の実験的な試みということでご理解いただいています。この施策はインフルエンサーマーケティングの延長で、いわば献本文化の拡大解釈。影響力のある人や雑誌に献本することの裾野を広げてみる実験だと思っています。
ポスティングをやっている地域とやっていない地域でどんな差が出るのか、受け取った人が紹介してくれたことで売上が伸びるのか、買おうと思っていた人にまで届いてしまって売上が落ちるのか、それを検証するための実験。でも、時代の流れ的には紹介されたことで、売上が伸びる効果が強いと予想しています。西野亮廣さんが『えんとつ町のプペル』をネットで無料公開した時に反対する声が多かったけど、実際にやってみたら売上が伸びた例もありましたよね。
―なるほど。SNSでは否定的な声も含め様々な反応がありました。
Twitterなんかでは炎上していましたけど、こちらが意図していないところに届いたものは炎上しやすかったのかな、と思っています。これには若干の計算違いがあって、基本的にはすべて事業所を対象に、社長に手に取ってもらえるように投函するつもりだったんです。ただ、ポスティング会社のコントロールがこちらで100%効かず、意図していないところに届くということが起きてしまった。
高級住宅地区の高層マンションや、富裕層・経営者層が住んでいると予想できる地域は対象にしてもいいと伝えていましたが、そこで少し認識の違いがあって。
―あくまで限定的な施策であって、100万部のうち90万部を配っているようなことはないと。
それはやってないですね。でも否定的な声があったことも前向きに捉えています。最初の頃に見られた声よりも段々と賛否両論感が出て、「話題のCEO本がやっと届いた」といった反応も見られるようになりました。精度を上げていくという課題はあるんですけど、収穫もあったと思います。
Twitterでの否定的な声はほとんどが経営者ではない人からのものなので、ミスマッチングを引き起こしたところから生まれています。だからと言って何かを請求するわけではないですし、私たちがやっていることで基本的に害は与えていないつもりです。「資源の無駄だ」とも言われましたが、この本を作るのに総量として6800本の木を伐採した計算になるので、代わりに1万5000本の植樹も行いました。そういう部分は気をつけてきたつもりではあります。また、本の中にセミナーへの誘導はありますが、申し込むかどうかは自己判断ですので「詐欺商法」みたいな指摘は全く見当外れだと思っています。
出版業界を3兆円規模にすることが目標
―この本を刊行したフローラル出版とはどのような会社なのでしょうか。
私が代表を務めるフローラル出版は2018年10月に設立した出版社で、株式会社BRC、日本経営センターというグループ会社3つが一体となって、出版業界で新しいチャレンジをしようというミッションに基づいてビジネスを進めています。
役割分担としては、BRCが書店さんをサポートするビジネスを担当し、日本経営センターは著者としっかり売れる企画を煮詰めていく企画コンサルのような立ち位置で、プロデューサーの立場で制作のお手伝いから、スタッフ手配、取材といったところまで幅広く関わっています。
そしてフローラル出版は商品制作に集中し、業界内外へのブランド力を高めようとしています。そのため「他の出版社がやらないような実験をやる場所」として設定しています。それによって、他の出版社とは違ったノウハウが蓄積され、業界全体に様々な還元ができると考えています。
―津嶋さんは前職では高橋書店に勤めていたということですが、なぜ新たに出版社を立ち上げたのでしょうか。
私は20年間高橋書店にいて、編集・営業の現場の第一線に立ってきました。高橋書店は業績が良く、私が在籍している間は業績がずっと伸び続けていました。ただ業界を見渡してみると、周りにいる仲間たち、特に書店がどんどん疲弊している様子を感じていました。
業界全体が苦しんでいる中で、一社だけ伸び続けている状態だったので、自分の会社には何か好調が続く秘訣があるのではないかと自分なりに分析して、これを他社にも伝えられれば業界全体に寄与できるのではないかと考えたんです。
―なるほど。ノウハウを他社にも伝えたい、と。
一社だけ伸びていてもフィールド全体が拡大しないといつか頭打ちになってしまうので、常に業界全体が伸びないと話にならないと思っていました。
それで、現在の私たちは「出版業界全体を盛り上げる」ことを第一の目標に動いていて、具体的目標として「出版業界を3兆円規模にする」という旗を掲げ、活動しています。3兆円というのは、現在の2.5倍程度、過去最高だった2兆6500億円を超えていくチャレンジなんです。
―具体的には、他社にも共有したいと考えた高橋書店の強みは何だったんでしょうか。
一つは営業の人数が基盤で、僕がいた当時で営業マンが80人くらいいましたが、同じだけの人員を抱えている出版社はめったになかったと思います。それを他の出版社でも取り入れられる形にする方法を考えて、BRCという会社が書店と一緒に戦うことを軸にして、書店だけでなく出版社の営業さんをしっかりとサポートしていくと。そういう位置付けの会社として、私たちを利用してもらえれば、営業が強かった高橋書店の形を再現できると考えました。そして、もう一つは出版点数の絞り込みです。高橋書店は企画の選別がかなり厳しく行われるため、一編集者が年間に発行する点数が少ないのが特徴でした。その分、一冊入魂で作っていたので、一点あたりの売上冊数はかなり高かったです。
―素朴な疑問ですが、今回の本にしてもかなりお金をかけているように見えます。会社は儲かっているんですか?
基本的なビジネスモデルとしては、費用面でも著者と分担しているので通常の出版社よりも採算分岐点が低い状態でスタートしています。その分、プロモーションにちゃんと力を使いますよ、というのが当社のスタンスです。
通常の自費出版との違いは、売ることに最大限こだわり抜いていることです。通常の自費出版は著者の希望通りに仕上げていくのが一般的ですが、僕らは編集権をしっかりと確保し、売れるための本づくりを心がけて、プロモーションも書店さんを巻き込んで大きな展開をしっかり作っていく。そのどちらが売れるかは歴史が物語っていて、自費出版でミリオンセラーが生まれたケースはほとんどありません。
―今後、この本を通じて、あるいは会社としてどのような展開を目指していきたいですか?
『史上最強のCEO』について言えば、まず重版をかけたいですね(笑)。目標としては200万部まで持っていきたい。ジェームスが翻訳した『7つの習慣』が250万部なので、それに匹敵する部数までは持っていきたいとは思っています。これだけの部数を刷ったということは、長く売り続けるという覚悟でもあるので、今後も様々なプロモーションをやり続けたいですね。
この4月には、セブン‐イレブンとコラボして、企画販売を始めます。ほぼ全店、特製什器で販売します。ちょうど緊急事態宣言で多くの書店が休業してしまっている最中なので、心強い取り組みです。また、コロナが落ち着くまでの当面の間、Amazonでの取り扱いも解禁することにしました。著名人との対談YouTube企画なども、現在水面下で進行中です。
会社としては、出版業界の構造を変えることを大きな目標として掲げています。本そのものの機能もアップデートし、収益モデルそのものも変えていく。本自体がもつ素晴らしさは当然追求していきますが、本から広がる世界も含めてビジネスとして取り込んでいきたい。
また、出版業界復活のカギとなる考え方として、ネット広告業界から売上をもう一度取り戻す必要があると思っています。容易に想像できるかと思いますが、紙媒体の広告は厳しい状況で、どんどんネット媒体に流れている現状があります。広告媒体としても出版業界は魅力が薄れている状況なので、もう一度紙媒体に広告費を取り戻すために、何ができるかも考え続けています。