高校時代に始めた”盗撮”が趣味 北海道警巡査長が花形部署から転落するまで - 小笠原淳
※この記事は2020年04月14日にBLOGOSで公開されたものです
捜査書類の改竄に、不倫など不適切交際、そして裏金ーー。全国各地で治安機関“警察”をめぐる不祥事が後を絶たない。それでも、テレビや新聞で伝えられる不祥事は氷山の一角で、警察内部で処分を済ましたとして国民に公表されないままのものも少なくない。
記者クラブに属さず恵まれた取材環境ではないながらも、独自の取材網や執拗なまでの情報公開請求を活かして、北海道警の不祥事を追い続ける男が北の大都市・札幌に存在する。フリーライターの小笠原淳氏。“およそどうでもよいフリーライター”と自称する彼が、これまでに対峙してきた道警内部の実態を伝える。
今回取り扱うのは、地元紙・北海道新聞でもいわゆる“ベタ記事”として、小さく扱われた男性警察官による盗撮事案だ。
男は女性のスカートの中を盗撮しようとして昨年7月16日に道迷惑防止条例違反(卑わいな行為)の疑いで現行犯逮捕された。その後、複数の余罪や窃盗容疑で追送検され、今年3月13日に函館地裁で言い渡された判決は、懲役1年6カ月、執行猶予3年(求刑懲役1年6カ月)。
公判で明かされたのは、出世街道を踏み外すまでの過程と、現職でありながら数々の性犯罪に手を染めていた許しがたい事実だった。
事件は猶予刑で終わった
傍聴席から見て右側の長椅子に掛ける被告人は、しきりにまばたきを繰り返しながら宙に眼をやっていた。黒のスーツに、白シャツと紺のネクタイ。少し長めの袖から覗く両手を、軽く握って両膝に置いている。
「主文。被告人を懲役1年6月に処する」
裁判官が告げたのは、検察の求刑を受け入れた想定内の結論。続けて「この裁判確定の日から…」とつけ加えたのも、予想通りだった。
「3年間、その刑の執行を猶予する」
3月13日午前、函館地方裁判所。前月下旬の初公判で即日結審した事件は、10分間に満たない判決言い渡しで幕を閉じた。
約40席の2割ほどが埋まった傍聴席を見渡してみる。地元紙やテレビの記者の関心のほどはわからないが、法廷に足を運んだ数人の表情を見る限り、必要以上に深追いする気はなさそうだ。
2階の法廷をあとにしてロビーに降りると、腕章をつけた裁判所職員がエレベーター前に佇んでこちらの様子を窺っている。正面玄関から外へ出て、速足で裏口へ。小さな川に面した裏門から再び地裁の敷地内に入ると、ちょうど車で帰宅する被告人を弁護人が見送っているところだった。
「すんません、判決の受け止めを…」
駈け寄るや否や、腕章の2人が庁舎から飛び出してくる。「敷地内での取材はご遠慮を!」などと叫ぶ彼らを無視して弁護人の後を追い、先ほどのエレベーター前で再び問いを向ける。返ってきたのは、これもまた予想通りの答えだった。
「コメントは差し控えさせていただきますので」
現職警察官が下着窃盗と盗撮で逮捕された事件を扱えば、それはまあ、何を訊かれてもなんとも言いようのない気分だろう。
絶えない「なんとも言えない事件」
札幌でライターをやっている私は、地元月刊誌『北方ジャーナル』にほぼ毎月、北海道警察の不祥事を伝える記事を書いている。2017年秋には、未発表不祥事を掘り起こした顛末を本にまとめて出版した(『見えない不祥事』リーダーズノート出版)。雑誌も単行本もさほど売れているとはいえないが、業界内ではそこそこ好意的な評価を得ることができたと思っている。
一連の取材を通じてわかったのは、すべての不祥事が発表されているわけではなく、発表されたとしても報じられないことがあるという事実。自治体としての北海道は現在、ほとんどの職員の懲戒処分を原則全件発表しているが、警察職員のみは例外的に一部の公表を免れている。
新聞・テレビなどの大手報道機関がこの未発表不祥事を明るみに出す機会はほとんどなく、たまに発表されるケースも必ずしも大きくは報じられない。一方で、一般行政職員などの交通違反やハラスメント事案などは漏れなくニュースになり、時として当事者の実名が報じられたりもする。
これはなんだか公平ではない。同じ公務員の間にこんな不公平があってもいいのか。むしろ警察こそが積極的にすべての不祥事を発表すべきではないのか。そもそも、いつまで経っても警察官の不祥事がなくならないのはなぜなのか――。
そんなことを考えながらネチネチ取材を続け、もう2年以上が過ぎた。2年以上経っても状況は改善されず、不祥事そのものも絶えることなく発生し続けている。従って、私のネチネチも絶えず続くことになる。いずれ飽きたらやめようと思いつつ、これがなかなか飽きることがない。たまに「なんとも言いようのない」ケースに出会うことがあるからだ。
冒頭で取り上げた事件も、その1つだった。
盗撮犯はわいせつ警官と同期だった
道警本部でパトカー勤務に就く男性巡査長(当時28歳)の現行犯逮捕は、さすがに発表を免れることができなかったようだ。逮捕当日夜に道警が発表した『報道メモ』には、事件の概要が次のように記されている(被害者匿名は原文ママ、以下同)。
《被疑者は、令和元年7月16日午後7時3分ころ、札幌市中央区北5条西2丁目商業施設内において、Aさんのスカート内にカメラを差し向けたものである》
「記者クラブ」に加盟していない私は、警察からこれ以上の情報を得ることができない。そこで、まさにクラブに所属している大手の警察担当記者に事情を訊くことになる。巡査長の件では、1人からこんな声を聴くことができた。
「なんか、単純にスマホをスカートに入れたとかでなく、ぼくらが想像もつかないマニアックな方法で盗撮してたらしいっすよ」
逮捕から3カ月ほどが過ぎたころ、もう1つの『メモ』が出た。巡査長の懲戒免職処分を伝える発表だ。そこには、それまでの捜査であきらかになった余罪が記されていた。
《令和元年7月16日、札幌市内の商業施設において、Aさん(10歳代、女性)ほか複数名の女性に対し、スカート内にカメラを差し向けて下着を撮影した》
《平成29年3月、胆振総合振興局管内の住宅に侵入し、衣類を窃取した》
複数回の盗撮に、侵入窃盗。「衣類を窃取」というからには、おそらく被害者は女性だろう。罪を犯してまでそれらの「衣類」に執着する巡査長は、いったいどういう人物なのか。世代の近い元警察官に連絡を試みると、すぐに「知ってますよ」とメールが届いた。
「真面目すぎる奴で、捕まったのはびっくりです。警察学校の時は、今風に言えば『陰キャ』でしたね。当時の友達とは『初任科時代の女子トイレ盗撮騒ぎは彼だったんじゃねえ?』って話になってますよ」
話に出てくる「女子トイレ盗撮騒ぎ」は、この1年ほど前にも耳にしていた。警察学校のトイレに何者かがカメラを仕込んだというその事件は、今もって犯人がわからずじまいだという。
このトイレ事件について、当時の私は2018年に連続わいせつ事件を起こした別の元巡査部長(当時26)の犯行を疑っていた。幹部職員の息子だったその元巡査部長は、実家近くの住宅街で未成年の女の子を相手に少なくとも29回、下半身を露出して自慰行為を見せつけるなどし、公然わいせつで逮捕されている(のち起訴、執行猶予判決)。
今回の盗撮巡査長は、偶然にもそのわいせつ巡査部長と同期生だったのだ。警察学校時代のトイレ事件がどちらのしわざだったのかはわからないが、少なくとも1つ言えることがある。
北海道の警察学校はいったい、新人に何を教えているのかーー。
盗撮は週3回、1日10人の頻度で
7月に逮捕された巡査長、もとへ元巡査長の起訴が伝えられたのは、事件から半年ほどが過ぎた12月25日のこと。発表が函館地方検察庁だったのは、本人が現職中に住んでいた札幌の部屋を引き払い、母親の住む函館市に転居していたためだった。
函館地検の起訴状によれば、立件された盗撮は計4件。事件当日、夕方の午後5時から同7時過ぎまでの間に、札幌市内の4カ所の店舗でそれぞれ1人ずつが被害に遭っていた。
その2年前に起きた侵入窃盗の現場は、札幌と函館のほぼ中間に位置する伊達市。おそらくは元巡査長の前任地だ。盗まれたのは「女性用下着2点(時価合計約3000円相当)」で、やはり被害者は女性だった。
地元の裁判所でようやく公判が始まったのは、年を跨いだ本年2月21日午後。その日、函館に隣接する七飯町で新型コロナウイルスの感染者が確認されたこともあり、初公判の法廷は閑散としていた。
人のまばらな傍聴席で、私は何度か腰を抜かしかけることになる。冒頭陳述と証拠調べで、次々と以下のような事実が明かされたためだ。
・元巡査長は週に3回ほど、1日10人前後の頻度で盗撮を繰り返していた――。
・立件された4件の盗撮の被害者は、いずれも未成年の女性だった――。
・下着窃盗の被害に遭ったのは、当時の同僚の女性警察官だった――。
・逮捕の1カ月前、元巡査長は別の女性と結婚していた――。
・盗撮・窃盗ともに、目的は「自慰行為」だった――。
・盗んだ下着は、結婚後も処分していなかった――。
「素敵な女性が多く、誘惑に負けた」
2016年12月ごろ、元巡査長は当時勤務していた警察署内で同僚女性の自宅の鍵を無断撮影し、その画像を専門業者に持ち込んで合い鍵を作った。女性職員とはとくに親しかったわけではなく「見た目が自分好みだった」という。翌年3月、留守宅に侵入して下着2点(青色の上下1組)を盗み出し、折に触れてその匂いを嗅いでは自慰行為を繰り返していた。
盗撮を始めたのは、10年ほど溯る高校3年生のころ。インターネットで「盗撮もの」動画を視聴し「自分でもできるかも」と思ったのがきっかけだ。2010年に道警に採用されてからは控えていたといい、事実なら先のトイレ盗撮犯は彼ではなかったことになるが、真相はわからない。
高校時代の悪癖が復活したのは、本人曰く「2018の夏」ごろ。彼はその年、前任地から札幌の警察本部へ異動している。「都会は素敵な女性が多く、誘惑に負けた」と、ネット通販で小型カメラを4台入手、穴を開けた靴にそれを仕込んでスマホの遠隔操作で動画を撮る方法に思い至った。実行にあたってはあらかじめズボンのポケットに穴を開け、そこからケーブルを通してカメラを携帯用バッテリーに接続、動画撮影状態を維持しながら標的のスカートの下に靴を忍ばせていた。
すでに述べたように、起訴された盗撮は4件のみ。しかし「週3回・1日10人」が事実なら、実際にはのべ1000人以上が被害に遭った可能性がある。
母の写真を待受に?
盗撮の習慣というのは、逮捕されたらぴたりと止まるものなのか。
元巡査長は現在、地元の医院でカウンセリングを受けているというが、自らの再犯を防止する具体的な対策は講じているのだろうか。初公判の被告人質問でこれが話題となり、本人の口から具体策が説明された時、私は傍聴席の椅子から転げ落ちそうになった。
「スカート姿の女性に近づかないこと、買い物には1人で行かないこと、携帯のカメラを使えなくすること、携帯の待ち受けを母親の写真にすること、盗撮動画を観ないこと…」
待ち受け画面を母親の写真に? それが再犯防止になるのか? 女性に近づかないと言うが、そんな生活できるのか? 盗撮動画を「観ない」って、創作物なら観てもかまわないだろう。大事なのは「撮らない」ことだ。「携帯のカメラを使えなく」とは、要はレンズの部分にテープを貼ることらしい(母親の証人尋問から)。いや、そんなものいつでも剥がせるじゃないか…。
いかにも無理のある弁明に最も大きく疑問を呈したのは、審理を指揮する日野進司裁判官だった。再犯防止への意欲を繰り返し問われた元巡査長は、たびたび答えに窮して口ごもることになる。
裁判官「人間である以上、事件を起こした生々しい記憶は時間とともに減っていきますよね。それをなるべく忘れないようにするには、どういうことをしなきゃいけないと」
元巡査長「……罪と、向き合って…」
裁判官「被害者の苦痛を忘れない方法は」
元巡査長「…講演会や本とかで、被害者の心情を勉強することが大事だと」
裁判官「それはそれでいいけど、具体的に今回の事件を忘れないようにするには」
元巡査長「………」
裁判官「事件の後、自分のやったことをメモに書いたりとかしてますか」
元巡査長「……やってません」
裁判官「携帯のメモ機能でもいいんだけど、何か書き残したことは」
元巡査長「……謝罪文の写しは持っています」
裁判官「その謝罪文を読み返してみるとか、あるいは被害者の気持ちを自分なりに考えて書いておくとか、そういうことは考えないんですか」
元巡査長「……すいません…考えてませんでした」
検察の求刑は、懲役1年6カ月。被告人に前科・前歴がないことから、猶予刑になるのはほぼ確実だった。この翌月、執行猶予つき有罪判決が言い渡されたことは、すでに述べた通りだ。
出世の道踏み外し失職、離婚
弁護人がノーコメントならば、本人も問いかけに応じることはないだろう。そう思いつつ、とりあえず元巡査長の実家に足を向けてみる。住宅街の中でひときわ垢抜けた2階建ての家は、登記情報によれば5年ほど前に新築されたばかりだった。
呼び鈴への反応はなく、壁には表札を剥がした跡。玄関先に駐まる車3台のうち1台が函館地裁の裏口で見かけたもので、中に本人がいることは確実だった。近くの中古車店の陰で「出待ち」を試みたものの、30分もしないうちに飽きてしまい、函館名物「ラッキーピエロ」のハンバーガーや活イカの刺身の映像が脳内で再生され始める。メモを書きつけた名刺を投函し、あっさり辞去。その後もちろん本人から連絡が届くこともなく、今に到るまで直接取材は叶っていない。
元巡査長が最後に所属していた道警本部の自動車警ら隊は、彼より5期ほど下の元警察官によれば「行こうと思っていける所じゃない」という。
「札幌の警察署でパトカー勤務だった自分も、一度は行ってみたいと思ってた職場です。ほとんどの巡査はあそこに行くと昇任できるし、次の勤務地が希望通りになったりもしますから」
同期生によれば、警察学校時代の成績は「可もなく不可もなく」。当時の卒業アルバムには、いかにも実直そうな青年の顔写真が残る。およそ器用さが窺えない彼に、同業者が憧れる花形部署は荷が重すぎたのか。10年後の法廷に現われたその人は、写真そのままの短く刈った髪で、若干サイズの合わないスーツに身を包んでいた。
逮捕当時新婚だった元巡査長は、保釈直後に妻から離婚を切り出され、慰藉料380万円を支払った。下着窃盗の被害女性にも、謝罪の上で100万円を送金した。盗撮の被写体となった少女たちとは接触や連絡が禁じられたため、犯罪被害者支援団体に20万円を「贖罪寄附」した。現在は母親とともに暮らし、新聞配達のアルバイトやごみ拾いのボランティア活動などを続けているという。
起訴前に言い渡されていた懲戒は、その年の道警で唯一の「免職」処分となった。
失職、離婚、有罪判決。「事件」はいちおう、幕を閉じた。だが私には、1つ気になることがある。
携帯電話に貼ったテープは、まだ剥がれていないだろうか――。