喫煙者が「新型コロナ感染症」にかかりやすいのは本当か - 石田雅彦 - BLOGOS編集部
※この記事は2020年04月09日にBLOGOSで公開されたものです
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)と喫煙との関係がはっきりし始めた。これについて最新の査読付き(同分野の専門家による評価検証)論文がいくつか出たので紹介したい(この記事は2020/04/08の情報に基づいて書いています)。
呼吸器を痛めつけるタバコ
新型コロナ感染症と喫煙の関係では、世界中の医療機関や研究者がその悪影響を主張し、タバコ会社にタバコの製造をやめるよう勧告する団体(国際結核肺疾患連合)も現れている。本当に喫煙者は新型コロナ感染症にかかりやすく、重篤化しやすいのだろうか。
この論争の発端は、2020年2月21日に発表された査読の付かない論文(Preprint、*1)だった。これは新型コロナ感染症の中国人患者、約8000例を対象とした調査研究で、患者を男女で比較したところ、男性患者のほうが女性より多く(約55%)、合併症で重症化する割合も男性のほうが高く(61.5%)、致死率も女性に比べて男性が3倍以上(1.25%:4.45%)とした。そして、中国人男性の高い喫煙率(男性52.1%:女性2.0%、*2)が、こうした男女差に影響を与えているのではないかとされた。
そもそもタバコから吸い込む有害物質は、喫煙者の気道や呼吸器の粘膜バリアや細胞組織などを破壊する(*3)。また、身体の免疫系の応答にも悪影響を及ぼす(*4)。
タバコを吸うとインフルエンザや風邪、肺炎にかかりやすくなるが、これは年齢に関係なくタバコを吸う若い世代にとっても大きなリスクだ(*5)。また、喫煙によって呼吸器疾患が重症化し、治りにくくなるが、これは受動喫煙でも同じことが起きる(*6)。
新型コロナ感染症と喫煙の関係
ところで、新型コロナウイルスの遺伝子は、ほぼSARSウイルスの遺伝子と同じ(96%)であることがわかっている(*7)。また、新型コロナウイルスがヒトの細胞内へ侵入する方法もSARSと同じで、ヒトの細胞のACE2(アンジオテンシン変換酵素2)という酵素から侵入するようだ。
ACE2はアンジオテンシンⅡというホルモンを変換するが、この受容体の機能を抑制することで血圧上昇を抑え、血圧を下げるなどすることができる。つまり、ACE2という酵素がたくさんあれば新型コロナにかかりやすくなるということになり、ACE2の発現が活発な喫煙者はそれに該当するというわけだ(*8)。ちなみに専門家の学術団体は、降圧剤の使用により感染リスクが上がることはないとしている。
ACE2を介在させた新型コロナ感染症と喫煙の関係は、中国で猛威をふるっていたころから指摘され、その後も同じような研究が続いて出されている(*9)。また、喫煙がACE2の発現を著しく増加させ、同時にいわゆる「タバコ肺」と呼ばれるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)が新型コロナ感染症を重篤化させる独立した因子と指摘する論文もある。
さらに、喫煙から影響を受けることが示唆されてきたACE2では、特にニコチンとの関係が注目されている(*10)。加熱式タバコにも紙巻きタバコと同等のニコチンが含まれているので、この影響はアイコス(IQOS)などの加熱式タバコでも出てくるだろう。
関係はまだ確定的ではない?
だが、新型コロナ感染症と喫煙の関係についての研究論文の中には、こうした研究結果に疑問を呈するものも少なくない。
例えば、2月28日に発表された査読付き論文(*11)では、新型コロナ感染症にかかった中国人78例を対象にしているが、このうち67例は2週間後に症状が改善または安定(Improvement/Stabilization)し、11例が重篤化(Progression)したとしている。
この78例のうち、喫煙者は5例(5/78=6.4%)で、改善または安定したのは2例(2/67=3.0%)、重篤化したのは3例(3/11=27.3%)だ。この論文では、喫煙者が重篤化するオッズ比は確かに14.285倍になるが、信頼区間(CI)は1.157-25.000であり、統計的な有意性を認めるには弱いと言わざるを得ないとしている。
また、3月14日に発表された査読付き論文(*12)では、喫煙は新型コロナ感染症の重症化に関係していないのではないかという推論を出している。この論文はイタリアの研究者によるもので、中国の症例を調査した5つの論文をメタ解析によって比較評価した結果、どの論文もリスクが高くなる傾向はみられたが統計的な有意性はないとした。
この5論文の中には、権威ある医学雑誌『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』に掲載された論文もある(*13)。患者1099人(女性41.9%)を対象にした調査だが、この論文中に喫煙に言及した箇所はなく、タバコを吸ったことのない人(Never smoked)が85.4%と中国人の喫煙率の実態を反映していない点でも弱い。
こうした否定的な研究論文に共通していえるのは、新型コロナ感染症で入院したりする患者の喫煙者の割合が、実際の喫煙率を反映していないということだ(*14)。
これはなぜだろう。おそらく混乱状態の医療現場で喫煙履歴の調査が正しく行われなかったのかもしれな いし、入院した男女比がほぼ同じ(女性44.9%)ことから中国の喫煙率の大きな男女差が影響しているのかもしれない(*A)。だが、まだ確定的なことはわからず、新型コロナ感染症と喫煙の関係では統計的な解析ができるだけの情報がないということになる。
喫煙者はこの機会に禁煙を
喫煙の新型コロナ感染症への影響には、こうしたモヤモヤする状態が続いていたが、最近になっていくつか関係があることを示唆する論文が出てきた。
3月20日に発表された米国ハーバード大学などの研究グループによるシステマティックレビュー(*15)は、新型コロナ感染症と喫煙の関係について5つの論文を選んで比較評価している。
この論文の中では、前述した『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』の研究を別の角度から分析し、重篤化した患者のうち22.1%(16.9%、5.2%)が過去喫煙者を含む喫煙者だったのに比べ、重篤化しなかった患者のうち13.1%(11.8%、1.3%)が過去喫煙者を含む喫煙者だったとしている。
いずれも過去喫煙者を含む喫煙者が重篤化したり、人工呼吸器、ICU、死亡といった複合的エンドポイントが悪かったりする危険性を示している。
また、人工呼吸器、ICU、死亡者の33.1%(25.5%、7.6%)が過去喫煙者を含む喫煙者だったのに比べ、そうした措置を受けなかったり助かった患者のうち13.4%(11.8%、1.6%)が過去喫煙者を含む喫煙者だったと分析している。
そして、5つの論文を比較評価した結果、喫煙者は新型コロナ感染症で重篤化するリスクが1.4倍(RR=1.4、95%CI: 0.98-2.00)、ICUに入るリスクが約2.4倍、それぞれ高く、タバコを吸ったことのない人に比べて人工呼吸器を使うか死亡するリスクが2.4倍(RR=2.4、95%CI: 1.43-4.04)高くなるとした。
イランのシーラーズ大学の研究グループが3月24日に発表した論文(*16)は、10論文を比較評価し、メタ解析で分析している。各論文で患者の喫煙歴のデータについてバラツキがあるとしつつ、喫煙によって新型コロナ感染症からの肺炎などの合併症にかかりやすくなることが示唆されるとした。
このように次第に新型コロナ感染症と喫煙の関係が明らかになってきているが、WHO(世界保健機関)やECDC(欧州疾病予防管理センター)も喫煙が新型コロナ感染症の感染と重篤化のリスクを高めると警告している。
以上のように、新型コロナ感染症の感染と重篤化リスクだけではなく、喫煙は呼吸器をひどく痛めつける。タバコを吸うとインフルエンザや風邪、肺炎にかかりやすくなり、これは年齢に関係ないリスクだ(*17)。
どうだろう。タバコを吸っている人は、こうした機会にぜひ禁煙してみたらどうだろうか。
人によるが、タバコをやめると約8時間後に血液の中の酸素レベルは正常値に戻る。3日後には呼吸が楽になったと感じるだろう。3ヶ月から9ヶ月後には肺の機能が戻り始める。タバコ代も浮くし、タバコを買いに外出し、感染リスクを高めることもない。
下段に禁煙治療をしてくれる禁煙外来のリストを紹介する。遠隔での治療が可能な医療機関もある。
また、科学的に信頼性の高いとされるコクラン(Cochrane、編注:エビデンスに基づく質の高い医療を実現するための世界的な組織)は4月3日の更新で、新型コロナ感染症のパンデミック時に効果的な禁煙方法を紹介している。日本語のサイトなので参考にしてほしい。
・全国禁煙外来・禁煙クリニック一覧(日本禁煙学会)
*1:Yang Yang, et al., "Epidemiological and clinical features of the 2019 novel coronavirus outbreak in China." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.02.10.20021675, February, 21, 2020
*2:2019年のWHO(世界保健機関)のレポート
*3:J A. Dye, K B. Adler, "Effects of cigarette smoke on epithelial cells of the respiratory tract." Thorax, Vol.49(8), 825-834,1994
*4-1:Yan Feng, et al., "Exposure to Cigarette Smoke Inhibits the Pulmonary T-cell Response to Influenza Virus and Mycobacterium tuberculosis." Infection and Immunity, doi:10.1128/IAI.00709-10, 2011
*4-2:Feifei Qiu, et al., "Impacts of cigarette smoking on immune responsiveness: Up and down or upside down?" Oncotarget, Vol.8(1), 268-284, 2017
*5-1:Jeremy D. Kark, et al., "Cigarette Smoking as a Risk Factor for Epidemic A(H1N1) Influenza in Young Men." The New England Journal of Medicine, Vol.307, No.17, 1982
*5-2:J Pekka Nuoriti, et al., "Cigarette Smoking and Invasive Pneumococcal Disease." The New England Journal of Medicine, Vol.342, No.10, 2000
*6-1:Marc Fischer, et al., "Tobacco smoke as a risk factor for meningococcal disease." The Pediatric Infectious Disease Journal, Vol.16, Issue10, 979-983, 1997
*6-2:Saran Sridhar, et al., "Increased Risk of Mycobacterium tuberculosis Infection in Household Child Contacts Exposed to Passive Tobacco Smoke." The Pediatric Infectious Disease Journal, Vol.33, Issue12, 1303-1306, 2014
*7:Peng Zhou, et al., "A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin." nature, doi.org/10.1038/s41586-020-2012-7, 2020
*8:Yi-Han Hung, et al., "Alternative Roles of STAT3 and MAPK Signaling Pathways in the MMPs Activation and Progression of Lung Injury Induced by Cigarette Smoke Exposure in ACE2 Knockout Mice." International Journal of Biological Sciences, Vol.12(4), 454-465, 2016
*9-1:Wasim Yunus Khot, Milind Y. Nadkar, "The 2019 Novel Coronavirus Outbreak- A Global Threat." Journal of The Association of Physicians of India, Vol.68, 67-68, 2020
*9-2:Wei-jie Guan, et al., "Clinical characteristics of 2019 novel coronavirus infection in China." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.02.06.20020974, 2020
*9-3:Guoshuai Cai, "Bulk and single-cell transcriptomics identify tobacco-use disparity in lung gene expression of ACE2, the receptor of 2019-nCov." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.02.05.20020107, Feb. 28, 2020
*9-4:Guoshuai Cai, "Bulk and single-cell transcriptomics identify tobacco-use disparity in lung gene expression of ACE2, the receptor of 2019-nCov." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.02.05.20020107, Feb. 28, 2020
*9-5:Samuel James Brake, et al., "Smoking Upregulates Angiotensin-Converting Enzyme-2 Receptor: A Potential Adhesion Site for Novel Coronavirus SARS-CoV-2 (Covid-19)." Journal of Clinical Medicine, Vol.9(3), doi.org/10.3390/jcm9030841, March, 20, 2020
*9-6:Firas A. Rabi, et al., "SARS-CoV-2 and Coronavirus Disease 2019: What We Know So Far." pathogens, Vol.9, doi:10.3390/pathogens9030231, March, 20, 2020
*9-7:Wenhua Liang, et al., "Cancer patients in SARS-CoV-2 infection: a nationwide analysis in China." THE LANCET Oncology, Vol.21, Issue3, 335-337, 2020
*9-8:Yang Xia, et al., "Risk of COVID-19 for cancer patients." THE LANCET Oncology, doi.org/10.1016/S1470-2045(20)30150-9, 2020
*10:Joshua M. Oakes, et al., "Nicotine and the renin-angiotensin system." American Journal of Physiology Regulatory, Integrative and Comparative Physiology, Vol.315)5), 2018
*11:Wei Liu, et al., "Analysis of factors associated with disease outcomes in hospitalized patients with 2019 novel coronavirus disease." Chinese Medical Journal, doi: 10.1097/CM9.0000000000000775, February, 28, 2020
*12:Giuseppe Lippi, Brandon Michael Henry, "." European Journal of Internal Medicien, doi.org/10.1016/j.ejim.2020.03.014, March, 14, 2020
*13:W Guan, et al., "Clinical Characteristics of Coronavirus Disease 2019 in China." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, DOI: 10.1056/NEJMoa2002032, March, 16, 2020
*14-1:Konstantinos Farsalinos, et al., "Smoking, vaping and hospitalization for COVID-19." Qeios, doi.org/10.32388/Z69O8A.13, April, 4, 2020
*14-2:Centers for Disease Control and Prevention, "Preliminary Estimates of the Prevalence of Selected Underlying Health Conditions Among Patients with Coronavirus Disease 2019 - United States, February 12-March 28, 2020." Morbidity and Mortality Weekly Report, doi: 10.15585/mmwr.mm6913e2, March, 28, 2020
*15:Constontine I. Vardavas, Katerina Nikitara, "COVID-19 and smoking: A systematic review of the evidence." Tobacco Induced Disease, doi.org/10.18332/tid/119324, March, 20, 2020
*16:Amir Emami, et al., "Prevalence of Undelying Diseases in Hospitalized Patients with COVID-19: a Systematic Review and Meta Analysis." Archives of Academic Emergency Medicine, Vol.8(1), e35, 2020
*17-1:Jeremy D. Kark, et al., "Cigarette Smoking as a Risk Factor for Epidemic A(H1N1) Influenza in Young Men." The New England Journal of Medicine, Vol.307, No.17, 1982
*17-2:J Pekka Nuoriti, et al., "Cigarette Smoking and Invasive Pneumococcal Disease." The New England Journal of Medicine, Vol.342, No.10, 2000
*A:David Simons, et al., "Smoking and COVID-19: Rapid evidence review for th e Royal College of Physicians, London(UK)." Qeios, doi.org/10.32388/VGJCUN, Ap ril, 1, 2020
石田雅彦
いしだまさひこ:医科学修士(MMSc)自然科学から社会科学まで多様な著述活動を行う。横浜市立大学大学院医学研究科博士課程在学中。元喫煙者。サイエンス系著書に『恐竜大接近』(集英社、監修:小畠郁生)、『遺伝子・ゲノム最前線』(扶桑社、監修:和田昭允)など、人文系著書に『季節の実用語』(アカシック)、『おんな城主 井伊直虎』(アスペクト)など。