※この記事は2020年04月07日にBLOGOSで公開されたものです

[ロンドン発]新型コロナウイルスの感染者が東京で5日ごとに倍増する勢いを見せ、入院患者が感染症病床を上回り始めました。これを受け安倍政権は7日にも新型コロナウイルス対策特別措置法に基づく「緊急事態宣言」を出す方向で最終調整に入ったと報じられています。

都内では4月4日に117人、5日に143人と陽性患者が急増し、3月中旬までは倍増するのに10日間かかっていましたが、3月下旬に入って6日間、5日間と次第に増加ペースが加速。感染経路が追えないケースが東京や大阪などの大都市では7~8割にのぼっています。

幸い日本の場合、人工呼吸器を装着したり集中治療室(ICU)に入院したりする重症・重篤患者は69人にとどまります。無症状や軽症の感染者まで感染症病床に入院させているので、このペースで陽性者が増え続けると一部の都府県でベッドが足りなくなるのは時間の問題です。

「医療崩壊」を避けるには(1)発症(2)PCR検査(3)無症状・軽症者は自宅療養かホテルなど他の施設に収容(4)重症化した場合は集中治療というスムーズな流れを確立することが重要です。そのためには自治体と医療機関、自治体間の連携が欠かせません。

日本呼吸療法医学会などの緊急調査では人工呼吸器1万3437台、マスク専用人工呼吸器3630台、ECMO(人工心肺装置)1255台(いずれも2月時点の空き台数)とまだ余裕があります。日本は残された時間を有意義に使わなければなりません。

新型コロナウイルスの感染拡大を制御してきたシンガポール(感染者1309人、死者6人)でも4月3日に「サーキット・ブレーカー」という社会的距離強化策を7日から導入すると表明したばかりです。

中国・武漢発の第一波は上手くコントロールできても、ウイルスが世界中に散らばったいま、第二波を制御するのは非常に困難です。シンガポールで起業する保坂美智子氏にシンガポールの対策をうかがってみました。

シンガポールが感染拡大を制御してきたカギは

――シンガポールが新型コロナウイルスを上手く制御してきた戦略の鍵は何だと思いますか

「都市国家シンガポールは感染が拡大しやすい恐れがある中、徹底した感染ルートの追跡と情報開示、“ステイ・ホーム・ノーティス(自宅待機措置)”、社会保障政策により、よく抑えてきました。しかしシンガポールに戻ってきた海外渡航者により感染者数が再び増えました」

「入国制限をして、今回のサーキット・ブレーカーなど、段階を踏みながら適切な措置をしてきていると思います。私は、全国民・在住者に罰則をもって“命令”するシンガポール政府の方針を支持しています」

「状況が改善されなければ、現時点の措置がより厳格化されることも覚悟のうえです。猶予を与えながら段階的に強化するのは適切だと考えます」

「最新の情報によると、外国人労働者の寮がクラスターとなり、一気に感染者数が増えましたが、すぐに隔離地域に指定して対応(筆者注・海外メディアによると2万人近くの検疫を実施)しています」

「今後は全て私たち次第です。全住民が、いまはシンガポール政府に協力しようという意識が高まっていることを感じています」

――日本の対応についてシンガポールと比べて何か思われることはありますか

「法的なことを含め国や地域によって、対応策が異なるのは当然です。しかし全人類が共通の高い意識を保ち、立ち向かうことでパンデミックは終息に向かいます」

「もし仮に日本では行動変容が期待できず、感染爆発を止められないのであれば、それ相応の措置も必要だと思います。そうでなければ、世界的にパンデミックが終息した後も日本だけが取り残されることになりかねないと懸念します」

14日間以内に感染者と接触した場合、政府からアプリで通知

――シンガポール政府はどのようにIT(情報技術)を使って新型コロナウイルスに対処していますか。プライバシー保護との兼ね合いで問題はあると考えられていますか

「“トレイス・トゥゲザー”という政府のアプリがあります。私も導入された初日からインストールしていますが、ブルートゥースで常時接続することで14日間以内に感染者と接触したら通知がきます」

「私は国に守ってもらいながら、この期に及んでプライバシー保護を問題視することはナンセンスだと思っています。シンガポール在住者でインストールしていない人がいたら、すぐにインストールするべきだと思います」

――経済と感染拡大防止策のトレードオフをどのように思いますか

「仕方ないと思っています。私も自営業で日々、苦境に立たされていますが、いまできることを精一杯やるのみです」

――シンガポール政府はこのパンデミックに対する出口戦略を持っていると思いますか

「いままでの政府発表をもとにした見解ですが、重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験から、新型コロナウイルスが発生する以前より、パンデミックに対する明確な出口戦略を立て今回、状況に応じて粛々と実施していると感じています」

シンガポール在住日本人の生活はどう変わったか

――日常生活や仕事はどうですか

「常日頃から外国人を受け入れてくれるシンガポールに感謝しています。4月7日から5月4日までサーキット・ブレーカー態勢となりました。原則外出は生活必需品の買い物や近所でのエクササイズ、通院などに制限されます」

「必要不可欠な事業以外は出社禁止、学校も全面的にオンライン授業を導入、飲食店はデリバリーとテイクアウトのみで、家族や親戚でも同世帯の人以外に会うことも禁止されています(筆者注・イギリスでとられている措置よりやや緩め)」

「安全で快適な暮らしを保つための寛容な措置だと思います。もちろん、どの事業も工夫をしなくては乗り切ることができない厳しく不安定な時代です」

「私は会社や組織の枠を越えて世界各地に散らばるメンバーとチームを組み、プロジェクトに臨んでいます。もともとオンラインでの仕事をベースに、ほとんどの作業をスマホで対応してきました。その点では助かっていますが、地元密着型の事業ではやはり苦境に立たされています」

「どのような時代でも生き残れるようにリスク分散として、事業内容やクライアントの規模また進め方の異なるプロジェクトを同時進行してきたことは、この時期を乗り越えるのに大きな支えとなっています」

――パンデミックを封じ込めることは非常に難しいと思いますか

「個人的な見解ですが、そう簡単ではないと思います。私は特定疾患難病による免疫や心血管疾患があり、現在は寛解していますが健常者と比べて免疫力が弱いので常日頃、感染症対策を欠かすことはありません」

「体調不良で長期の自主隔離を経験したこともあり、今回は誰しもが同じようなリスクにさらされているのだと思います。今回も早い段階からマスクとサングラスを着用し、絶対に顔を触らないと繰り返し自分に言い聞かせてきました」

「中国での新型コロナウイルス肺炎の発生が報じられた1月中旬からは徒歩移動にし、桜まつり(筆者注・保坂氏がシンガポールで手掛ける桜観賞イベント。地元で日本の桜は爆発的な人気がある)期間中は片道14キロメートルを徒歩で日参しました」

「感染が身近になってからは、オンラインミーティングを導入しつつも、安全距離を守り、必要に応じてオフラインで打ち合わせすることもあります」

「一人ひとりが高い意識を保ち、目的を理解したうえで政府の指示に従うことができれば終息に向かうと思います。しかし感染症の恐怖を知っている私でも今回はそう簡単ではありません」

「いかに工夫して心身ともにヘルシーでタフであることを維持して乗り切るかというのは、シンガポールのみならず全人類が取り組むべき課題だと考えています」

保坂美智子(ほさか・みちこ)氏プロフィール

海外在住歴26年、5カ国7都市を経て、現在はシンガポール在住。米カリフォルニア大学バークレー校の統計学部を卒業後、ニューヨークのデロイト・コンサルティングに入社。アジアに拠点を移してからは、東証一部上場企業のグループ会社で業務執行取締役に就任。

シンガポールで永住権を取得してコンサルティング、携帯アプリ、飲食、ランドスケープなどの分野で起業。クライアントは母語を日本語としない政府関連も含めた地元企業が多く、地元密着型と国際ビジネスの双方に携わる。