※この記事は2020年04月06日にBLOGOSで公開されたものです

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、政府は7日にも緊急事態宣言を出す方向で調整していると報じられた。先月末、首都圏では外出自粛要請を受けての消費行動で、スーパーなどで保存の利く食品が店頭から消えたが、今回も同様の事態が予想される。また外食産業の多くは前年対比を50%以上下回るなど、多くの経営者が頭を抱えている状況だ。

緊急事態宣言がしばらく続くと懸念されるのが、私たちが口にする食べ物は、今後も継続的に供給されるのかということだ。

国連の食料農業機関であるFAOによれば、ロシアやウクライナなどの小麦生産国、インドやベトナムといった米の生産国が輸出制限を始め、国際相場が上昇しているという。日本はこれらの国からの輸出に依存していないためいまのところ影響はないとされているが、今後はどうなるだろうか。

本稿では、食品の中でも青果物に主要穀物、卵や肉、乳製品といった畜産物について概況をみていこう。

最初に結論を述べておくと、「夏までの間、食料は潤沢に供給されるので問題はない。ただし、中期・長期にわたりコロナの影響が続くと、見通しは不透明になる」ということである。【農と食のジャーナリスト・山本謙治】(やまけんの出張食い倒れ日記

日本人の主食、お米は十分に足りているか

3月25日、小池百合子東京都知事の緊急会見で、週末の不要不急の外出の自粛が要請された。これによって首都圏のスーパーや百貨店で米を購入する客が殺到、一時は売場に商品が並ばなくなる事態となった。この状況に対し、米を販売する米穀店の関係者は「お米は不足していないので、買い占めないで」と声を上げているが、実際のところはどうか。

日本における米の総需要は、昭和38年の1341万トンをピークに減少を続け、平成29年度には838万トンとなった。つまり年間の米消費は850万トンもあれば事足りる状態である。そして令和2年2月末現在の段階で米の民間在庫は270万トンもあり、業界からみれば「だぶついている」状態だ。

民間在庫だけで年間総需要量の1/4以上の在庫があるうえに、国として常に100万トン前後の備蓄米を保有している。しかも7月からは宮崎県や鹿児島県などから早場米が出荷される。どう考えても今年度の段階で米が不足することは考えにくいので、安心してよいだろう。

ただし、先に挙げた年間の米消費量は、パンやうどん、パスタなどの小麦製品が潤沢に出回り、消費者が米以外の主食を選択できる状況での需要量であり、小麦などの輸入が途絶しない前提である。これについては後ほど述べる。

国産と輸入で大きく事情が分かれる生鮮野菜・果物

食卓で重要な生鮮野菜はどうか。結論からいえばこれも潤沢に供給されるので、短期的には問題ない状況だ。もともと国産の野菜・果物といった青果物は、暖冬だったこともあって収穫は順調。一方で消費の方は暖冬ゆえ、鍋物などの需要が減少し、冬物野菜が売れずという状態だった。

これが2月に入ると、コロナの影響で中国産の野菜の一部品目の輸入が停まった。大きな影響が出たのは飲食店やホテル向けの業務用野菜で、皮を剥いた状態の玉ねぎなどが入ってこず、価格が前年35%程度上がるなどの混乱を招いた。ただ、こうした中国産野菜も現在は回復しているため、影響は軽微だ。

3月から4月下旬までの季節は「端境期(はざかいき)」と呼ばれ、青果物の出荷が例年、不安定になるものだ。この時期は産地が南日本から北上してくる過程にあり、気候的に不安定で収穫量も大幅に変動する。季節はずれの降雪や春雨があった影響で収穫作業ができず、3月最終週は大根が平常時の3倍となる一ケース5000円以上に値をつけもした。

とはいえこうした混乱は一過性であり、国産野菜は今後、通常モードに戻るはずである。

輸入野菜に関しては今後、注意が必要になってくる。先に中国野菜の混乱の話をしたが、これから起こるのはそれ以外の各国からの輸入不安定化である。いま最も影響を受けているのが航空便を使ってコストをかけて運んでくる高級輸入野菜だ。

初春といえばアスパラガスがシーズンで、とくにフランスやイタリアといったヨーロッパから極太のホワイトアスパラガスが輸入されるのを心待ちにしている美食家も多い。ところが、新型コロナの感染拡大が続くイタリアは、4月中のミラノ発~日本行きのアリタリア航空が全便欠航となった。このため輸入商社はフランスやドイツなどを経由して輸入するなどの策を講じているが、コスト等もかさむため、ほぼ輸入できない状況が続いている。

フランスからの便は現在のところ動いており、アスパラガスやトリュフなども輸入できる状況ではあるが、航空便を使用した食材運送は嗜好品・高級品が多いため、人の輸送よりは緊急性が低いと見なされる。このため、航空便を使用した高級食材の輸入は当面、見通しが悪い状況が続くだろう。

では世界各国の産地から船便で届く、一般的な青果物はどうか。これも、産地国の新型コロナの状況によって不透明感が増している。船便の場合はアジアであれば直近では、フィリピンで外出禁止令が発令されたことで出荷作業に遅滞が発生。多くの家庭で朝食に並ぶバナナの入荷が不確実になり、ゴールデンウィークあたりで顕著に品薄になるのではないかと言われている。それ以外の品目についても、各国で船便の荷積み作業を行う人員の確保ができず、スケジュールが大幅に乱れている状況だ。

夏場の国産野菜が高くなるかもしれない意外な理由

日本の野菜の輸入量は全体の20%前後である。端境期を過ぎて国産の野菜が順調に収穫できるようになれば、基本的には問題なく国内需要を満たすことができると思われる。しかし、品目によっては5月中旬以降、問題が出てくる野菜もある。すでに問題となっている品目で言えばレタスである。

夏場のレタスの最重要産地である長野県では、レタスの収穫を海外からの技能実習生に頼っている。ところがコロナの影響によるビザの発給遅れや航空便の欠航、渡航禁止等により、主に中国やベトナムなどアジアからの技能実習生が入国できない状況なのだ。県によれば現時点で把握できている状態で500人が不足しており、5月までに入国し事前研修を受けた状態になければ、深刻な人手不足に陥る可能性があると言われている。

もちろんレタス以外にも全国各地に技能実習生に頼っている産地が存在する。すでに入国しているなら大丈夫だが、4月3日現在、アジアの各地域から日本への入国ができない状況になっている。

「海外からの技能実習生が働けなくても、新型コロナの影響で職を失った人や無職の人達がいるから、労働力はあるではないか」と言われるかもしれない。じっさい、先の長野県や、実習生に頼っていた地域では、別産業からの人出を充当することが検討されている。しかしよく考えて欲しいのだが、そうした「国内の労働力」が進んで農作業に従事してくれる状態であればそもそも、海外の技能実習生に頼る必要などない。地方の産地で、早朝の真っ暗闇をライトで照らして行う収穫の重労働を、都市生活を満喫していた人達が、未経験から一ヶ月の準備期間で行うことができるようになるとは、到底思えない。労働者一人あたりの作業効率が低下すれば、コストが上がることは必定だ。従って、レタスなど一部品目については、この夏場の価格はある程度高値にならざるを得ないだろうという見通しが立っているが、これは許容するしかない状況である。

乳・肉・卵は短期的には問題なし、しっかり食べて欲しい

主食となる米と、ビタミンやミネラル、食物繊維などの観点から重要な青果物については上記の通りだ。次に、たんぱく質や脂質の摂取源である乳や肉、卵といった畜産物についてはどうか。

端的に言えば、畜産物の供給は短期的には問題なく、むしろ肉類などはどんどん食べて欲しい状況だ。というのもこの冬は、野菜と同じように暖冬傾向で肉類の消費が伸びず、在庫過剰気味で推移しているのだ。

とくに昨年後半より国産牛肉の消費量が顕著に落ち、コロナの影響でアジアや欧米への輸出が事実上ストップして以降、牛肉余りの状態が続いている。余剰分の牛肉は冷凍保存されるが、すでに冷凍・冷蔵倉庫が満杯の状態であり、保管コストがとんでもない金額に跳ね上がっている。

自民党内部で検討され、一般市民から大きな反感を買ってしまった“牛肉券”は結局のところ撤回されたが、店頭価格はいくぶん割安になっているはずなので、いつもなら買えない国産牛肉の消費をご家庭でも進めていただきたいところだ。

豚肉については、ここ数年でCSF(豚熱)という、人には伝染しないが豚には致命的となるウイルス由来の伝染病が国内で発生しており、その防疫をしっかりしなければ危ない状況が続いている。鶏肉や卵といった養鶏でも、鳥インフルエンザというウイルスによる伝染病の脅威が継続している(基本的に寒い時期が危険なので今後は解消されていく見込み)。

これらの家畜伝染病についてはなかなか一般市民に理解されにくい部分もあったが、今回の新型コロナの恐ろしさを目の当たりにしたことで、家畜にとっても伝染病が脅威であることがしっかりわかっていただけることだろう。ということで、現状では豚肉・鶏肉・卵については、基本的には安定的な供給が続いていると理解して欲しい。

乳製品に関しては、別種の危機を迎えている。というのも、学校給食がなくなったことで、膨大な給食向けの牛乳の行き先がなくなり、生乳が余り始めているのだ。全国の酪農家の生活を守るため、生乳の指定団体と乳業メーカーが努力して、飲用牛乳にまわるはずだった生乳を脱脂粉乳やバターにまわすことでなんとか凌ぐ状況が続いている。ぜひ、良質な栄養源である牛乳を飲んであげて欲しい。

まとめ:短期的には問題ないが長期で考えると…

以上を総合すると、どの分野においても、一般家庭で必須となる基礎的な食品の供給に関しては、現在のところは心配する必要はない。流通段階の混乱もあり、一部で供給が遅れることはあるかもしれないが、おおもとの生産・製造段階は潤沢な状況である。そのため、買い占めなどは無意味であり、迷惑になるので、控えていただきたいところだ。

繰り返し書いてきた「短期的には」というのは、夏くらいまでの見通しである。ただし、これが半年から一年以上続いていくと「どうなるかわからない」ということになる。新型コロナの研究が進み、制圧が可能になっていけば当然、食料の供給リスクもなくなるだろうが、新型コロナの蔓延が続き、長期的なサプライチェーンに影響が出てきた場合、多少の不安がみえてくる。

というのも、日本は米と青果物の生産は強いものの、米以外の穀物と、畜産物の飼料については自給率が非常に低い。畜産物でいえば日本の乳・肉・卵はすべて、海外からの輸入穀物ベースの飼料に依存しており、国内で生産される飼料はカロリーベースでたったの25%。トウモロコシや大麦、大豆油かすといった原料の75%を海外から輸入している。

先に青果物の項でみたように、輸入食材については産地の船便の流通状況によっては不安定になる可能性が否めない。つまり、日本国内の生産や流通が健全であったとしても、その元となる餌が入ってこなくなるような状況になれば、生産自体が危うくなる可能性があるのだ。

これについて穀物輸入商社や飼料メーカーにヒアリングをしたところ、多くの関係者が「短期的には問題はない」という見通しだった。

「世界の産地における飼料穀物は、現状では滞らず船積みされ、出航しています。もちろん新型コロナの影響は出ており、日本向けに飼料穀物の多くを輸出するアメリカ・カナダ・豪州などでは輸出関係業務につく職員の多くが在宅勤務を迫られています。ただ穀物は世界の人々にとっても重要な基礎食料であるため、輸出関係者は最重要なインフラ維持に従事する作業員(Essential Critical Infrastructure Workers)と区分され、エレベーターの稼働や従業員の出勤もなされています。また船舶の関係でも、そうした船員に関しては入国禁止の国でも交代が認められています。ですから、穀物類の輸入がストップするという事態は、最終的な段階まではないと思います。」(穀物輸入商社)

「現在、日本は複数の産地から飼料用の穀物を輸入しています。トウモロコシや大豆は北米中心で、生産量も安定しているのでいまのところ輸入できなくなる可能性は低いと考えています。アメリカでは穀物輸出に主要な港も二箇所に分散されているので、どちらかが健全であれば船が出ます。もし、北米がダメになったとしても、ブラジルなど南米、または南アフリカなどの産地にシフトすることが考えられます。」(飼料メーカー)

では、新型コロナの影響が長期化し、サプライチェーンに混乱が生じた場合どうなるだろうか。

「どの国も輸出産業を重視し、供給を止めることはないと思います。ただ、日本で飼料の原料となる穀物の国内在庫は、備蓄するサイロのキャパシティの関係もあって約一ヶ月分しかありません。いざ輸入がストップした場合、国産の飼料原料があるかといわれると厳しい状況です。最も生産量の多い米を飼料米に転用したとしても、日本のコメの量が850万トン。畜産の飼料穀物は2400万トンなので、全然足りません。」(飼料メーカー)

日本は耕地面積が限られていることもあり、また貿易交渉上の諸般の事情から、米以外の重要な穀物である麦類や大豆、畜産の飼料用の作物を海外に依存してきた歴史がある。これを改善し、国内の自給率を向上しようという食料安全保障論は以前から言われてきた。その一方で日本では、自由貿易体制下では食料自給率など意味がない、グローバルに食料や飼料穀物を調達するのが効率的だという議論や、万が一、食料危機が起こった場合には、外交能力を発揮することで切り抜けようという声が力を持ってきた。

新型コロナの問題は、私たちが必要とする食料の未来のあり方についても問いを投げかけているように思う。食料自給の問題については、機会があればまた述べたいと思う。