「推定死者数1万6千人」緊張続くニューヨーク、新型コロナ・パンデミック震源地のいま - 堂本かおる
※この記事は2020年04月04日にBLOGOSで公開されたものです
「ニューヨーク州では1万6千人の死者が出るだろう」
ニューヨークにおける最初の新型コロナウイルス感染者が発覚したのは3月1日だった。それからちょうど1ヶ月後の4月1日、アンドリュー・クオモ・ニューヨーク州知事は記者会見で最新の予測値を発表した。その時点で死者数はすでに約2,000人。その8倍ものニューヨーカーが新型コロナウイルスによって死ぬというのか。
同日、米国政府は全米の死者数は10万人から24万人になるであろうと発表した。
今、ニューヨークには恐怖が満ち溢れている。
感染爆発でマンハッタンに「野戦病院」
医療、警察、食料品店、薬局など必須業務と呼ばれる職種以外はすべて自宅待機となっている。多くの業種で大量解雇がなされ、失業者の数はすでに膨大になっている。
運良く解雇を免れた人たちは家庭でリモートワークを行っている。学校も閉鎖されており、親はリモートワークのかたわら、子供たちのリモートスタディを手伝わなければならない。これは予想をはるかに上回る難業で、多くの親がストレスを溜め込んでいる。
しかも、一日中家にいると、救急車のサイレンをひっきりなしに聞くこととなる。健康維持と気晴らしのための散歩やジョギングは可とされているが、外に出るとさらに大きな音でサイレンを聞く羽目になる。
感染者の爆発的な増加により、病院は患者を収容しきれなくなった。州はマンハッタンにある大型コンヴェンション・センターを1,000床の病院とした。その後、1,000室を持つ海軍の病院船もニューヨークに到着した。それでも足りず、セントラルパークにテントを張って病院とした。よもやマンハッタンに "野戦病院" が作られる日が来ようとは、一体誰が想像しただろうか。
既存の病院も戦時下の様相となっている。ある病院は外に大型の冷蔵トレイラーを停め、遺体安置所としている。そこに遺体を収容する現場を車で通りかかった市民が目撃した。その男性は動揺した声で「これが現実だ!」と訴えながら撮影し、SNSに投稿した。大量にリツイートされただけでなく、「神様、助けてください」など悲痛なコメントが書き込まれている。
Brooklyn hospital. pic.twitter.com/Ip7H3PuR1M
- NYC Scanner (@NYScanner) March 29, 2020
混み合っていたバー、学校閉鎖への躊躇 感染拡大はこうして起きた
ニューヨークがアメリカにおける新型コロナウイルスのエピセンター(震源地)となったのは、ニューヨーク特有の事情がいくつも重なったからだろう。全米最大の人口を持つ都市だが面積が狭く、人口密度が高い。住居には一戸建てが少なく、アパートメントが圧倒的に多い。移動手段としては、車社会のアメリカにおいて非常に稀な地下鉄が主体の街。つまり、他者との身体的な距離がとにかく近いのである。加えてビジネス、カルチャー、観光の都市であり、人の移動も極めて多い。
だからこそ、感染が広まり始めた初期に人の流れを一気に止めなかったことが悔やまれる。当初、飲食店は席数の半分の客しか入れてはならないとされた。レストランはこれを守ったが、バーは、バーテンダーが「客に2インチ(5cm)まで近づかないと注文が聞こえない」というほど混み合った。学校は給食のみがまともな食事である貧困層の子供を考慮し、閉鎖が遅れた。経済的な後遺症が恐ろしいことからロックダウンをためらったのだ。これらが仇となり、取り返しのつかない事態を招いたといえる。
今、市も州も「Stay home(家にいろ)」「他者と6フィート(180cm)の距離を取れ」を呪文のごとく繰り返している。両者とも "6フィート" は自身の記者会見で実践している。ロバート・デ・ニーロなどニューヨーク出身のセレブは自宅からアプリを使ってSNSに登場し、おもしろおかしく「Stay home」を訴えている。セレブもまた、自宅に引きこもっているのである。
市長はスローガンの「ステイ・ホーム、コロナ拡散抑止のために自分の分担を果たせ」をツイートし続けている。外出が必須の仕事でない限り、家ごもりこそが自分と他者、ひいてはニューヨーク全体を救うための、最大の貢献なのだ。
事態を甘く見たトランプ 対照的にニューヨーク州知事の人気は上昇
感染拡大が始まった当初、トランプ大統領のコメントは信じられないものばかりだった。「感染者15人なら2~3日でゼロになる」「ある日、奇跡のように消える」。さらに「コロナウイルス」ではなく、「チャイニーズ・ウイルス」と呼び続けた。それを記者に咎められると「中国から来たからだ」と開き直った。アジア系への差別事件があちこちで起きていることなど全く気にかけていなかった。
州知事や市長からの度重なるPPE(医療従事者のマスク、防護服など)、人工呼吸器の要請も無視し続けた。感染者のみならず、医師や看護師の死もやはり気にかけていないことは明らかだった。
トランプに心底、辟易しているニューヨーカーを救っているのが、クオモ州知事の記者会見だ。事態の経過を報告するだけでなく、「落ち込むだろうが、気持ちを健全に」など、州民への語りかけを続けている。さらに弟でCNNキャスターであるクリス・クオモとの "兄弟ゲンカ” が人気を博している。
クリスの番組にゲスト出演してコロナ禍について話しているはずが、いつの間にかケンカになってしまうのだ。ファンはそれを楽しみに観るようになった。ところがクリスが感染し、自宅の地下室に自己隔離となった。すると知事が記者会見中にネット中継でクリスを出演させ、「私の弟、愛しているよ」と語りかけた。
ニューヨーク州知事の会見のようす
緊張、フラストレーション、恐怖にさらされているニューヨーク市民には、こうした人間味が必要なのである。だが、ニューヨーカーは命がけで働く医療従事者への感謝も忘れていない。
毎日、午後7時になると "7pm clap" が行われている。そもそもはヨーロッパで始まったものだが、医療従事者への感謝を表すために、それぞれが自宅の窓から2分間、手を叩き、声をあげるのだ。お互いに隔離された人々がコミュニティ単位で一体感を得られる貴重なひと時でもある。
アメリカにおけるコロナ・パンデミックは4月の半ばが最悪のピークであり、収束は夏だともいわれている。息の長い戦いだ。だが、ニューヨーカーはユーモアと共に耐え、また元の活気あるニューヨークを作り上げると信じて疑わない。