水溜りボンドがラジオを、佐藤健がYouTubeを始めたのはなぜ? コロナショックで顕著になったテレビとWEBの逆転現象 - 放送作家の徹夜は2日まで

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※この記事は2020年04月03日にBLOGOSで公開されたものです

4月から水溜りボンドさんがYouTuber初の『オールナイトニッポン0』木曜日のパーソナリティーに就任。木曜2部はかつて明石家さんまさんが担当していた枠でもあり、歴史的な抜擢です。一方、3月20日には俳優の佐藤健さんがYouTubeチャンネルを開始。チャンネル登録者数は早くも150万人を超えました。これ、ちょっと違和感ありませんか? なんか逆になってませんか? 芸能人YouTubeレーベル日本一を目指す放送作家がこの逆転現象を考察してみます。

放送作家の谷田彰吾です! 2回目のコラムになります。 前回は『芸能人YouTube元年!ブームの最前線で闘う放送作家が嫉妬するあのチャンネルの凄さを語ります』という記事で江頭2:50さんのYouTubeチャンネルについて考察しました。

僕はテレビだけでなく、Wednesdayという自分の会社で「デジタルメディアレーベル」というサービスを立ち上げ、芸能人のYouTubeでの活動をプロデュースする仕事もしています。現在、芸人のMr.都市伝説 関暁夫、講談師の神田松之丞あらため神田伯山、元メジャーリーガーの上原浩治など、20近いチャンネルを運営中。先日、全チャンネルの合計登録者数が100万人を突破しました。僕はこのジャンルで日本一を目指して奮闘しております。

ここ最近、芸能人のYouTubeへの進出がどんどん加速していて、女優の柴咲コウさん、芸人の東野幸治さん、渡辺直美さん、AKB48の柏木由紀さん、メジャーリーガーの前田健太選手など、ビッグネームの参入が相次いでいます。そして、あくまでも噂ですが、テレビのゴールデンタイムに番組を多数抱えるあの超大物芸人がYouTubeをスタートするという話を耳にしました。

もしも本当なら、江頭2:50さんが打ち立てた芸人さんの登録者100万人突破最速記録である9日を塗り替えるかもしれません。中田敦彦さんが達成した200万人も軽く達成してしまうかもしれません。それほどの大物までYouTubeを目指すということは、もう一過性のブームではなく新しいスタンダードになっていると言えるでしょう。

そんな中、冬の大ヒットドラマ『恋はつづくよどこまでも』で“魔王”と呼ばれる超ドSなエリート医師を演じた俳優の佐藤健さんもYouTubeチャンネルを開設しました。テレビでヒットを飛ばした直後というもうこれ以上ないタイミング。しかも、初回は生配信で『恋つづ』のヒロイン・上白石萌音さんをゲストに招くという周到さ。同業者としては、うらやましすぎる完璧な立ち上げです。

超人気イケメン俳優の素に近いトークが生で楽しめるわけですから、一撃で100万人登録を達成しました。僕にとっては、また嫉妬してしまうチャンネルの誕生です(笑)

しかし、イケメン俳優として確固たる地位を築いている佐藤さんが、わざわざYouTubeを始めるのは少々不思議だと思いませんか? 柴咲さんも、東野さんも、渡辺直美さんもそうです。すでに地位も名誉もお金もある大物芸能人にとって、YouTubeにはどんなメリットがあるのでしょうか?

芸能人はYouTubeを目指し、YouTuberはレガシーメディアを目指す不思議

一方、ここ最近テレビやラジオといったレガシーメディアと呼ばれる媒体に、YouTuberが多く出演しています。その筆頭とも言えるのが、フワちゃんでしょう。

現在、チャンネル登録者数58万人。大物タレントにも超フランクに接してしまうぶっとんだキャラクターがウケて『行列のできる法律相談所』『踊る!さんま御殿!!』『ゴッドタン』など様々なバラエティ番組にひっぱりだこ。

YouTuberのテレビ出演と言えば、数年前からHIKAKINさんが出るようになりましたが、「YouTuberって何者?」「どうやって稼いでるの?」という世間の疑問に答えるべく、YouTuberの代表として出演することが多かった印象です。

役割のせいもあるのでしょうが、正直テレビでのHIKAKINさんは動画のポテンシャルを発揮していたとは言えませんでした。やはりテレビ独特のトークの文化に入ると、芸人さんなどを凌駕するのは難しいのです。

しかし、フワちゃんはもともとワタナベエンターテインメント所属の芸人さん。生粋のYouTuberとは一味違う。いわば芸人とYouTuberのハイブリッド世代が出てきたということです。テレビに脈々と受け継がれるタメ口きいちゃう系女性タレントの系譜にYouTuberという新鮮さが加わり、なおかつテレビを見ないと言われる若年層への拡散力も期待できる。だからテレビ出演が急増しているわけです。

生粋のYouTuberも次々とレガシーメディアに進出しています。チャンネル登録者数514万人の東海オンエアさんは2月に『ダウンタウンDX』に出演。チャンネル登録者数426万人の水溜りボンドさんは、『オールナイトニッポン0』のレギュラーパーソナリティーに就任しました。伝統あるオールナイトニッポンにおいてYouTuberがレギュラーを務めるのは初めて。

ちなみに、僕がとある出版社の編集者に聞いた話では、ある雑誌で水溜りボンドさんを特集したところ、歴代トップ3に入る売り上げを記録したそうです。それほどの人気と影響力があれば、今回の抜擢も納得。…ではありますが、それはラジオ局側から見たメリット。水溜りボンドさんクラスなら、毎年ウン千万どころじゃない金額を稼いでいるはずですから、ラジオというちょっと地味なメディアに進出するのは、一見メリットがわかりません。

さらに、この流れを象徴する動きがもう一つ。先月までチャンネル登録者数198万人(現在登録者数非表示)だったヴァンゆんさんは、所属していたYouTuber事務所のUUUMを辞め、なんと芸能事務所の太田プロダクションへ移籍しました。これだけの大物YouTuberが芸能事務所に移籍するケースは異例中の異例。

しかし、そのかいあって現在はテレビ番組への出演が急増しています。ここに書いたのはあくまで一例ですが、YouTuberのレガシーメディアへの進出もまた、加速しているのです。その意図はいったい何なのでしょうか?

ついに逆転したテレビとwebの広告費…でもYouTuberはピンチ!?

先日、電通が発表した『2019年 日本の広告費』によると、テレビメディア広告費は1兆8612億円。インターネット広告費は2兆1048億円と初の2兆円の大台を突破。ついに日本の広告メディアの首位が交代しました。

僕はテレビとWEBの両方で仕事をしているので、その変化を肌で感じています。テレビ番組の制作費は毎年のように削減されますが、WEB動画の仕事は1週間に9件もお誘いが来たこともあります。これは自慢話でもなんでもなく、爆発的なニーズの表れだと言えます。

では、WEBの広告費が上がっているのなら、なぜYouTuberはレガシーメディアを目指すのでしょう?

芸能人の大量参入で、YouTubeは輪をかけて激戦区と化しました。マスメディアと違いターゲットが細分化されているとは言え、視聴者の可処分時間は限られているためYouTuberにとっては死活問題になりかねません。そこで、活路を見出したのがレガシーメディアへの進出です。自分のYouTubeチャンネルの宣伝になるのはもちろんですが、彼らが目論んでいるのは「脱YouTuber」ではないでしょうか。世の中のテレビやラジオに対する信頼度は、いまだネットよりも高い。そこに出演できるだけのタレントだと示すことで、自身のブランド力を高めることができます。

そうなればテレビの冠番組やCMへの出演につながるかもしれない。レガシーメディアとしては、弱点である若年層へのリーチが期待でき、広告費のアップにつながるのでWin-Win。YouTube広告に依存せずに、新しいキャッシュポイントを見つける。それがYouTuberの課題であり、レガシーメディア進出の大きな要因だと言えるでしょう。

コロナショックで顕著になった芸能人が求めるメディアの柔軟性

では、芸能人はなぜYouTubeを目指すのでしょうか? これはテレビの広告費減少だけが理由ではありません。僕が芸能人YouTubeの最前線にいて感じるのは、彼らが「自由」を求めているということです。

レガシーメディアに育てられた彼らは限られた放送枠を奪い合ってきました。キャスティングされるためには、スタッフの指示や意図を汲んで、忠実に実行しなければなりません。本当はやりたいことじゃなくても、枠に食い込むためなら自分に嘘をついてでもやる。そうやって生き残ってきたふしがあります。

しかし、YouTubeは違います。放送枠という概念はなく、いつ、何分の動画を出してもいいのです。この自由度が浮き彫りになったのが、コロナショックでしょう。

コンサートが無観客になっても、急遽それを配信して収益につなげた例が出ました。現在休園を余儀なくされている東京ディズニーリゾートまでもが、ショーをYouTubeで配信する異例の決断。かつてはWEB活動を徹底的に避けていたジャニーズ事務所もコンサートを配信。渡辺直美さんも生配信でディナー会を開催しました。自由かつ出演者も視聴者も得をするバランス。これは放送枠やスポンサーでがんじがらめのテレビやラジオにはできないことです。

内容を自分で決めることができ、本当にやりたいことをコントロールできるメディア。僕らがタレントさんのYouTubeを立ち上げる時、御本人と打ち合わせすると、ほとんどの方が自らやりたいことを口にされます。「テレビではできないんだけど…」と前置きしながら、共通の趣味を持つ人やファンには深く刺さる企画を提案されることが多いです。それでいいし、それがいい。数年前にありましたよね、「好きなことで生きていく」。YouTubeのキャッチコピーです。コロナショックでイベントや番組への出演が激減している今、この言葉が一番刺さっているのは、もしかしたら芸能人かもしれません。

そして、芸能人がYouTubeを目指す最大の要因は、コンテンツの権利を自分のものにできるというメリットでしょう。なんでも自分で発信できてしまうSNS時代に、テレビに出ても出演料しか残りません。MCを務める番組が大ヒットしても、出演料が上がることはほとんどなく、与えられるボーナスは番組の継続。

一方、YouTubeでは、再生回数が上がれば上がるほどお金が入ってくる青天井の歩合制。「好きなことして青天井」なら、やらない理由が見つからないですよね。あくまでも自分のメディアなので、誰かに搾取されることもありません。

余談ではありますが、SNSの誕生で「権利」というものは非常に大事なものになってきました。最近、芸能人の事務所独立のニュースが相次いでますよね。SNSなど、個人で成立するビジネスが増え、マネジメントという概念そのものが難しくなっています。

とは言え、芸能人の場合、育ててきたのは事務所ですからとても複雑な問題です。これは芸能界のみならず、一般企業においてもそうでしょう。でも、将来的には、会社って何のためにあるの? じゃあ国って必要なの? という声も増えていくかもしれません。

デジタルコンテンツという選択肢を与えられた芸能人は、過渡期の真っ最中です。同時に、レガシーメディアや芸能事務所もまた、在り方を問われています。でも、大きなショックが襲ってきた時にこそ、新しいアイデアやイノベーションが生まれるかもしれません。

今回はテレビの弱点を多く書いてしまいましたが、僕は現役の放送作家としてこれからのテレビに期待しているし、おもしろくしたいと思っています。それはテレビに育ててもらった人間としての恩返しだと思っているからです。

何はともあれ、YouTuber初のオールナイトニッポンパーソナリティーの誕生、超人気俳優のYouTube進出は新時代を象徴しています。YouTubeもレガシーメディアも、どちらもおもしろくなりますよ。数あるエンターテインメントを取捨選択できる時代を、ぜひ楽しんでください。


谷田彰吾
放送作家/TVクリエイターギルドVVQ代表/Wednesday取締役
ドキュメンタリー番組『プロ野球戦⼒外通告』『バース・デイ』『情熱⼤陸』、有吉弘⾏、乃⽊坂46、池上彰などのバラエティ番組を構成。過去に『中田敦彦のYouTube大学』アドバイザー。放送作家だけでなく広告プランナーとしてもAmazon、Nikonなどを手掛ける。Wednesdayで芸能人YouTube制作レーベル「DML」を運営。TVクリエイターギルド「VVQ」代表を兼任。
https://vvq.tokyo
・https://webnesday.net
・https://note.com/showgo_wednesday