※この記事は2020年02月27日にBLOGOSで公開されたものです

楽天が3月から導入を予定している送料無料化を前に、公正取引委員会が立ち入り検査を実施し、事実上サービススタートに待ったをかけた形となりました。

楽天が導入を予定している新サービスは、楽天市場での3980円以上の買い物に対して、一律送料を無料にする、というもの。3月18日のスタートを予定しています。

最大のライバルであるAmazonは以前より、2000円以上の購入で送料無料サービスを実施。Amazonの売上伸び率は年率15%前後で推移しており、ほぼ横ばい状態が続く楽天のEC流通総額を大きく上回っているといいます。それが、楽天が今回送料無料化を決めた最大の理由です。

出店者負担での送料無料化は常識的に考えると無理がある

問題は、楽天の送料無料化は出店者負担で実施するという点です。すなわち、今後送料込料金を販売価格として表示せよ、という出店者への指示なのです。これには出店者から「送料を商品価格に上乗せすれば顧客が離れる」「送料を負担すれば赤字になる」「送料負担を一方的に押し付けている」などと、不満が続出。

反対する一部出店者が「楽天ユニオン」を結成して公取に調査依頼を提出、また大手出店者のワークマンは今回の送料無料化を受け入れられないとして2月末での楽天からの撤退を決めた、などがここまでの経緯です。

Amazonは基本直売ですから、運営者自身の負担で送料無料を実施しているわけです。しかし、楽天はあくまでECショッピングモールの”大家”であり、大家の楽天が送料を負担するならともかく、店子に有無を言わせず負担を押し付ける形で送料無料を実施させようというのですから、それは常識で考えて無理があるでしょう。公取がこの点を、「優越的地位の濫用にあたる疑義がある」として調査に乗り出したのはもっともな話に思えます。

しかし、楽天の三木谷浩史会長兼社長は、「方針は変えず、3月18日から実施する」と強気な姿勢を崩していません。この常識的に無理筋な話を力づくで通そうとするのには、なぜなのでしょう。

反対を押し切らざるを得ない裏にモバイル通信事業の頓挫

その最大の理由と思しきは、同社の本業であるECビジネスの不振です。先日発表された同社19年12月決算は、8年ぶりの赤字決算となりました。最大の赤字要因は、投資先である米ライドシェアLyftの減損1030億円の計上ではあるのですが、本業が前年度並の利益であったなら最終赤字にはならなったのです。

12月の同社決算では営業利益は前年比約3分の1になっています。これはとりもなおさず、本業EC事業の利益率低下が最大の理由です。楽天は自前の物流網を持つAmazonへの対抗策として、同じように自前物流網の整備にとりかかっています。これは投資総額2000億円にものぼる計画であり、その負担がEC事業の足を大きく引っ張っているのです。

とにかくこの出血を少しでも早く止めるために、まずは送料無料化によりEC取扱量の増加をはかりたい、という三木谷氏。一方出店者からすれば、自前物流網整備も整わない段階で店子に負担を押し付ける送料無料化など言語道断、ということになるわけですが、強引にその反対を押し切らざるを得ない裏には、さらなる大きな悩みがあるからに他ならないのです。

さらなる大きな悩みはひとつではありませんが、その最大のものは、昨年10月に鳴り物入りでスタート予定だったモバイル通信事業の一頓挫です。

基地局の設置作業が思ったようにはかどらず、電波の受信状況にも不安が生じての当面半年のサービススタート延期という憂き目に。これに関しては携帯料金改革を目論む菅官房長官はじめ、関係の政官界から相当きついお灸を据えられたと聞いています。

しかし、万全を期するために始めた5千人限定の無料通信実験サービスでも電波不良が発生しており、モバイル通信事業への投資が大幅に膨らみつつもまだまだ4月スタートは予断を許さない状況にあるのです。ちなみに12月決算段階でモバイル通信事業は、約600億円の営業赤字を計上しています。

お荷物事業になりかねない「楽天ペイ」

もうひとつ、ここに来て三木谷氏の頭を大いに悩ませているのが、QRコード決済「楽天ペイ」をとりまく環境の激変です。「楽天ペイ」は2016年10月にサービスを開始。アプリ系のLINEペイやオリガミペイが先行する市場へ、ネット系大手企業の初参入として、大量の加盟店を抱え鳴り物入りのスタートを果たします。

同じネット系大手ソフトバンクグループのPayPayの参入が2018年10月ですから、2年の先行アドバンテージもあり一時期は楽天がQRコード決済市場の主導権を握るかに見えました。

しかしPayPayは、ソフトバンクグループの資金力に物を言わせ大型キャッシュバック・キャンペーンを連発して、利用者を爆発的に増やし、あっという間に市場の主導権を奪い取ってしまったのです。

そして昨年12月、ヤフーとLINEが統合するという衝撃的なニュースが飛び込んできました。さらに今年2月、昨年サービスを開始したばかりの新参QR陣営メルペイを擁するフリマアプリのメルカリが、老舗オリガミペイを吸収統合するという報道がされ、優勝劣敗に向けQRコード決済マーケット地図が大きく動き始めたのです。

この展開で、後発に主導権を奪われ巻き返し策投入が急がれるはずの楽天ですが、これまでのところ一人蚊帳の外といった様相なのです。これもまた、本業の業績不振とモバイル通信事業のモタつきが、思い切ったビジネス展開の足を引っ張っているのは明らかです。

いつ大きな収益を生むかも見えぬまま、システム開発および利用者囲い込みコスト等が膨らみ続ける楽天ペイは、このまま市場主導権を放棄するならお荷物事業になりかねない瀬戸際にあるとも言えます。

”三重苦”を抱えた楽天に待つ茨の道

このように今や楽天を取り巻く現況は、本業ECビジネスの不振、モバイル通信事業の一頓挫、QRコード決済の出遅れ感、という”三重苦”とも言うべき状況にあるわけです。

この三重苦脱出の突破口は本業の回復にこそあり、と三木谷会長兼社長が社運をかけ挑む楽天逆転の切り札と言えるのが、ECビジネスにおける送料無料化なのです。

公取の立ち入り調査何するものぞと、背水の陣よろしく強引にサービス開始に突き進む三木谷楽天ですが、海外でも政府がプラットフォーマーの優越的地位の濫用に関して、日増しに敏感になっている現状を読み違えている懸念もあり、“三重苦”楽天の病は見かけ以上に重く、失地回復への道はかなり険しいのではないかとみています。