企業活動は福祉を達成できるのか - 赤木智弘
※この記事は2019年02月03日にBLOGOSで公開されたものです
大手コンビニチェーンのファミリーマートが「こども食堂」を実施するという。
ニュースリリースによると、この活動は「地域の子供たちと保護者が一緒に食卓を囲んでコミュニケーションをとり、地域の活性化につなげる」ということを目的にしているという。
参加料金は小学生以下の子供が 100円、保護者は400円。食事が40分にバックヤードやレジ打ち体験などのイベントが20分の約60分のプログラムとなっている。(*1)
さて、僕が引っかかったのは「こども食堂」というワードである。
「こども食堂」とは、十分に栄養バランスの整った食事を取れない子供たちを支援するために、個人やNPO団体など、多くの人々が関わって作り上げた相互支援のシステムである。
ファミリーマートがこの言葉を使用するということは、事業に福祉的な意味合いが付与されることになる。
しかしながら、確かに子供とその親に安く食事を提供することには違いないが、かといってそこに福祉的な意味合いは薄い。
ファミリーマートの実施内容は、こども食堂というよりは、どちらかといえばマクドナルドが行っている「マックアドベンチャー」(*2)などに近いものではないか。
こうした店舗と近隣の人たちを結びつける試みは、子供とその親に店舗ブランドへのイメージを良くしてもらい、お客さんとして末永く利用してもらうための手段である。
そのことが悪いわけではないが、そこに福祉的なイメージを結びつけてしまうのは安易ではないかと思う。
実際、この報道を見た人たちが「ファミマが素晴らしい福祉活動をしている」と賛美する様子が、ツイッターなどで見られる。
また「ファミマのこども食堂で救われる子供がいる」と、かなり大げさなことを言っている人もいる。
「こども食堂」という言葉を使うことで、実際のファミリーマートの活動内容とイメージされる活動内容が大きく離反していること事実に対して、僕は強い違和感を覚えた。
そしてついには「企業による福祉が実現するのは素晴らしいことだ。それを批判することは許さん!」などという人が現れてしまった。事ここに至ると、企業という存在に対する異様に素朴な信頼感が、社会を強烈に分断している事実に、恐怖しか感じないのである。
少し話を変えよう。
2016年に「子供の未来応援基金」の一周年の集いにおいて、安倍晋三総理大臣が「こども食堂」という言葉を用いたメッセージを発表して批判を浴びた。(*3)
本来、子供の衣食住や勉学の権利は国が保証するべきであるはずが、残念ながら福祉の網からこぼれ落ちてしまう人達がいる。 そうした子供たちを、個人やNPO団体がその良心をもって助けて来たのがこども食堂であるにもかかわらず、福祉の網からこぼしている側の行政の長が「こども食堂の人たちが子供たちを助けている」という現実を、さも素晴らしい日本の姿であるかのように主張することは、当然おかしいのである。
「国が守るべき子供の権利を、こども食堂のような個人の良心に支えてもらっている現状が恥ずかしい。子供を福祉の網からこぼさないように、国はもっと努力をしなければならない」これが本来あるべき、行政の長としての認識である。
企業も同じである。
かつて、社会評論家の古市憲寿氏が、牛丼を「日本型の社会福祉」と評したことがあった。(*4)
「北欧では労働規制が強く時給も高いことから外食が高い。一方で日本は誰でも安く食事を取ることができる。日本は企業サービスという形で社会福祉実現していると言える」という論旨だ。
しかし、この主張に対しては「その産業を支えているのはアルバイトの貧困層であり、かれらの待遇を悪くしているからこそ、安く牛丼を提供できるのだ」という批判がされた。
すなわち、産業そのものが格差による貧困を産みながら、それが故に安く食品を提供できることを「福祉」という言葉で取り繕うべきではないという批判である。
当時はちょうど牛丼店の深夜のワンオペや、効率の悪い新メニューによる過大な負担がオペレーションの破綻という形で可視化され、牛丼チェーンが批判されていた時期だった。
今回のファミリーマートによるこども食堂も、報じられている分だけではどのようなオペレーションで行われるのかがわからないのでなんとも言えないが、現場のオーナー店長やアルバイトの負担によって行われるのであれば、それは「牛丼福祉論」の再訪であると言える。
そもそも大企業に求められていることはなにか。
それは利益のまっとうな分配である。
利益を株主と経営者、正社員で独占するのではなく、加盟店のオーナーや末端のアルバイトにもしっかりと分配する。そのことによって社会にきちんとお金を回して経済を発展させることが大企業には求められている。
その本質をないがしろにして、格差社会を産みその上に会社を立脚させながら、子供に対しては「福祉を与えている」かのように振る舞うことは、僕には社会的責任から離反した、とても下品な行為であるように思える。
そして僕がこの件で最も重要だと考えるのは「企業にとって子供に対する福祉は非常に提供しやすい」という現実である。
マクドナルドのマックアドベンチャーなどもそうなのであるが、子供に店舗に親しんでもらうことは、一緒に来る親に対するアピールにもなるし、また体験を良い思い出とした子供が将来の消費者として店舗を利用してくれることを期待しているのである。そしてそのことには何も問題はない。
さらに言えば、今回まさに多くの人がファミリーマートを賛美しているように「子供に対する福祉」は翼賛されやすい。「満足に食べられない子供に食事を提供する」というファミリーマートだけではないこども食堂の理念そのものを批判することには誰にもできないだろう。
ところがこれを「福祉である」と福祉のオーラを纏わせた瞬間に問題が発生する。
それは「この福祉からこぼれ落ちる人たちの問題」である。
こども食堂的理念において「満足に食べられない、子供以外の人」は、どのように扱われるのだろうか?
それこそ同じ「満足に食べることができない」という文脈において同じ立場である「ホームレス」はどうなるのだろうか?
当然この疑問については「ホームレスは関係ないだろう!」という批判が上がるはずだ。「子供を支援したいと言っているのに、どうしてホームレスまで支援しないといけないのか」と。
そう確かに関係ない。支援などしたくない対象は関係ないと言って打ち捨てる事ができる。関係ないと言って打ち捨てて、それで問題ないと言える。それはこども食堂も、ファミマも同じである。
そうして「関係ない」と区切って、好ましくない対象を無視して、好ましい対象にのみ福祉を与えられるのが「民間で行われる福祉」の特権であり、同時に限界である。そのことはすべての人がハッキリと認識しなければならないはずだ。
「すべての国民には平等に扱われる」ということは学校で習うことだが、実際には平等になど扱われていない。
「食べられない子供」はかわいそうだと優しく扱われるが、「食べられないホームレス」は自己責任として見捨てられる。そしてなにより、ファミリーマートなどでバイトとして働き、貯金はできないまでもなんとか食いつなぐような就職氷河期世代もホームレスと同じように見捨てられるだろう。
個人の心情としてはそれでも仕方ないが、その心情をそのまま福祉に持ち込んでしまえば、福祉を受けられる人と受けられない人が安易に選別されることになる。それでは法の下の平等が成り立たないのである。
これまでの「こども食堂」がそれでもいいとされたのは、それが各自の小さな団体だからである。小さな団体だからこそ、目の前の問題に注力してもらえばいい。それは役割分担だ。
しかしそれは大企業にも許される視線だろうか?
「適切な分配により、企業に関わる労働者を幸福にする」「子供の支援を行う」という社会的な責任において、後者だけを取って前者をないがしろにするという姿勢は大きな企業に許されるべき姿勢だろうか?
ましてや、非正規労働を前提として成り立つ企業体であるコンビニ業界において、子供に対してのみの支援を行って、それを福祉であるかのように色づけるのは欺瞞ではないか?
そのような欺瞞を「いいことをやっているのだから文句を言うな!」と擁護することは、福祉の理念に大きく反すると、僕は考えるのである。
先に安倍晋三総理大臣の行政の長としての姿勢を批判したが、行政が福祉を個人や民間に託すことは、「望まれる人」と「望まれない人」の選別を推し進める姿勢に他ならない。
あくまでも営利企業であるコンビニエンスストアが福祉的なことをしようと思えば、そこには当然選別が挟まれる。
それを無条件で受け入れずに、疑問を呈する姿勢を保たなければ、やがて選別があったことすら忘れ去られてしまう。
だからこそ僕は「営利企業による福祉的活動は、決して福祉そのものにはなりえない」と主張するのである。
企業には福祉的なことはできても、決して「福祉」はできないのである。企業活動の網からこぼれ落ちた人たちを支えるのが最重要な「福祉」なのだから。
最後に、批判的な立場から最低限ファミリーマートにお願いしたいことがある。
それは、こども食堂的なことを行うのであれば、最低限、それを行うスタッフは本部から専門のスタッフを出し、現場のオーナーやバイトの負担をできる限り増やさないでほしいということだ。
今すぐ、アルバイトの待遇を良くしろとは言わないので、せめて非正規労働者が子供の支援を、仕事の名のもとに押し付けられるという、牛丼福祉論の実現だけは避けてほしい。
*1:「ファミマこども食堂」を全国で展開(ファミリーマート)http://www.family.co.jp/company/news_releases/2019/20190201_99.html
*2:マックアドベンチャー(McDonald's Japan)http://www.mcdonalds.co.jp/family/adventure/
*3:【子供の貧困】安倍首相のメッセージに批判殺到 現場で支援する人たちはどう思った?(ハフポスト)https://www.huffingtonpost.jp/2016/11/21/child-poverty-abe-message_n_13130660.html
*4:「ネット新時代は銀行不要」の現実味【2】 -対談:津田大介×古市憲寿×田原総一朗(プレジデントオンライン)https://president.jp/articles/-/11364?page=4