「学校の落ち度がなければ、今も息子は生きていた」 自殺した生徒の名誉回復と、遺族の知る権利を求める ~ 東京都・いじめ自殺訴訟で、原告が意見陳述 - 渋井哲也
※この記事は2019年01月21日にBLOGOSで公開されたものです
2015年9月、東京都立小山台高校1年生の男子生徒(当時16)が自殺した。母親は、男子生徒が悩みを訴えていたのに、学校側が対応を怠ったことが原因だとして、東京都を相手に約9300万円の損害賠償を求めている。この裁判の第一回口頭弁論が1月11日、東京地裁(鈴木正紀裁判長)で開かれた。この日は母親が意見陳述をし、「息子の人権と名誉の回復、遺族の知る権利を守るため、苦渋の決断として裁判をすることにしました」と述べた。都側はまだ、認否を明らかにしていない。
学校調査でも、調査委報告書でも、いじめと認められず…
訴状などによると、2015年4月、高校入学後から生徒は嫌がる呼び名で同級生から何度も呼ばれていた。また、無視などのいじめを受け、それを苦に9月27日、JR中央線の大月駅(山梨県大月市)のホームから飛び降り、電車にはねられ、死亡した。4~5月、生徒は学校のアンケートに悩みを記載し、スクールカウンセラーの相談を希望していたが、適切に対応しなかった、としている。
また、生徒の死後に行われた学校の調査では、いじめは認められなかった。しかし、遺族が生徒のスマートフォンのデータを復元したことで、いじめがあったのではないかとの疑念を持った。そのため、16年1月、都教委では「いじめ問題対策委員会」を開催し、「調査部会」の委員を指名した。そして、1年8ヶ月後の17年9月、調査部会が報告書を提出。「収集できた資料の範囲内で判断する限りにおいて、いじめがあったと判断することは極めて困難」と結論づけた。
報告書では法律上の定義ではなく、加害生徒の意図を考慮していた
調査部会はいじめを認定しない理由として、本人のメモ・遺書がない中で、心身の苦痛を感じていたのかが判断できないことを挙げていた。また、次のように、いじめ防止対策推進法のいじめの定義を、報告書では採用していないことが話題になった。
「関係性が存在する以上、今回、当該生徒が同じクラスの生徒や同じ部活動の生徒の言動から、心理的影響を受けていたことは事実である。その結果、当該生徒が、不快感や寂しさを感じたことがあったであろうことは否定しない。だが、いじめ問題に対する指導を行うに際して、学校、教職員がその端緒として活用する定義としては有用であるとしても、少なくとも、いじめ防止対策推進法に基づき重大事態の調査が行われるに当たってはこれをいじめと捉えることは広範にすぎる」
こうした解釈は、同調査部会だけではない。例えば、葛飾区のいじめ調査委でも同様な解釈が採用されている。こうした対応に遺族は納得せず、NPOの意見書などを添えて、再調査を求めた。東京都の知事部局の検証チームは、調査委の調査は不十分だったとして、再調査を決めた。提訴をしたのは、再調査の結論が出る前だ。
また、調査の過程では、調査部会の事務局をしている都教委の担当者が遺族を怒鳴る場面があり、報告書が発表された会見で、記者の質問の中で、都教委側がそれを認めている。
被告・都側は、この日の弁論までに調査委の調査報告書の本文を証拠として提出していた。鈴木裁判長は、元になる資料が他にあることを確認した上で、次回期日までに認否を含めた主張するように求めた。また、時間的猶予もあるため、原告側には、被告の書面を見た上で反論するようにと、促した。
息子の死後まで、担任が異変を母に伝えなかった
この日は、原告で、自殺した生徒の母親の意見陳述もあった。まず、母親は、生徒が小学生の頃に書いた以下の手紙を読み上げた。
「お母さんへ、今まで育ててくれてありがとう。僕ももう中学生になります。今まで以上にお母さんを楽させてあげます。お母さんは本当に大変だったと思います。それでも、笑いながら僕を育ててくれました。本当にありがとう」
そして、生徒が自殺した後の母親が混乱した中で、スマートフォンを復元したことが語られた。
「何がなんだかわかりませんでしたが、息子の携帯を見ることができ、TwitterやLINEに学校での心身の苦痛と悩みが書いてあり、驚愕しました。息子は、クラスと部活のいじめに苦しんでいました」
このように、亡くなった生徒がSNSで書いていた内容を知ったことで、いじめを受けていたことを確信したと訴えた。その上で、
「亡くなる前日に送られてきたと思われる『よし死ね』という画像が残されていました。これが引き金になって、息子は追い詰められたのです」
と述べた。
ただ、悩みがあったことを学校側は把握していたのではないかと、母親は指摘している。
「8月の夏休みが終わる前の頃から、息子は『学校に行きたくない』と言い出し、夏休み明けも、毎日、ため息をついて、暗い表情をしていました。9月7日に母が担任に電話し、『様子がおかしいが、学校でなにかないか?』と尋ねましたが、担任は『何もない』といいました。
しかし、亡くなった当日、『実は夏休み前に、息子がクラスで机を叩いて、息子が大きな声を出した』という異変を教えてくださいました。息子は中学校でも家でもそんなことをしたことがない。死の前に、母は担任に電話をしていたのに、息子の死後まで、担任は母に伝えなかったのです。
さらに担任から初めて母はこんなことを聞かされました。息子は9月だけで保健室に4回行き、早退も2回していました。また死の2日前に、息子が日誌に『疲れが取れない』と書いていました。息子の異変に気がついていたのに、母に伝えなかったのです。数々出していた、息子のSOS。異変を担任は知っていたのに、一切、母に伝えませんでした」
母親は、学校側が明確にいじめと気づいていたのかどうかはわからないが、悩みがあり、それを言動に移していたと指摘した。その前提に立ち、「落ち度がなければ、息子は今も生きていました」と訴えている。そして、「いじめがあったと判断することは極めて困難」と結論づけた調査委の報告書のもとになった基礎資料の開示を求めているが、その要望が叶っていないことにも触れた。
「教育委員会に開示請求した書類は全面黒塗り。基礎資料をいまだに遺族に見せようとしません。学校も教育委員会も調査委員会も、『学校で何があったのか知りたい』という親の知る権利を踏みにじっています。大事な息子の命を失っただけでなく、死後に、二重にも三重にも被害を受け続けています」
といい、「息子の人権と名誉の回復と、息子を失った遺族の知る権利」を求めている。
閉廷後、母親は取材に応じた。
「本当は、調査部会の報告書で(追い詰められた過程を)明らかにしてくれると思っていました。しかし、息子には心身の苦痛があったのに、いじめと認めませんでした。報告書の元になった資料の開示を求めましたが、遺族に開示されていません。親の知る権利を踏みにじっています。息子は、親孝行をしたいと言っていたので、死にたくて死んだのではありません。追い詰められた経緯を明らかにしてほしいです」
次回期日は4月26日。