日本唯一の“登場人物索引”を作る出版社に聞く書籍編集術と中高生の「読書離れ」 - BLOGOS編集部
※この記事は2018年12月28日にBLOGOSで公開されたものです
少し前に、インターネット上の読書好きの間で『星新一作品 登場人物索引』という本が話題になった。同書は、星新一の全1060 作品に登場する様々なキャラクター全員のプロフィールと作品名が一覧になった辞典だ。男や青年、エヌ氏など、同名の人物が多く登場する星新一作品であるためにユニークさが際立ったものの、この索引を手がけた「DBジャパン」はこれまでにも多くの登場人物索引を手がけてきた出版社である。
日本で唯一の登場人物索引を専門に扱う同社の三膳直美氏に、こうしたジャンルの本を扱うようになった経緯や図書館の現場における課題などを聞いた。【取材:島村優】
図書館司書の作業を助ける「登場人物索引」
-『星新一作品 登場人物索引』が話題になっていましたが、「DBジャパン」は設立以来、多数の登場人物索引を手がけています。こうした索引を手がけるようになった経緯を教えてください。
大きな理由としては、図書館の司書さんたちからのリクエストが多かったから、ということがあります。
図書館の司書さんは、利用者が探しに来た本を見つけ紹介するというレファレンス業務が大きな仕事になりますが、利用者がカウンターに来て「登場人物の名前までは出ているけど、作品の名前がわからない」というケースが多く、登場人物索引のような本のニーズがあったようです。
-確かに、例えば星新一の作品であれば「飛行機が墜落する夢ばかり見ているエヌ氏が出てくるのはなんの作品だっけ」といった疑問も、登場人物索引のような辞書があればすぐに解決できますね。
そのように役立ててもらえれば、こちらも嬉しいです。出版する本を通じて司書さんたちの業務を支えていきたいと考えていますので。
-基本的には図書館で司書の方々が使うことをメインに考えている一方で、Twitterでも言及されていましたが、一般の方も楽しみながら利用できそうです。
星新一作品が好きな読者からは「1060作品を全部読み返します」といった声も寄せられました。星新一さんの場合は、中高生から親世代まで老若男女幅広い世代に読まれてきた作家さんなので、今読んでも新しいというのがすごいですよね。
またこういう風に色々な作品が集まっていれば、何か調べたい作品があった時に他にも読んでみたい作品が見つかることが多く、中高生の読書推進につながればいいなとも思っています。
-中高生の読書推進ですか。
今、若い子たちの「読書離れ」が進んでいて、もっと本の楽しさを知ってもらおうという取り組みに力を入れています。ただ読書離れはしていても、活字離れはしてないんですよね。スマートフォンを使って毎日友達とLINEで連絡を取っているのが普通だと思うので。でも、読書はしていないんですね。
-若い子も図書館をよく利用しているのかと思っていました。
今の中高生は部活やその他のことが忙しくて、なかなか公共図書館に来られない子も多いそうです。使うとしてもテスト勉強のために自習室を使うくらい。そういう学生に本を借りてもらうためには興味を惹く本を置いておく必要がありますが、それがどんなものかわからない、といった現場の悩みも耳にします。
索引作りを通して、こうした図書館の現状を後方から支援していきたいです。
中高生から20~40代が読むラノベ
-扱う本の内容、企画はどのように立てているんですか?
基本的には図書館で必要とされているものから作っているイメージで、よく借りられているものや蔵書があるものが中心になります。例えばロマンスの作品を知りたいという人よりは児童文学作品のタイトルを知りたい人の方が多いと思うので、そうしたジャンルの本を手がけることは多いですね。
図書館でオススメしたくてもそのジャンルを詳しく知らない時に必要になる類の本なので、逆に司書さんたちの苦手なジャンルを求められることが多いですね。そういったこともあり、今はヤングアダルト(中高生)向けの「ライトノベル索引」を企画しています。
-ライトノベルが苦手な司書さんもいると。図書館でもどんな作品を入れようか悩んでいるんですね。
実際に読む中高生と司書さんたちの年齢が離れてきていることもあり、どういう本を入れたら良いのかわからないというニーズがあるんです。この本は登場人物索引ではなく物語のテーマやジャンルから作品を探すというものですね。
-なるほど。ライトノベルを例に考えると、出版する本の内容が決まったら次にどんな作業があるのでしょうか。
まずはそのジャンルの定義をするところから始まりますね。ライトノベルって何なんだろうっていう。
-今回のライトノベル索引でいうと、どこからどこまでを索引に入れることにしたのでしょうか。
まずは出版社がラノベレーベルとして発売しているところから決めていきます。ラノベをメインに扱っている外部の会社にもアドバイスをもらいながら進めて。
ただ、今すごく困っていることがあって、出版社が刊行しているライトノベルって幅広くて、中高生に向けたものばかりではなく20~40代の方をターゲットにしているいわゆる“ライト文芸”というものまであります。そうした大人の読者もいる作品だと、残虐なシーンやちょっとエッチなシーンがあるケースも多いので、これを中高生にはオススメするのはちょっと問題だな、と。それなら、どこまでの範囲は掲載できるのかを考える作業がどこまでも続きます。
-中高生向けの索引なので、そういった悩みもあると。
国としては中高生の読書を推進しようという方針があって、図書館もそれを進めていく立場なんですけど、例えばラノベを図書館に入れようというときに全部内容を読んでから選書できるわけではないんです。そのため買ってみたら、そういうシーンや内容があるのを知るということが起こりがちなんですけど、これはまずいなと。
ただ、テーマ・ジャンル索引の中に、こういうシーンがあることがわかるようにしておけば、その本を避けたり、あるいはそれを知った上で買ったりできると思うんです。こういった形で司書さんができないことまでをカバーする仕事なんです。
-掲載する書籍は全て目を通すのでしょうか?目を通すと言っても膨大な量がありますよね。
そうですね。星新一さんの場合は1060作でしたし、最近出版した『翻訳ミステリー小説登場人物索引 単行本篇 2001-2005』は1810冊の登場人物を掲載しました。
ラノベの場合であれば、出版社がラノベとしている正統派のものは目を通します。それ以外にも、ライト文芸と言ってファンタジーではなく現代物だけど、正統派文学小説ではなく少し柔らかくなっているものもあります。これらもラノベに含まれるという概念もあるので1度目を通して。
索引作りの悩みはネタバレ問題
-選書がとても難しいことがわかりました。
ただ、迷ったら少し広めに入れておけばいいかなという風にも考えています。人によってもジャンルの捉え方は違うじゃないですか。実際に見たときに、探しているものが掲載されていなかったら辞書としての役割を果たしきれないなと思うので。
-掲載する内容まで決まったら、次はどんな作業がありますか?
登場人物索引の場合は、主要人物を一人ひとり拾っていきます。ただ一冊まるごと読むとものすごい時間がかかるので、そういう時のコツもあります。
この作業では、いかにネタバレを避けて、決まった文字数の中で読者の興味を惹けるように説明するかがとても難しいです。
-ネタバレ問題があるんですか。
索引として探すためには特徴がないと探せないものの、とはいえネタバレになってもいけない、というところで苦労しています。ミステリーの登場人物索引だと、たとえ主要な人物でも「○○で死んだ」や「犯人」と書くといくら索引でもさすがにそれは…という話になるので。
-なるほど。一冊の索引を編集するのにどのくらいの時間がかかりますか?
『星新一作品 登場人物索引』では、途中で別の作業もあり約4か月かかったんですけど、最初からずっと取り組めば1~2か月くらいで作業が終わるんじゃないかと思います。
-想像していたよりも早いですね。一冊の本は何人体制で作業されるんですか?
今回の星新一さんの本は2人体制ですね。いつもは10人くらいで取り掛かることが多いです。星新一作品は話が短いので作業も早いんですけど、翻訳ミステリーなどは話が長く、上中下巻という場合もありますので。
-この索引を読んでいると同じ人物が何度も説明されることもあるんですね。
シリーズものだとそういうケースが多いですね。同じ肩書きのこともあれば、作品によってはその人物が出世して役職が変わったり、年齢が変わったり。
星新一作品だと「男」や「青年」、「エヌ氏」もとても多いですね。
-このエヌ氏の並びは見ていてとても面白かったです。
進捗がきつければ期限を延ばす
-そこまでやって、やっと校正作業に入れると。途方もない作業ですね。作業は会社に集まって行っているのでしょうか。
実際に作業を行ってくれている人たちは、皆在宅です。それぞれのペースで進められるので女性に優しい職場と言えるかもしれないですね。実際、業務委託しているスタッフは女性しかいないんですけど。
それも小さな子どもがいるお母さんが多いんですけど、索引を作るために本がどさっと家に置かれる状況になると、子どもがそれを読んで家庭内で読書が進むということがよくあります。
-家庭でも読書が進む。それは嬉しい副作用です。
やっぱり子どもたちも本が置いてあると自然に読んでくれるようになるのかなと思います。家にあるものだけだと、限られてしまっていつも同じものになってしまうので。普段読まない本も読めるのが嬉しいということもあるみたいですね。
-ただ、主婦の方ばかりだとスケジュールがきつくなってしまうこともあるのではないでしょうか。
確かに夏休みは子どもが家にいて作業ができない、といったこともありお休みする人が多いですね。でも、各自のペースに合わせて進めてもらえれば良いと考えています。
また、普段でも主婦って家庭を守る中で急な用事が多いんですよ。そういう時に無理にでも作業をしろとは言えません。他の人で代われることがあればそうするし、できなかったら発売を延ばして対応します。
-そのスケジューリングは素晴らしいですね。どの会社もそのホワイトさを見習いたいところです。
うちはメーカーなので、ある程度スケジュールを決められるというのは大きいかもしれませんね。約束してしまったものは仕方がないですが、無理をしないのが前提で、無理をするなら人を増やそうという考えです。
-リモートワークでワークライフバランスも考えられていて、素晴らしい働き方ですね。
誰もやったことのない編集作業
-索引作りの作業する中での発見や、楽しいと感じるのはどんな時ですか?
やっぱり本好きなので読んでいて楽しいです。この話こういう風になっていくんだとか。
-本が好きじゃないとできない作業。
と言っても、文字を読むのが苦痛、といったことがなければ誰であってもできるように育成します。うちの本の編集って誰も経験したことがない作業なので。
-他に類書がないですからね。
嬉しいことでいうと、一冊作るのにすごく時間がかかるので完成した時はやはり嬉しいですね。あとは実際に本を使ってくれた司書さんから「ためになった」「この本があったので、こういう本が見つけられた」と言った感想をもらうとすごく嬉しいです。
-今後やっていきたいことはありますか?
ミステリーや児童文学、時代小説でも、年代で区切って刊行していますが、まだできていないものもあるので、現状のシリーズを最新に追いつかせることはやらないといけないと思いますし、ライトノベルなど、まだ着手していない分野にも広げていきたいと思っています。また、書籍ではなくデータの形としての利活用の需要もあるので、電子図書館への提供や、オンラインデータベース化も進めていきたいです。
そうしたことを通じて、図書館の現場を支えて、読書の推進を少しでも助けられればいいなと思います。
-今日はありがとうございました。
DBジャパン