【佐藤優の眼光紙背】哀しき政治漫画家 - 佐藤優
※この記事は2009年07月24日にBLOGOSで公開されたものです
政治漫画家の小林よしのり氏が、7月22日発売の『SAPIO』(小学館)における連載漫画「ゴーマニズム宣言 北方領土「おもねり・譲歩外交の愚劣(1)」で、筆者を批判している。もっともこれは内在的論理に即した批判と言うよりも、人格的な誹謗中傷と印象操作だ。この漫画を読んで、そのレベルの低さに唖然とした。噴飯物の事実誤認のオンパレードだ。いくつかの例を示そう。
小林氏は、「1956年の日ソ共同宣言では、「平和条約交渉後の二島返還と残り二島の協議」とした。」と記す。いったい1956年の日ソ共同宣言のどこにそのような文言があるのだろうか? 日ソ共同宣言の第9項では次のように指摘されている。
「日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。
ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。」
日ソ共同宣言では、「返還」という文言ではなく、「引き渡し」という文言が用いられている。返還というと、本来、日本のものであった諸島が日本に戻されるという意味だ。これに対して、引き渡しだと、ソ連(その国際法的継承国であるロシア)のものであるが、日本に渡すという含みもでてくる。外交において、この辺のニュアンスが重要になるのだが、どうも小林氏には理解できないようだ。さらに日ソ共同宣言で、残り二島(国後島、択捉島)の協議に関する合意は得られていない。日本側としては、第9項前段の「平和条約の締結に関する交渉を継続」に国後島、択捉島の帰属に関する協議が含まれていると解釈しているが、ソ連はそれに合意しなかったというのが事実だ。事実に基づかない議論を領土問題に関して行うことは、国益を損ねる。
さらに、小林氏は「ところが90年代末から、日本国内で、「四島一括返還と言うな!」という強引な政治工作を行った者がいる。それが鈴木宗男であり、佐藤優であり、東郷和彦(元オランダ大使)だった。」と言う。不勉強にも程度がある。日本政府は、1991年10月に「四島一括返還」にこだわらなくなり、「北方四島に対する日本の主権が確認されるならば、返還の時期、態様、条件については柔軟に対応する」と方針を転換している。小林氏は、「日本側の原則は、「あくまでも四島一括返還」」と述べているが、少なくとも日本政府は1991年10月以降、そのような立場をとっていない。
小林氏は、「この北方領土外交の分析は次回に続く。佐藤優がまた編集部に圧力をかけて言論封殺を企むか? こういう場合、『ゴー宣』の言論の自由を守れるのは、読者しょくんだけだということを、お伝えしたい。」と述べている。どうぞ、何でも勝手に書けばいい。ただし、事実でない記述をもとにした印象操作、誹謗をかさねればかさねるほど小林氏は男を下げると思う。さらに小学館も、小林氏の政治漫画に対して、校閲(記述の事実関係に関するチェック)をしているのかという疑念が有識者の間で高まるだけだ。小林氏は北方領土問題というテーマをよく消化できていない。私は、そこに何かに焦っている哀しき政治漫画家の姿を見る。
ちなみに『SAPIO』には筆者も連載している。7月22日発売の号には、「択捉島「行政府非礼事件」で示されたメドベージェフの対日謀略」と題する、小林氏の政治漫画の内容と正面から対立する拙稿が掲載されている。ここで1956年の日ソ共同宣言について基本的な説明をしておいたので、目を通していただければ幸甚だ。(2009年7月23日脱稿)
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プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「外務省ハレンチ物語」、「獄中記 (岩波現代文庫)」、「インテリジェンス人生相談 [個人編]」、「インテリジェンス人生相談 [社会編]」など。