※この記事は2009年07月16日にBLOGOSで公開されたものです

小池百合子ら、自民党・公明党女性議員有志によって「「キッズ車両」設置を求める緊急要請」が金子国土交通大臣に対して行われた。(*1)
ハッキリ言えば、明らかに衆院選を睨んだ安直なパフォーマンスであり、とてもではないが、まっとうな提案とは思えない。ましてや緊急要請をするようなことでもない。
私の最寄り駅は埼京線の駅であるが、埼京線は10両編成で走っている。ホーム長の都合もあり、両数を増やすことはできない。そしてラッシュ時には1両が女性専用車両となる。
私はライターという仕事柄、ラッシュ時の車両に乗ることは極めて少ないが、駅近くの踏切待ちで、車両の様子を見ることがある。普通車両はもちろん、女性専用車両まで満杯でギュウギュウ詰めである。そこにもし「キッズ車両」などを導入し、乗れる車両が減るとすれば、果たしてどのようなことになるのだろう?
今回の緊急要請は、庶民の現状をまったく理解せず、机上の空論で行動を行う政治家たちの、みっともない姿を露呈させた。今回の緊急要請に賛同した政治家たちは、一度でいいから朝の通勤ラッシュを体験するべきである。

と、まぁここまではよくあるキッズ車両に対する反発であるが、私は彼女たちの要請の大本である「共働き世帯に対する子育て環境の提供」ということすら、論理として成立していないと考えている。
今回の要請のベースとなる考え方は、要望書によると「共働き世帯の親の多くは、地域での子育てが困難な場合、勤務先付近で運営している保育園・所、託児所等に一緒に通えればとの希望を有しています。」ということだが、「地域での子育てが困難」なのは、国や行政による福祉政策が不十分ということではないか。
保育園や託児所が足りないとか、小児科医が減っているというのは、ここ近年ずっと言われているが、その是正は国の責任だ。国が責任を果たしていないことを棚に上げて、自公という与党側の議員が何ふざけたことを言っているのか。
また、要請書の中に「勤務先での保育・託児施設整備の動き」などという文言があるが、会社による福祉は、社員にしか提供されないクローズドの福祉である。会社を辞めさせられるのと同時に、保育という福祉を失うのであれば、それは親にとっての安全安心にはとうてい結びつかない。「子供を育てる」という基本的な福祉は、国が生活者に対して分け隔てなく提供するオープンの福祉でなければならない。

国が十分な予算を投じて、保育園や託児所を整備する。診療報酬削減を見直し、健全な地域医療を守る。そのような「子供が一人でも生活できる地域環境」を整えれば、親はなにも子供を職場近くまで引っ張り出す必要はない。当然、キッズ車両など不要である。
彼女たちには「まっとうな福祉を提供できていない」という自覚がない。だからこそ、企業に福利厚生費を増大させ、鉄道事業者の混雑緩和の努力をムダにし、乗客にラッシュ時の苦痛を負担させる。そしてなにより、親に対して四六時中子供の近くにいなければならないという負担を押し付ける。という、他人にばかり努力を要求する、この政策の愚かさに気付きもしないのである。
福祉は国の責任である。責任を実直に見つめることのできない議員たちに、国を任せたくなどない。

*1:「キッズ車両」設置を求める緊急要請(KOIKE YURIKO Official Website)http://www.yuriko.or.jp/kids.shtml


プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「「当たり前」をひっぱたく」。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。バックナンバー一覧