※この記事は2009年06月05日にBLOGOSで公開されたものです

政治漫画家の小林よしのり氏のキャラクター『おぼっちゃまくん』がパチンコになったことが問題になっている。6月3日発売の『SAPIO』(小学館)で、小林氏が以下の釈明をしている。この釈明を読んで、筆者ははじめて小林氏の台所事情がわかった。

<作品は6人がかりで一日12~13時間描き続けても、一日2枚しか上がらない。だが原稿料の作画にかかる経費のことは一切考えられていないので、ものすごく安い! 毎月、累積する赤字を単行本の印税で補填するしかない! 単行本が年30万部以上売れなければ大赤字が出る。この出版不況でそれだけ売るのは、益々、困難になってきた。

わしが30年以上やってこれたのは、子供を諦めて働き、貯蓄し、ヒットが出ない時は、貯金を切り崩してピンチをしのぐようにしてきたからだ。

こんな不況の中で、一般誌に連載していない『卑怯者の島』を2~3か月、原稿料なしで描ける余裕などない。だがパチンコがヒットすればそれも可能になる。これはありがたい!>

実に正直な告白だと思う。ちなみに小林氏はこの釈明の中で、筆者についてこう言及している。
<佐藤優と鈴木宗男とその腰ぎんちゃくや金魚のフンどもが奇妙なことを言った。小林よしのりは金儲けのために描いている!>

確かに私はそのような認識をもっている。しかし、筆者はそれを「悪い」とはひとことも言っていない。筆者を含む職業作家は、誰もが「金儲け」のために仕事をしているからだ。問題は、どのような言説で金儲けをするかである。筆者は、小林氏のいくつかの言説に強い異論をもっている。そのことで筆者と小林氏の間に諍いが生じた。この点については他の媒体で詳しく論じているので、ここでは繰り返さない。この諍いの過程で、筆者は小林氏が、北方領土が千島列島に含まれるか否かという、領土問題の基本認識ができていないのではないかという疑念をもつようになった。これは些細な問題ではない。1951年のサンフランシスコ平和条約2条c項で日本は千島列島を放棄している。「北方四島は千島列島ではない」ということは、領土問題の基本中の基本だ。筆者は、現役外交官時代を含め、北方領土問題には真剣に取り組んできたつもりだ。沖縄問題、アイヌ問題についても小林氏の言説には違和感があったが、北方領土問題をめぐる小林氏の態度を見て、この人の思想に対する基本姿勢が筆者とは根本的に異なるという認識が決定的になった。

小林氏が、子供を諦めて働き、貯蓄し、ヒットが出ない時は、貯金を切り崩してピンチをしのぎ、パチンコであてて何を表現したいのだろうか? 筆者にはそれがまったく見えない。

小林氏は、<身を持ち崩すような毒もパチンコにはあるかもしれないが、それこそ自己責任だ>と自己責任論を展開する。また、小林氏は批判に対して、<ネット右翼は、商売を汚いことだと見なす社会主義的な体質がある。>、<パチンコひとつでガタガタ言っているような匿名のカスなど眼中にない!>と言い切る。ほんとうに小林氏はそう思っているのだろうか? ネットで本件について書き込みをしている人々の多くは、小林氏の愛読者で、小林氏のことを心配しているのだと思う。小林氏の釈明を読んで、何とも形容しがたい悲しみを覚えた。(2009年6月3日脱稿)


プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「外務省ハレンチ物語」、「獄中記 (岩波現代文庫)」、「インテリジェンス人生相談 [個人編]」、「インテリジェンス人生相談 [社会編]」など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。