【赤木智弘の眼光紙背】薬文化の火を消すな - 赤木智弘
※この記事は2009年02月18日にBLOGOSで公開されたものです
市販薬の通信を利用しての販売を禁止して対面販売を原則とする、6月の薬事法改正*1に対し、舛添厚生労働大臣は、議論はまだ不十分であるとして、再検討を求めた。*2私も、この薬事法改正は問題が大きく、再検討しなければならないと考えている。
通信販売が禁止されてしまうと、お年寄りなどが長年愛用してきた和漢薬を手に入れられなくなるという問題が出てくる。
特に、昔ながらの和漢薬を製造し、全国に多くの顧客を抱えている小さなメーカーにとっては死活問題であり、通販規制が即、廃業の危機につながってしまう。*3
こうした昔ながらの薬は、他に替わりがないものも多く、一度失われた伝統は容易に元に戻ることはない。
また、小さな和漢薬局なども、電話やメールなどで症状を聞いて発送をするところも多く、安定した販路を持たない薬局にとって、今回の法改正は大きな痛手となる。
しかし、小さな和漢薬局であっても、通販にウェイトを置いていない和漢薬局のブログなどをみると、今回の対面販売の原則化について、賛同しているところも多いようだ。
しかし、そうした薬局でも、近場ならともかく、遠方のお客さんに対しては、初回は対面販売を絶対としつつも、2度目3度目にはメールや電話などで体調の変化などを細かく聞いて、微調整をした薬を郵送するケースもあるという。今回の法改正ではそれも違法になる。
通信販売の禁止によって、和漢薬が手に入りにくくなることで、広い販路を持たない和漢薬局の経営が圧迫され、大手製薬メーカーの作った箱入り市販薬ばかりが流通してしまうという、「薬文化の破壊」こそが一番の問題であると、私は考えている。
しかし、この件に対する世間の理解は違うようで、多くの人は、今回の法改正が「薬のネット販売を禁止にする法改正」だと思っているようだ。
もちろん通信販売の禁止なので、その中にネット販売も含まれるのは当然なのだが、マスメディアの報道があまりに「ネット販売禁止」という言葉を使うために、「ネット」という言葉が前面に出すぎて、「若い人がネットで薬を買えなくなることの問題」であるかのように誤解されているように思う。そしてその中で「利便性(ネット)か安全(実店舗)か」などという単純な二項対立が提示されてしまう。
しかし大半のネットの問題はそうなのだけれども、ネット上で起こりうる問題というのは、現実社会で起きている問題の延長に過ぎない。
規制側が対面販売にこだわる理由は、ネットだと必要十分な説明ができないということだが、多くの消費者は薬局で説明など求めない。求めたとしてもせいぜい「風邪でノドが痛いのだが、どの風邪薬を買えばいいのか」ぐらいのことであり、そのぐらいだったらネットで「ノドに効く風邪薬」という記述を信じて買うのと、同じことである。決してネットだから説明を聞かない、説明を受ける機会もないということではないはずだ。
さらに「ネットで薬を通信販売している会社は、どうせ金儲けしか考えていないのだ」という、ステレオタイプなネット批判が加わって行き、当初の通販規制の問題は消えうせ「ネット業者 VS 実店舗」という単純な対立軸にされて、「利便と安全、どちらを取るのか」という、安全すなわち実店舗での対面販売が安全であると答えなければならないようなロジックに落とし込まれてしまっている。
結局、その対立軸の裏に、和漢薬局などの薬文化問題などは隠されてしまっている。
また、今回の法改正には、薬害被害者団体なども賛同しているようだ。確かに「薬の副作用」ということを考えて、「できるだけ気軽には買えないように歯止めをかけたい」という心情は理解できる。
しかし、「薬害スモン」の問題などは、そもそも国や製薬会社が、副作用を知りながらキノホルムを「安全な整腸剤」として広く流通させ、医者などが大量に処方していたことから広まった問題である。
国や製薬会社というレベルでそのような偽装をされてしまえば、医者と言えども認可を信じて処方するしかない。
ならば薬害被害者団体が訴えなければならないことは、ネット、薬店、医者の処方に寄らず、すべての薬に副作用がある、すなわち危険があることを訴えていくことであり、今回の「対面であれば安全」であるかのような法改正に賛同するというのは、傍目に見て理解できない部分もある。
特に今回の法改正にはコンビニなどにも販路を開いてしまう販売資格要件の緩和も含まれるだけに、余計にそう思う。
最後に。
ローマで開催されたG7で、朦朧とした状態で記者会見に出席した結果、中川昭一財務相兼金融担当相は自任を余儀なくされた。
お酒を飲んだという疑惑の真偽はともかく、風邪薬を誤った服用をしたことによって、あのような失態を晒してしまったことは確かである。
薬害問題を訴えたい団体は、文化的影響の大きい通信販売の規制に賛同するのではなく、中川のあの顔を意見広告などに利用するのはどうだろうか? イヤミではなく、風邪薬という身近な薬の副作用の恐ろしさを知らしめるには、うってつけだと思うのだけれど。
*1:医薬品通販の規制決定(薬事法.com)http://www.yakujihou.com/2009/02/post_153.html
*2:薬のネット販売「禁止」(読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20090206nt13.htm
*3:江戸時代から続く「伝承薬」薬事法改正で存亡の危機?(J-CASTニュース)http://news.livedoor.com/article/detail/4006930/
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国画像を見る」
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。