【佐藤優の眼光紙背】オバマ政権のファッショ化を警戒せよ - 佐藤優
※この記事は2008年12月26日にBLOGOSで公開されたものです
9月のリーマン・ブラザーズの破綻以降、米国経済が深刻な不況に陥っていることは間違いない。しかし、米国の国力を過小評価してはならない。米国の絶対的な力は弱くなったが、米国発の世界不況でEU(欧州連合)、ロシア、中国、ブラジルなどはもっと弱くなっている。日本でも非正規雇用者の解雇、失業問題が深刻になっているが、それでもEU、中国などと較べると現時点までに日本が受けている打撃が少ない。そのため、日本人に他の諸国と比較した場合の米国の相対的強さが見えなくなっている。米国が内向きの傾向を示す過程でオバマ新大統領が選出されたことがはらむ危険性を過小評価すべきでない。11月4日のオバマ氏の勝利演説は、イタリア・ファシズムの創始者ベニト・ムッソリーニ統帥(ドゥーチェ)を想起する。
かつて、ムッソリーニはこう述べた。
<ファシズムの基調は国家の観念だ。ファシズムにとつては、国家は絶対なものである。
そして、個人や団体といふものは相対なものである。
個人とか社会とかいふものは、国家と共に行動し得る限り、許され得るべきものなのである。
国家は現在であるばかりか、過去でもあり、就中、未来でもあるのである。
国家に対する尊敬が衰へたり或は個人なり団体なりの分離的又は集権的傾向が強くなれば、国は衰微へと驀進するより外はない。
1929年以来、経済的及び政治的発展は益々到る処で、この真理を強調するに至つた。
かくて、国家の重要性が愈々加速度的に成長するに至った。>(ベニト・ムッソリーニ[筈見一郎]『全体への闘争』霞ケ関書房、1941年、101~102頁。本稿の引用にあたって、旧漢字は新漢字にし、旧仮名づかいはそのままにした)
すべてを国家に糾合しようというのがムッソリーニ統帥の発想だ。オバマ氏の勝利演説を見てみよう。
<もしもそこらの誰かが、アメリカはあらゆることが可能な国だということまだ疑うのなら、建国の父たちの夢がこの時代にも生き続けているものだろうかとまだ言うのなら、われわれの民主主義の力にまだ疑いを挟むのなら、今夜がその答えです。
その声を出したのは、老いも若きも、金持ちも貧乏人も、民主党員も共和党員も、黒人もも白人もヒスパニックもアジア系もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も健常者も含めた、みんなです--アメリカ人みんなで世界に向かってメッセージを発したのです。われわれは単なる個人の寄せ集めだったこともなければ、赤い(共和党支持の)州と青い(民主党支持の)州の単なる寄せ集めだったこともないのいだと。われわれは今も、そしてこれから先もずっと、アメリカ合衆国なのです。>(『オバマ演説集』朝日出版社、2008年、75頁)
オバマも、米国民の間の全ての差異を包摂した、単なる個人の寄せ集めでない、アメリカ合衆国を強調することで、アメリカ国家の生き残りを図っている。問題は、権力についたオバマ氏が具体的にどのような外交政策をとるかだ。オバマ氏はパシフィスト(絶対平和主義者)ではない。ファシズムが資本主義制度の枠内で国内では格差する優しさをもつとともに、対外的には自国の国益をゴリ押しし、世界を破局に導いたことを忘れてはならない。オバマ氏の米国にもファッショ化の危険が潜んでいることを過小評価してはならない。(2008年12月25日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家と人生 寛容と多元主義が世界を変える (角川文庫)」、「国家と神とマルクス 「自由主義的保守主義者」かく語りき (角川文庫)」、「自壊する帝国 (新潮文庫)」など。
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。