※この記事は2008年12月25日にBLOGOSで公開されたものです

12月のニュースとして、イラク人の記者が、アメリカのブッシュ大統領に靴を投げつけた事件を取り上げたい。
あの事件でわたしが感心したのは、靴を投げたイラク人記者に対して、多くの人たちが賛同し、デモなどで釈放を要求したり、「娘と結婚させたい」などという人が現れたという事実である。
これが日本だとして、たとえば経団連の御手洗あたりに靴を投げつける人間がいたとしよう。じゃあ普段から経団連に文句を言っている労働団体の人たちが、「娘と結婚させよう」なんて言い出すだろうか? 十中八九ありえない。
たしかに靴を投げたことは粗暴には違いないが、それがたとえ法に反していようとも、彼らなりの正義に合致すれば、それを行った人を全力で救おうとする。私はそこに人間としての優しさを見る。
もちろん、そうした考え方を単純に正しいなどと言う気はさらさらない。そうした法によらない正義のぶつかり合いこそが、民族紛争やテロ行為の多発に繋がっていることは間違いなく、中東の混乱のもとになっている。
しかしその一方で、正義の根拠を法や社会的な立場に求め、貧しい立場の人間を「自己責任」だと弾き飛ばすような、日本のありようが正しいかといえば、そんなことはないだろう。

もう一つ12月のニュースとしては、連合が来年の春闘での闘争方針を、1%台半ばのベアを要求していくことに決めたというニュースを取り上げる。
景気が回復していたころには非正規労働者に対して寛容な態度をとっていた連合が、いざ非正規労働者が大量解雇になるというときに、非正規労働者の雇用の確保ではなく、正社員のベアを要求する。
そこにはまさに、「非正規連中の命なんかよりも、自分の金」という、己が欲望をむき出しにした、正社員労組の真の姿が映し出されている。

私は、この2つのニュースこそが、この1年の総括そのものであると考えている。
この一年というのは、ここ数年の偽りの好況が終わり、真実の不況に至る一年であった。
好況が偽りだというのは、結局のところ、バブル経済が崩壊してからもはや15年ぐらいが過ぎているのにも関わらず、いまだにこれまでの経済成長を前提としたシステムが幅を効かせてしまっている。それは本当は是正されなければならないのだが、なまじなだらかな好況が続いたがために、根本的なシステム改修が行われず、今に至ってしまった。
システムの破綻は、多くの生活が成り立たない非正規労働者を生み出したが、それらはシステムの破綻の結果としては理解されず、貧しい当人の責任であるかのように喧伝されている。
そして、そのシステムに乗る側の人間は、破綻しているシステムを必死に守ろうとしている。正社員の労組である連合のベア要求も、そうした旧来のシステムを守る行為の一つといえる。
しかし、旧来のシステムによって守られるのは、システムの内部にいる人間だけであり、多くの非正規労働者達は、システムの外に放り出されて苦労している。
そうした苦労に対して、現在の法や社会的な立場を優先にした「理性」では対応できない。
そうではなく、システムの外、たとえば人間的な「情」を持ち込んで、非正規労働者を救うべきだという社会の動きを生み出すことはできないだろうか?
だからこそ私は、靴を投げた記者に対して賛同的な活動が起きるイラクの現状がうらやましくあるのだ。

この一年は、好景気の続きとして始まったが、その後に食料品の値上げ、強烈な原油高、さらに世界的な大不況が巻き起こった。
そうした中で、これまで以上にシステムの破綻が如実に現れるようになり、人々は欲望の牙をむき出しにして、他人のことなどお構いなしに自分の生活を守ろうとしている。
私はよく「世代間対立を煽っている」とか「正規労働者と非正規労働者の対立を煽っている」などと言われるのだが、それはそうした対立が存在する現実をそのまま書いているからである。そうした対立はこの一年で、誰にも否定できない事実として、ハッキリと見える形で立ち現れた。もう、今までのように否定することはできないはずだ。

そうした意味でこの一年は、好景気がつづけば、これまでのシステムを改修せずとも、ちゃんと機能するのではないかという幻想が、完全に破壊された一年であったと、わたしは考えている。
システムを変えなければ、絶対に日本という国は生き残ることができない。
私はこの一年でそのことに気づくことができたが、果たして日本全体で、それに気づくことができたかどうか。今後の日本がこれからも先進国として世界で活躍することができるのか、それともダッチロールしたまま三流国家に落ちていくのかの分水嶺であろう。

では、よいお年を。


プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国画像を見る」

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。