※この記事は2008年11月11日にBLOGOSで公開されたものです

私は、作家の雨宮処凛さんが、社会構造的に弱い立場に置かれた人々の生きる権利、働く権利を確保するために取り組んでいるさまざまな発言、行動に共感と尊敬の気持ちを抱いている。雨宮さんは、自分の言葉をもっている優れた作家だ。『中央公論』2008年4月号に掲載された雨宮さんと筆者の対談「戦後初めて、若者が路上に放り出される時代」が文春新書編集部編『論争 若者論』(文春新書、2008年)に収録されている。特に筆者が感銘を受けたのは以下の部分だ。


<佐藤 ここで一旦、原点に戻って考えたいのですが、なぜ「格差」「貧困」はいけないと思いますか。

雨宮 格差がいけないなんて思っていません。違法操業で事業停止命令を受けた日雇い派遣大手「グッドウィル」を束ねるグッドウィル・グループの折口雅博元会長が、自家用ジェット機を買って豪邸に住んでいてもそれは個人の自由です。成功した人が豊かな生活をするのは自由だと思います。ただ、格差の最底辺に膨大な「貧困層」がいて、命すら脅かされていることに問題があるのです。彼らは食うや食わずの存在で、そちらのセーフティーネトは何もないままに放り出されている。それは、絶対的に救済しなくちゃいけないことじゃないんですか。

佐藤 基本的に同感です。そして、「貧困」という形で、ある一定層が固定するところまでいってしまうと、同じ国を生きる仲間としての同胞意識がなくなってしまう。そういう国家は崩壊すると僕は思います。その点からすると極端な格差もよくない。先ほど、「上流」は何をしているか分からない--とおっしゃっていましたが、まさに分断が起きつつあるのだと思いますね。

雨宮 「上」の人たちはいつも簡単に若者を使い捨てにしますからね。同胞意識があればこんなふうに粗末に若者を扱うことなんてできないんじゃないでしょうか。>(103~104頁)


雨宮さんの言うとおりと思う。雨宮さんは格差をなくして社会主義社会を作れと言っているのではない。絶対的貧困をなくせといっているのだ。国税庁の統計でも年収200万円以上の給与所得者が1000万人を超えている。これでは家族をもって、子供を「再生産」することができない。まさに日本資本主義体制の危機が訪れている。絶対的貧困をなくして、社会構造的に弱い立場に置かれた若年層の常態を改善することは、日本の資本主義社会の地盤を強化することになる。さらに日本社会が強化されれば、日本国家も強化される。

10月26日、渋谷から麻生太郎総理邸を「見学」しようとした雨宮さんと志を同じくする3人の青年が逮捕された。雨宮さんの御教示で逮捕の瞬間の動画も見た(http://asoudetekoiq.blog8.fc2.com/)。警察の対応はひどい。公共の安寧を乱したわけでも、交通妨害をしたわけでもない。人は誰も他者に危害を加えない範囲内で表現をする自由をもっている。それがこのような形で侵害されることは、文筆という表現で生計をたてている筆者にとっても看過できない。

強い国家は、人間の自由を尊重するものだ。このような乱暴な行為を警察が行うのは、日本国家が弱体化しているからと思う。日本の国を強くするためにも、一刻も早く3人を釈放すべきだ。人間の自由権は、他者に危害を加えない限り不可侵であるという近代国家の大原則を公務員が忘れているからこのようなことが起きるのである。(2008年10月31日脱稿)


プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス 1100)画像を見る」、「インテリジェンス人間論画像を見る」など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。