※この記事は2008年10月23日にBLOGOSで公開されたものです

10月11日、アメリカが北朝鮮をテロ支援国家のリストから外した。日本では、「アメリカにハシゴを外された」という不満が高まっているが、中東情勢の緊張を考慮するならば、アメリカの制裁解除には理屈がある。北朝鮮からイランもしくはシリアに核技術が流出すれば、これら諸国とイスラエルの間で第5次中東戦争が勃発する危険性があるからだ。それにイスラーム原理主義過激派によるテロ活動が加わり、ヨーロッパを招く第3次世界大戦を引き起こす危険性がある。アメリカとしては、その危険を除去するために、まず北朝鮮による核技術の拡散を阻止しようとしたのである。もっとも、裏返して言うならば、北朝鮮がイラン、シリアへ核技術を販売するならば、アメリカは空爆を含む北朝鮮への「外科手術」を辞さないということだ。世間一般が考えているよりもアメリカが対北朝鮮「戦争」に踏み込むハードルは低いと思う。

麻生総理は、10月14日の参議院予算委員会で、アメリカの制裁解除に対して日本は不満であると述べた。日本政府は対北朝鮮制裁を6カ月延長することにした。「拉致問題解決に誠意を示さない北朝鮮に甘い顔ができるか」という気持は筆者も同じだ。しかし、制裁延長で具体的に日本が何を獲得できるかについての青写真があるのだろうか。

筆者は、対北朝鮮制裁には効果がなかったという論には与しない、対北朝鮮制裁には確かに効果があった。それだから、北朝鮮が日本政府をあれだけ口汚く罵るのである。しかし、日本の制裁の力は、金正日体制を崩壊させることはもとより、拉致問題で追加的措置をとることを北朝鮮側に強いるほどの効果はなかった。

ここで制裁を解除して、日朝間の人的往来を活発にする中で、北朝鮮の内側に工作をかけることを考えるべきだ。北朝鮮は外貨が喉から手が出るほど欲しいので、日本からの観光客やビジネスパーソンの訪朝を歓迎する。その中で、拉致問題や北朝鮮の人権問題に取り組むNPOやNGOの民間有志が紛れ込んで、情報収集や人脈構築に従事する。国外追放になったり、逮捕、起訴される人もでてくるだろう。そのときは日本外務省が自国民保護の観点から頑張るのだ。

ソ連時代、アメリカ、ドイツ、イギリス、北欧諸国の人権活動家が、観光客、ビジネスパーソンを装って、モスクワやレニングラード(現サンクトペテルブルグ)の反体制活動家の文書を持ち出したり、支援を行った。当然、KGB(ソ連国家保安委員会)に摘発され、国外追放にされたり、逮捕、起訴される者もでた。しかし、このような人権活動家による民間インテリジェンス工作は続いた。そして、この工作が共産全体主義体制対するボディーブローになり、ソ連は崩壊した。この手法は北朝鮮に対しても応用できると思う。そのためには制裁を解除し、多くの日本人が北朝鮮に渡ることができる仕組みを作らなくてはならない。制裁を解除することで、金正日体制に打撃を与える方策を組み立てることは可能だ。(2008年10月22日脱稿)

プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス 1100)画像を見る」、「インテリジェンス人間論画像を見る」など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。