【赤木智弘の眼光紙背】脊髄反射で不安がるべきではない - 赤木智弘
※この記事は2008年10月02日にBLOGOSで公開されたものです
今年6月、2ちゃんねるに「明日午前11時に丹後小学校で小女子を焼き殺す」というスレッドを立てて「おいしくいただいちゃいます」などと書き込んだ男の判決公判が9月29日にさいたま地裁で行われ、懲役1年6ヶ月、保護観察付き執行猶予3年が言い渡された。(*1)男はスレッドを立ててから35分後に「もうやめて ほんとゴメン 通報とかしないで」と弁解をし。そこから3分後に小女子がイカナゴの別名であるという説明をコピペしている。
さらにその6分ほど後には「ごめんなさい こんなことになるとは思わなかった 実際にやるつもりは無いです」と犯行の意思を否定している。
しかし、その時点ですでに、ネット上の犯行予告を収集、通報するサイト「予告.in」や、該当スレッドを見ていた人による警察への通報が行われており、男の弁解は省みられることは無かった。
この事件に対する最もシンプルな世論は「犯行予告を書く方がバカだし、学校や親の気持ちを思えば、イタズラで済ますことはできない」といったところである。
また、「たかだかイタズラの書込みに対して、通報するのは過剰反応では?」という人に向けては、「イタズラだとは限らない。こうしたイタズラを取り締まることが、犯罪抑止に繋がる」という反論がなされる。
だが、そうした世論は、本当に正しいのだろうか?
そもそも、この「明日午前11時に丹後小学校で小女子を焼き殺す」という文字列を、犯行予告にしたて上げたのは誰なのか。
これがもし犯行予告であれば、その予告は犯行を行う相手に届けられなければならない。
それを警察に届けたのは善意の通報者だし、警察はそれを小学校に届けたのである。掲示板上につぶやかれた文字列は、通報者と警察の手によって犯罪予告に変化した。
もし誰も通報しなければ、通報されたとしても、もし警察がこれを「ただの落書き」程度に認知していれば、この文字列は犯行予告にならなかったのである。
そして、学校もまた、子供の安全を守るためにと称し、集団下校を行った。
検察側はこれにより学校側の業務が滞ったとして「威力業務妨害」であると判断したようだが、これも文字列が犯行予告に仕立て上げられたことによって起きてしまった過剰反応であって、もともとの文字列が持つ文脈からは、完全に離れてしまっている。
結果として、この一連のドタバタ劇は、ネットの向こう側で愚にも付かない書込みをしただけの人間を、狡猾な犯罪者に仕立てただけのことになってしまった。
はたして、そんなことに、一体なんの意味があったのだろうか?
万が一に備えるのはいいが、そこにまっとうな分析がなければ、それはただの脊髄反射でしかない。
不安の脊髄反射は、際限なく私たちを襲い、不審と疑念の社会を産み出すだけである。
*1:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080929-00000516-san-soci
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国画像を見る」
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。