※この記事は2008年09月04日にBLOGOSで公開されたものです

厚生労働省が、家がなく、ネットカフェでの宿泊や野宿などをしている、いわゆる「ネットカフェ難民」の就労支援として、公共職業訓練の受講を条件に、訓練中の住居・生活費として月15万の融資をする制度を始める方針を固めたそうだ。(*1)

政策としては、場当たり的な印象は否めない。
ネットカフェ難民にとって絶対に最低限必要なのは、月15万程度のわずかなお金ではなく、まずは安定して住むことのできる部屋である。
部屋を借りるということは、単純に家賃を払えばいいということだけではなく、敷金礼金、そして保証人などが必要になってくる。また安定的な職業についてなければ、借りられる部屋も限られてくる。ましてや、住所不定であればなおさらである。
まずは住所を確定させ、安心して暮せる寝床を作る。その為に家賃の負担は当然として、国が保証人になるなどの、お金以外の部分での支援が絶対に必要なのである。職業訓練や、仕事探しはその後でいいだろう。
さらには当然、企業の側に対して、安直な新卒採用をやめさせ、これまで散々苦労をかけたネットカフェ難民や非正規労働者に向けて、門戸を開くように指導していくことも、必要である。政府や経営者の努力もなしに、いくらネットカフェ難民が努力をしたところで、「スキルを持ったネットカフェ難民」が増えるだけのことだ。

また、幸運にも普通に働けている人たちの無理解も厄介だ。
「月15万なんて、マジメに働いている俺の手取と同じじゃないか。これまでマジメに働かなかったネットカフェ難民と同じなんてとんでもない!」と憤る人もいるのが現実だろう。
しかし、仮に収入が一時的に同じ「月15万」になったとしても、履歴書に正々堂々と書ける経歴があることや、正社員であることで得られる社会的信用。そして、住む場所があるということ。そしてなにより重要なのは、「正社員というスキルを持つことにより、今後の成長可能性を維持している」ということだ。
つまり、会社の中で努力して出世をする可能性もあれば、今後景気が回復して、会社の業績がよくなったときに、今は薄給であっても、給料が伸びる可能性もある。それはネットカフェ難民がいくら望んでも得ることができないものである。
とはいえ、正社員の成長可能性とやらも、かつての終身雇用、年功序列の時代ほどには絶対ではない。正社員であっても同じように成長可能性がないのであれば、彼らのいらだちも理解はできる。だが、そのいらだちをぶつける相手は、弱いネットカフェ難民ではなく、成長可能性を生み出すことのできない、政府や経営者であるはずだ。
ネットカフェ難民がいくら努力をしても、スキルを持ったネットカフェ難民が増えるだけであるとのと同じように、貧しい正社員がいくら努力しても、政府や経営者がまっとうな努力をしない限り、貧しくとも努力をしている正社員が増えるだけである。

ネットカフェ難民を救う為に、いや、薄給の正社員を救うことも含めて重要なことは、「努力しても成長可能性のない貧困」を無くして「今は貧困でも成長する可能性がある貧困」状況を生み出すこと。そしてそこから努力すれば、ちゃんと安定にいたるような仕組みを構築することである。そのためにこそ私は、政府や経営者側にこそ努力を求める。
経済格差に対する処置を考えるならば、ネットカフェ難民という個別事例に対する場当たり的な解決ではなく、労働体系全体を見据えた処方箋こそ必要なのである。

*1:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080826-00000081-jij-pol


赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国画像を見る」

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。