※この記事は2008年07月22日にBLOGOSで公開されたものです

領土は国家を形成する基本である。自国の領土を確保できない国家は、一人前の主権国家とはいえない。

わが国は、ロシアによって北方領土を、韓国によって竹島を不法占拠された状態にある。この二つの領土を取り戻さなくては、日本は一人前の主権国家とはいえないのである。従って、この二つが日本の抱える領土問題である。ちなみに尖閣諸島をめぐる領土問題は存在しない。尖閣諸島は、歴史的、国際法的にも日本の領土であり、かつ日本が実効支配しているからだ。

領土係争をめぐる交渉には、「ゲームのルール」がある。領土を実効支配している側が、領土問題の存在を認めることは、当該領土を要求する側に譲歩することなのである。尖閣諸島の帰属に関して、日本が中国に対して譲歩する理由はいささかもないとして、中国の領土要求を直ちに却下することが日本の国益に適うのである。

7月14日、 文部科学省は、中学校の学習指導要領解説に、<我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなどにも触れ、北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせることも必要である>と記した。主権国家である日本が、義務教育の課程で児童、生徒に竹島が日本領であることを周知徹底させつことは国家としての責務である。これに対して、韓国は駐日大使を一時帰国させた。外交の世界で大使を一時帰国させるというのは、きわめて強い不満の表明だ。

教育は各国の内政事項である。竹島(韓国名”独島”)が韓国領であるとの教育を幼稚園から行っている。それに対して日本は外交的にクレームをつけたり、大使を一時帰国させるというような、問題を煽るような行動はとっていない。内政事項には干渉しないが、外交交渉では、きちんと議論しようという「大人の態度」を日本はしている。

東西冷戦時代、北方領土問題と比較して、竹島問題を日本政府は強調しなかった。共産主義の脅威に日本の韓国も直面する同陣営に属し、日韓の間に亀裂が入ることは、北朝鮮、中国、ソ連などの共産主義陣営を利するからだ。

しかし、冷戦は終わった。もはや共産主義の脅威は存在しない。韓国の国力も北朝鮮と比較できないほど強くなった。日本も韓国の国民感情は尊重する。しかし、竹島に対する日本の正当な主張を、感情的なナショナリズムの嵐によって打ち消そうとする韓国の姿勢を看過してはならない。愛国心において、日本人が韓国人に負けることはない。ただ、われわれ日本人の愛国心は、静かな表現をとっているから、目立たないだけである。

日本外務省もようやく重い腰をあげて、史上初めて、竹島問題に関する小冊子を発行した。『竹島問題を理解するための10のポイント』と題されたこの小冊子には、<韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠であり、韓国がこのような不法占拠に基づいて竹島に対して行ういかなる措置も法的な正当性を有するものではありません。このような行為は、竹島の領有権をめぐる我が国の立場に照らして決して容認できるものではなく、竹島をめぐり韓国側が何らかの措置等を行うたびに厳重な抗議を重ねるとともに、その撤回を求めてきています>と日本政府の立場を毅然と主張している。この基本方針を貫いて、竹島問題を外交のテーブルに載せることが重要だ。

しかし、日本政府の姿勢はどうも腰が引けているのである。7月14日の記者会見で町村信孝官房長官は<日韓関係がぎくしゃくすると、新時代に向けた積極的な動きが頓挫するだけでなく、6者協議や拉致問題の解決にも悪影響を及ぼしかねない>(7月14日asahi.com)と述べているが、筆者には異論がある。

北朝鮮による日本人拉致問題は、日本人の人権が侵害されるとともに日本国家の主権(国権)が毀損された事案である。竹島問題の本質も、韓国の不法占拠により日本国家の国権が毀損され、過去の発砲によって韓国によって日本人漁民の人権が毀損された事案である。竹島の写真を見ると、山が削られ、ヘリポートや軍事施設が作られている。筆者はこの姿を見ると、わが身が削られているような痛みを感じる。竹島を人間にたとえるならば、竹島は韓国によって「拉致」されているのである。「拉致」された日本領土、竹島を取り戻すのは日本の国を愛するすべての者の責務と思う。

国家主権は自国によってしか守ることができない。2003年、米国の対イラク戦争に協力する理由として日本政府は、北朝鮮による日本人拉致問題の解決に同盟国である米国の協力を得ることが不可欠だという理由をあげた。しかし、来る8月11日には米国はテロ支援国リストから北朝鮮を外すことになる。日本の唯一の軍事同盟国である米国ですらこのような調子なのに、拉致問題解決に韓国の協力を期待するのは、外交的に軽率だ。

国家の原理原則である領土問題について、毅然たる態度をとることで「日本は国家主権に関する問題では絶対に譲らない」という確固たる国家意志を示すことこそが、北朝鮮に対する外交メッセージとしても効果的と筆者は考える。(2008年7月21日脱稿)

プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス 1100)画像を見る」、「インテリジェンス人間論画像を見る」など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。