※この記事は2008年07月17日にBLOGOSで公開されたものです

去る7月11日。かねてから発売が待たれていたiPhoneが発売された。
ソフトバンクの店頭に多くの人が並ぶ様子は、ニュースなどで大きく報じられ、一種のお祭り騒ぎのようになっていた。
しかし、私としてはどうしてiPhoneがこれほどまでに注目されるのかが分からない。そもそもiPhoneで騒いでいる人たちのうち、どれだけの人がiPhoneの思想や基本的な使い方を理解しているのだろうか?

iPhoneのアプリケーションは、そのほとんどがWebとの連携を前提としている。特にメール機能については、これまでの携帯のように携帯電話のメールアドレスを利用するというよりも、IMAPやPOP、そしてWebメールなどの既存のメールアドレスを使うことを前提にしている。
その場合のメールの使い方は、友達と即レスを返しあうようなメール利用ではなく、パソコン利用者にとってあたりまえの、一日に数回メールチェックをして読むという使い方になる。
また、Web利用についても、いわゆるケータイサイトは利用できず、PC用のサイトを利用することになる。音楽の購入も着うたフルではなく、iTunes storeでの購入になる。
それはパソコンではごく当たり前の利用であっても、携帯電話として考えると、それまでの携帯電話と全くことなる使い方である。

日本の携帯電話は、電話にメール、携帯サイトの閲覧や着うた。そしてワンセグにおサイフケータイと多種多様な機能をもっている。それは確かに便利なのだろうが、一方でそれは携帯独自の世界でしかない。
あくまでも携帯のデータは携帯のデータ。パソコンのデータはパソコンのデータであり、そのデータは基本的には同期していないし、同期させようとすればさまざまな煩雑な設定という手間がかかる。
ならば、そうしたデータについては、そもそもパソコンと携帯で同じものを使い回せばいい。それがiPhoneの基本的な思想である。

iPodを思い浮かべてもらいたい。iPodの先進性は、決して液晶とホイールを付けたハードディスクプレイヤーというガジェットの部分にあるわけではない。
パソコンの中に入っている音楽データとiPodの音楽データを同期させてパソコン上で管理。送る音楽データを選択しiPodで再生するというシステムそのものにある。
その結果私たちは、CDという決まった12曲ぐらいの曲が入った円盤を持ち出すこともなく、またその日1日の気分をあらかじめ予測した曲を集めたカセットやMDを持ち歩くこともなくなった。
そのかわりに、適当に突っ込んでおいた何百、何千のお気に入りの曲のなかから、その場の気分で自由に音楽を再生できるようになった。
iPhoneの思想はそれを個人情報などに拡大したもので、音楽データと同じように、パソコンと同じデータを常に持ち歩き、それらにいつでもアクセスすることができる。つまりデータに対するシームレスなシンクロこそが、iPhoneの基本的な思想であると私は受け取っている。
実際、iPhoneの世界展開に合わせて、Apple社は「MobileMe」(*3)というサービスを提供する準備を始めており、これを利用することで、複数のパソコンはiPod touch、そしてiPhoneのデータを相互同期できるようになる。いわばiPhoneはMobileMeのクライアントであると言ってしまっていいだろう。

と書いたところで、そのことの意味が理解できない人は、かなり多いはずだ。
パソコンとデータなんか同期しなくても、普通に携帯電話を使って満足している人が、日本人では大半でしょう。それは理解できないからダメだとか、先進的ではないという話ではなくて、そもそも携帯電話に求めるものが違うとしか言いようがない。
だから、私としては日本でここまでiPhoneが騒がれることに違和感を覚えている。
日本の携帯電話は日本で便利なようにできているし、日本の携帯のメインストリームは全部入り携帯なのだから、普通に携帯を使いたいのであれば、iPhoneは選択肢に入らないはずだ。
それがなぜか「カッコイイ携帯電話」ぐらいに喧伝され、日本の携帯文化と異なる使い方や考え方が理解されないまま販売されれば、その結果がどうなるかは目に見えている。多分、勘違いした人たちが欠陥商品であるかのように騒ぎ立て、iPhoneの人気は急落するだろう。

とはいえ、ウォークマンからiPodの時代へ変化したのが必然であったように、パソコンと携帯デバイス間のシームレスなデータ同期という流れは時代の必然であり、iPhoneという商品が一時的に評判を落とすことはあっても、流れとしてはデータのあるべき場所は携帯のメモリ上ではなく、パソコンの中やオンラインストレージの中ということになっていくことは間違いない。その牽引役がiPhoneかどうかは分からないけれど。


*1:http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20080701/1016236/
*2:余談だが、最初の数ヶ月は徹底的にサービスを使ってみて、徐々に必要なサービスだけに絞り込むやり方をしているので、現状だとちょっと高くついている。
*3:http://www.apple.com/jp/mobileme/


赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国画像を見る」

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。