※この記事は2008年06月23日にBLOGOSで公開されたものです

秋葉原無差別殺傷事件について、国がやらなくてはならないことは3つある。

第一は、今回の事件の捜査と裁判だ。被疑者には、自らが起こした責任を自覚してもらい、法の裁きによって、相応の刑事責任をとってもらわなくてはならない。

第二は、被害者、御遺族に対するケアである。見舞金についても、経理をきちんと行う公的団体を窓口にして、広く国民に呼びかけるシステムができるように、国が支援すべきである。また、物質面のみならず、精神面、心理面ケアについても、国が態勢をとるべきだ。国家と社会が協力して、犯罪被害者を総合的に支援できるシステムをこの機会に行うべきである。国家の基本的機能は国民の安全を確保することだ。秋葉原無差別殺人事件をめぐって、衆参両院の法務委員会、予算委員会、決算行政監視委員会が閉会中審理を行なう必要があると思う。

第三に、インテリジェンスの観点から、この事件の調査、分析を行うことである。警察、検察の捜査は、被疑者の刑事責任を追及することを目的に行われる。そうなると、被疑者の家庭におけるしつけ、学校における教育、職場環境、世界観、人生観などについての調査は、犯行の情状という側面からしか解明されない。報道された内容からだけでも、被疑者が独自の内在的論理をもっていることは明からだ。心理学、精神医療、犯罪史、文化人類学、社会学、労務管理論、経済学、思想史などの一級の専門家が特命インテリジェンス・チームを作り、刑事責任を追及する犯罪捜査とは別の角度から、被疑者の内在的論理を分析するのである。

これは、被疑者を甘やかすこととは異なる。インテリジェンス機関は、テロ活動が起きると、テトリストの内在的論理を徹底的に研究する。そして、テロリストになる個人の資質と、社会環境の要因を区別して、分析を行う。テロリストになる性向がある者でも、社会環境が整っていれば、テロ行為を行なわない。逆に、社会環境が劣悪であっても、テロリストになる性向がない者は、テロ行為に走らない。人間の性向を変化させることは難しい。そうなると、テロリストになる性向がある者でも、テロへの踏み越えがなくなるように社会環境を整えることが重要になる。例えば、極端な考え方をもつ人々の主張であっても、集会や新聞・雑誌で発表できる回路があれば、政治的主張を行うことを目的とするテロを押さえることができる。

以下は、筆者がイスラエルの自爆テロ対策専門家から聞いた話である。<パレスチナの自爆テロリストの事例について調査した結果、かかるテロを行わせる組織が、経済的に恵まれていない教育水準が比較的高い青年を狙うことがわかった。裏返して言うならば、失業、低賃金労働などの社会問題を解決し、青年たちが、現在のパレスチナ社会で生きていくことに執着するようになれば、テロは減る。イスラエルはそのような観点から、社会問題を解決するためにパレスチナに援助を与えてる。

もちろん、秋葉原無差別殺傷事件は、政治テロ事件ではない。しかし、被疑者の一人よがりな思い込みが引き起こした「思想事件」でもある。この「思想」の内在的論理を解明し、今後、類似の事件が起きることを予防する方策について検討することだ。国民が自国の路上を安心して歩くことができる環境を保障することも、国の重要な機能だ。事件が社会に与えている深刻さに鑑み、福田康夫内閣総理大臣が直轄する一級の専門家により構成される特命インテリジェンス・チームを内閣府に設置することを提案する。(2008年6月21日脱稿)


プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス 1100)画像を見る」、「インテリジェンス人間論画像を見る」など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。