ミラン、11季ぶりVが目前。火の車の財政状態からどうして復活できたのか
かつて、ミランは世界で最もタイトル数の多いクラブと言われていた。80年代の終わりから90年代にかけて、国内だけでなく、ヨーロッパでも世界でも絶対的な強さを見せていた。しかしその後少しずつ表舞台から消えていく。ミランが最後にリーグ優勝したのは2010−2011のこと。以来、10年以上スクデット(優勝)から遠のいている。
昨シーズンは、9年間にわたりイタリアサッカー界を支配していたユベントス王朝が崩壊した。その後を継ぐのはインテルなのか、それともミランか、数カ月前からイタリアではこの話でもちきりである。昨シーズンはインテルが優勝、ミランが2位だった。では今季は?
ミランのステファノ・ピオリ監督は数週間前からこう繰り返している。
「今、ミランがこのポジションにあるのは、我々が優秀であったからに他ならない。しかし、勝者になるにはあと一段、階段を上る必要がある。ここで失敗すれば今までの努力は水の泡だ」
ホーム最終戦でアタランタに勝利し、選手と抱き合うステファノ・ピオリ監督 photo by Reuters/AFLO
だが、今シーズンがどんな結果に終わろうと、彼が監督に就任してからの2年半、ミランがしてきたことは決して無駄にはならない。なぜならミランはすでにイタリアサッカー界のスポットライトの下に戻ってきているからだ。
ミランのレジェンドで現テクニカルディレクターでもあるパオロ・マルディーニもミランTVのインタビューで、こう述べている。
「ミラニスタとしての気持ちを率直に言うと、私はこのチーム、スタッフ、そしてサポーターたちを誇りに思う。本物の感動を与えてくれ、我々を幸せにしてくれている。開幕当時はミランが上を目指せるチームであると信じない人々もいたが、我々は逆にこれを跳ね返して頑張ってきた。今、我々がこの順位にいるのは、いつも自分たちを信じてきたからだ。この20年でミランがスクデットを勝ち取ったのは2回。チャンスが訪れたらそれに向けて全力で立ち向かうべきだ」
セリエA最終節を前に、ミランは2位インテルを2ポイントリードしている。ミランはサッスォーロ戦で引き分け以上ならば自力優勝。たとえ最終戦を落としたとしても、インテルがサンプドリアに勝たない限りは優勝が決まる。勝ち点が同じだった場合の直接対決の結果もミランに有利だからだ(2戦2勝)。
「このチームはモナリザ」今シーズンのミランはどんなチームか。攻撃面を見てみると、ミランのトップスコアラーは11ゴールのラファエル・レオンだ。現在リーグ得点王のチーロ・インモービレ(ラツィオ)はここまで27ゴール。レオンは得点ランキングでは16位になる。だが、別な見方をすると、ミランは実に16人の選手がゴールを決めている。ひとりの選手だけに頼っていない証であり、これは大きな長所である。
一方、守備に目を向ければ、ヨーロッパナンバーワンと言ってもおかしくない。シーズン後半は18試合で9失点。これはチャンピオンズリーグ決勝に進出したリバプールとほぼ同じ記録だ。
「このチームはピオリのモナリザ、つまり一大傑作だ」
かつて本田圭佑ともともにプレーしていた元ミランのキャプテン、リッカルド・モントリーヴォは言う。
「ピオリはチーム全員を巻き込むことに成功した。不満を持つ者はひとりもいない。これは監督にとって大きな成功を意味する。ピオリはセリエAで最も現代的な監督だ」
ミランの黄金時代の礎を築いた元監督アリゴ・サッキも、ピオリの手腕を高く買うひとりだ。
「ミランは開幕時には優勝候補と見られることはなかった。にもかかわらずここまできたのはチーム力だ。発想と信念は、何億もの金よりも重要であることを、ピオリのミランは証明してみせた」
優勝は目の前にして。選手たちにプレッシャーがかかり、それが不安となってのしかかることはない。なぜならミランはこの長いシーズンをかけて、自分たちの強さを十分に自覚してきたからだ。
「先週のアタランタ戦前日も、選手のモチベーションを高めるような言葉を特に吐く必要はなかった」と、ピオリ自身も認めている。
ミランが復活したのは、アメリカの投資ファンド「エリオット・マネジメント」がチームのオーナー会社となったことも大きい。2020年、「エリオット」が中国人実業家のリー・ヨンホンからミランを受け継いだ時、ミランの財政は借金まみれの火の車だった。それを彼らはわずか2年半で健全化し、ミランをまたサッカーの表舞台に戻すという奇跡的な偉業を達成した。
熱さを取り戻したミラニスタ支出を抑えるために値段の高いトッププレーヤーを獲得するのはやめ、優秀だがまだ名の知られていない選手に目標を定めた。レオン、テオ・エルナンデス、マイク・メニャン、フィカヨ・トモリ、ピエール・カルル......。この狙いがまさに当たった。同時にスポンサーやマーケティング収入においても見直しを行なった。
いまやミランは、市場に出しても十分魅力的なチームとなった。実際に現在、バーレーンとアメリカのふたつのファンドがミラン購入に意欲を見せている。どちらもかなりの額でオファーしているが、「エリオット」には売り急ぐ理由はない。スクデットを勝ち取り、今後も勝利を重ねていけば、チームの価値はさらに大きくなるのだ。
ミラニスタたちも熱さを取り戻した。先週のサン・シーロでのアタランタ戦は満員御礼。コロナで入場者数が制限されていた時期があったにもかかわらず、今シーズンのリーグ戦、カップ戦を合わせたホームの延べ観客数は100万人を突破した。
最終節のミランはアウェー戦。サッスオーロの本拠地レッジョ・エミリアのマペイ・スタジアムは約2万のキャパしかないが、10万人がチケットを求めたという。45ユーロ(約6000円)のチケットは、ネット上で3000ユーロ(約40万円)というとんでもない高値で取引されている。
ちなみにライバル、インテリスタもまだあきらめてはいないようだ。7万人のサン・シーロでのサンプドリア戦のチケットもすべて売り切れている。
すべてが決まるセリエA最終節は5月22日。ミラン市内の数カ所にパブリックビューイングが設けられる予定だ。優勝が決まった場合、インテルの試合が終わった後のサン・シーロがミラニスタに開放され、そこでセレモニーが行なわれるはずだったが、最近のミラノは気温が高く、試合がデイゲームからナイトゲームになったため、中止となった。代わりに、ミラノの街中では深夜まで赤と黒のフラッグがふられ、ミランコールが叫ばれることとなるだろう。