ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領(写真:Andrey Rudakov/Bloomberg)

ウクライナに対するロシアの激しい攻撃が続いている。プーチン大統領は5月9日の対ドイツ戦勝記念日に、ウクライナ東部制圧で勝利宣言をしたいと考えているともいわれるが、台所事情はかなり厳しい。

戦争を続けるには「カネ」が必要である。名目GDP(IMF推計)が1兆4785億ドル(約185兆円)のロシアにとって、1日当たり2000億円〜2兆円と推定される戦費は重圧となる。

加えて欧米による経済制裁によりロシア経済はすでに年率10%を超えるマイナス成長に陥っていることは確実だ。世界有数の資源大国とはいえ、戦争を長期間継続することは難しい。経済制裁を受けて使える外貨準備が激減し、資本の海外流出もみられる。

通貨ルーブルの価値はロシア中央銀行が20%近く政策金利を引き上げるなどしたことで一時的なリバウンドはあるにせよ、成長の鈍化とともに趨勢的に低下していくことは避けられないだろう。現状15%程度にとどまっているインフレ率も、いずれ通貨安に伴って上昇し、国民生活を圧迫する。

ロシアのウクライナ侵攻は、入念に準備されてきた側面も指摘できる。侵攻すれば欧米による制裁措置は予想されたものだが、予想を超えた金融制裁にロシアの通貨、株式、国債はトリプル安に見舞われた。

「金」保有が過去10年あまりで4倍超

その一方で、ロシアは対抗余力を保持しているとも見られる。担保するのは「金(きん)」保有だ。

ロシアはウクライナのNATO加盟が先鋭化しはじめた2019年に金地金(きんじがね)の輸入を開始した。当時は、この金地金の輸入については、アメリカドル依存からの脱却を目指すプーチン大統領の指示と見られたが、今回のウクライナ侵攻で、その真意が単なるドル依存からの脱却だけではなく、ルーブル防衛にあったことが明らかになった。

ロシアの金保有高は、2010〜2020年にかけて4倍超に急増。ロシアの外貨準備に占める金地金の割合は最大で、2020年6月現在で約2300トンに達する。アメリカ、ドイツ、イタリア、フランスに次ぐ5位の保有高を誇る。

ロシアは金産出国で、輸出国でもあるが、2018年にはロシア中銀の金購入量は国内産出量を上回り、世界の中央銀行による金地金購入の約4割をロシア中銀が占めた。制裁に強い体制を構築する狙いがあったと見られる。

実際、2022年1月の外貨と金の保有は過去最高の6300億ドル(約79兆円)。世界4番目の外貨準備額高に達している。これに伴い、ロシアがドル建てで保有する外貨の比率は5年前の40%から約16%へと比重が低下している。そして、約13%を人民元で保有している。金積み増しを周到に進めてきたプーチン氏。そのうえでのウクライナ侵攻は、練りに練った戦略とみることもできる。

しかし、その前提となるのは短期の戦争終結だ。長期化すればウクライナ侵攻は自国経済にブーメランのように跳ね返ってくる。プーチン氏の誤算は、ストックではなく、フローで資金封鎖に見舞われたことではないか。

アメリカと欧州は国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの複数の銀行を排除し、アメリカはロシア中銀の在米資産を凍結、ルーブル防衛に外貨準備が利用できないよう制裁措置した。外貨準備に係るIMFの引き出し権も封じられた。

仮想通貨も封じられ、タックスヘイブン(租税回避地)に置かれたプーチン氏やプーチン氏を支えるオリガルヒ(新興財閥)の海外資産も凍結の憂き目にあっている。一部にはオリガルヒは凍結逃れから中東ドバイに資産を移しているともいわれるが、効果は限定的だろう。

厳しい制裁を追加したアメリカ

さらにアメリカは4月6日、ロシア軍によるウクライナでの民間人虐殺の疑いを受け、厳しい追加制裁を科した。ロシア最大の銀行「ズベルバンク」や国内4位の民間金融機関の「アルファバンク」に対し、アメリカの国民、企業との取引を全面禁止した。この制裁措置によりロシアの銀行部門の3分の2以上との取引が禁止されることになる。

同時にアメリカ人によるロシアへの新規取引を大統領令で禁止するほか、プーチン氏やその娘2人などのアメリカ内の資産を凍結した。また、欧州は、4月5日、ロシア産石炭の禁輸制裁案を発表した。原油や天然ガス(LNG)の輸入禁止には加盟国間で温度差があり、全面禁止には至っていないが、ロシア経済は欧米から経済封鎖されつつあることは確かで、金融面では孤立を強いられている。

すでにロシア国債は事実上のデフォルト(債務不履行)状態にある。ロシア財務長は4月6日、4日に償還期限を迎えたドル建て国債21億ドル(約2625億円)について、自国通貨ルーブルで支払い手続きを行ったと発表した。アメリカ財務省が経済制裁としてロシア中銀の外貨準備からアメリカの金融機関を通じて支払うことを認めなかったためだ。

ドル建て国債を他国通貨で償還することは契約違反であり、この時点でテクニカル上はデフォルトに認定された。救済措置として30日以内で契約どおりドルで支払えばデフォルトは回避できるが、状況は厳しい。

戦乱に起因するロシアの外貨建て国債のデフォルトは、1918年の帝政ロシア時代にまでさかのぼる。ボルシェビキ政権によるデフォルト宣言だ。

当時、ロシアは第1次世界大戦に連合国の一員として参戦していた。この戦費の調達を国債発行と海外からの融資に頼っていた。戦争の拡大に伴い調達戦費は増大し続け、財政を圧迫した。

帝政ロシア時代からほぼ100年で、ロシア国債は再びデフォルトする可能性が高い。4月4日期限の外貨建てロシア国債の残高のうち、海外保有分は200億ドル程度と大きくないが、デフォルト認定された意味は大きい。

ムーディーズ・インベスターズ・サービスやS&Pグローバルは、部分的なデフォルトと見なす「SD(選択的デフォルト)に引き下げ、格付けの付与そのものを取り下げた。ロシアは事実上、国債発行を通じた外貨調達の道を閉ざされたに等しい。

頼みの綱は中国だが…

ただし、穴はある。中国という抜け道だ。中国の中央銀行である中国人民銀行とロシア中銀は1500億元(約2兆7400億円)規模の通貨スワップ協定を結んでおり、中国が金融面でロシアを支える可能性はある。

その際、「ロシアが産出する原油や天然ガス、保有する金は有効な担保になる」(市場関係者)とされる。中国はロシアのウクライナ侵攻に明確な批判を避けており、ロシアから安価な原油、天然ガスの購入を行っていると伝えられる。

中国はSWIFTに代わるCIPSと呼ばれる国際的な決済システムを有している。CIPSにはロシアやトルコなどアメリカが経済制裁の対象とした国々など、中国の一帯一路の参加国89カ国・地域の865行(2019年4月時点)が加盟している。

CIPSに加盟する銀行数で最大なのは日本であり、ロシアは2位、3位は台湾である。このため日本と台湾を除けば、CIPSの力不足は否めないが、SWIFTから締め出されたロシアはこのCIPSを通じて資金決済を担保できる可能性はある。

また、インドもロシアから武器の輸入の7割を頼っており、原油を安く購入している。ロシアの外貨獲得を手助けしている。

中国はロシアのウクライナ侵攻で漁夫の利を得るだろう。ロシアは将来、中国(人民元)経済圏に溶け込んでいかざるをえないかもしれない。依然、プーチン氏は高い支持率を維持しているが、ウクライナ侵攻の後遺症はいずれ国内経済に跳ね返ってくる。

(森岡 英樹 : 経済ジャーナリスト)