原田知世が語る「若さ」にとらわれない生き方、「守ってあげたい」を50代に歌い直す意味
今年デビュー40周年を迎える原田知世が、それを記念したアルバム『fruitful days』をリリースする。
カバーアルバムを除くと前作『LHeure Bleue』からおよそ3年半ぶりとなる本作は、作曲陣に鈴木慶一や辻村豪文(キセル)らおなじみの顔ぶれに加え、川谷絵音(indigo la End、ゲスの極み乙女。など)や綱守将平が参加。地声とファルセットを行き来する美しいメロディが、原田の新たな魅力を引き出している。プロデューサーはもちろん、かれこれ15年来の付き合いとなる伊藤ゴロー。高橋久美子(元チャットモンチー)とのタッグにより書き下ろしの新曲も提供している。
デビュー以来、常に新しいことに挑戦し文字どおり「実りある日々」を噛み締めているという原田。その変わらぬ好奇心や、変化していくことを恐れぬバイタリティは一体どこから湧いてくるのだろうか。今年54歳を迎える彼女に、人生で大切にしていることを聞いた。
─まずはアルバムタイトル『fruitful days』に込めた想いをきかせてもらえますか?
原田:40周年の記念アルバムなので、それを感じさせる言葉がいいなと思っていたのですが、振り返ってみればこれまでたくさんの実り多い時間をいただいてきたので、「fruitful(実りある)」という言葉を見つけて「これだ」と。「実りある日々」という言葉は、今の自分の心境にぴったりですし、「フルートフル」という響きも可愛らしいなと。意外とこれまで聞いたことのない言葉でもありますよね。
─確かにそうですね。
原田:「実り」って、すぐに与えられるものではなく、時間をかけてようやく実ることが多いと思いますし、それは音楽をやっていても感じます。
─プロデューサーの伊藤ゴローさんとは、2007年のアルバム『music & me』からのお付き合いになります。
原田:そうですね。その前にゴローさんのアルバムで1曲歌わせてもらったのが最初の出会いでしたが、それもその頃ですから。15年経ちましたか、早いですね。ここまで長いお付き合いになるとは、当時は思っていなかったですけれども。
─ゴローさんのどんなところに惹かれて、ずっと一緒に制作を続けてこられたのでしょうか。
原田:生活と音楽が、ゴローさんはすごく近い人なんですよね。私もそういう音楽作りをしたいなと思っていた時にゴローさんと出会い、1作目の『music & me』を一緒に作りました。その後、「on-doc.」という、2人だけでやる歌と朗読のイベントを開催したのですが、それも振り返るといい時間だったと思います。カフェや教会、旅館など本当に様々なところで、私とゴローさんと、私のマネージャーの3人だけで旅をして。現地にいらっしゃるスタッフの方たちにセッティングなど手伝ってもらいながら全国をまわりました。
ギター1本と歌だけという、2人の助け合いしかない状況の中で歌ったことは、すごくいい学びにもなったし、フットワーク軽く場所を決めて、ふらりと出かけて行って演奏するという経験も自分にとっては新鮮でした。一つひとつが積み重なって、大きな信頼になってきたのかなと。本当にそれは感謝しかないです。
─ずっと一緒に制作をしていて、マンネリに陥ってしまうことなどはなかったですか?
原田:ゴローさんと一緒にやっていて飽きないのは、お互い常に「同じことはやらない」という姿勢でいられるからです。私も女優の仕事をやりながら音楽をやる。ゴローさんも他のプロジェクトを手掛けながら、私とも作品を作る。そうすると、常にいい距離感と緊張感を保っていられるんです。それもきっと、長くやってこられた要因の一つなのかなと。アルバムを作り終えるたび、「今回が一番よかったよね!」と二人で言い合えるのはすごく幸せなことです。
─それはきっと、音楽制作に限らず全ての人間関係にも言えることなのかもしれないですね。相手に依存するのではなく、ちゃんと自分のフィールドを持っているからこそ、一緒にいる時にお互いに刺激を与え合ったり、楽しみを分かち合ったりできるのかなと。
原田:ええ、そう思います。
川谷絵音らとのコラボワークについて
─ニューアルバムの冒頭を飾る「一番に教えたい」は、高橋久美子さんが作詞、ゴローさんが作曲というコンビによる3作目となります。高橋さんの魅力はどんなところに感じますか?
原田:高橋さんの歌詞は、子供でも分かるような、とてもシンプルな言葉を使っているのに、とても深い世界が広がっています。その歌詞にゴローさんのメロディーが乗ることで、より深みを増す。ある時は清々しさがあり、ある時は地に足のついた大人の逞しさがある。ただ「温かい」だけでなく、いろんな要素が込められているんです。
毎回このコンビは詞先でつくっているので、ゴローさんは大変そうですけどね(笑)。でも、待っていると素晴らしい曲をちゃんと上げてきてくれる。しかもゴローさんが詰めきれないところは、今度は高橋さんが言葉を調整してくれて、それを私が歌ってみてさらに微調整して……というふうに、3人で協力し合いながらチームで作り上げています。あまりきっちりと決め込まず、最終的にどこに着地するのか分からないまま進めていくのも楽しいです。
─今回、初タッグとなった川谷絵音さんとは、どんなやりとりをされたのですか?
原田:川谷さんとのコラボは、姪っ子が教えてくれたindigo la Endの曲を聴いて、「この方の書いた曲を歌ってみたい」と思ったのがきっかけでした。最初はゴローさんも含めてZoomで顔合わせをしました。川谷さんの、地声とファルセットを行き来するメロディが本当に素晴らしくて、私はまだそこがちゃんとやりこなせないところがあるなと思っていたんです。なので、もし川谷さんに書いていただくなら、まさにそこの部分を強化して、次のステップに行けるようなトライをしたいという話をして、後はもう自由に書いてくださいとお願いしました。
─そうして出来上がった「ヴァイオレット」は、まさに川谷さん節が炸裂しています。
原田:川谷さんの声が聞こえてきそうですよね(笑)。
─網守将平さんとのコラボ曲「邂逅の迷路で」についてはどんな印象を持ちましたか?
原田:網守さんから頂いたデモ音源を聴いたとき、思わず懐かしさを感じたと言いますか。スッと心に入ってくるメロディに、「これは名曲になるな」と確信しました。歌詞は網守さんから「ぜひ高野寛さんに」とリクエストをいただいてお願いしたのですが、お二人のコラボレーションも素晴らしかった。網守さんにはボーカル・ディレクションもしていただいたのですが、ご自分のビジョンがとてもクリアに見えていて、思ったことをズバズバ言えちゃう人だし(笑)、でもそれがすごくピュアな感じがして素敵でした。
─キセルの辻村豪文さんも、かれこれ長いお付き合いですよね。
原田:辻村さんに書いていただいた「くちなしの丘」(『music & me』収録)が大好きで、この15年で一番歌っている曲なんですよ。なので、アニバーサリーの時期がくるとまた曲を提供していただきたくなってしまうんです。今回の「真昼のたそがれ」も、今までとまた違う曲で、ゴローさんのアレンジも素晴らしく、いい化学反応が起きているなと思いました。
ただ、歌うのはすごく難しかったです。こういうメロディは一体どうやって生まれるんだろう?って思います。デモをもらうと辻村さんが普通に歌っているのだけど、自分で歌ってみると「こんなふうになっているんだ!」と驚くばかり。『恋愛小説』(2015年)というカバーアルバムを作った時のように、演じているような歌い方もできて、今作の中ではちょっと異彩を放つ大事な曲になりました。
─個人的にビートルズが大好きなので、今作では鈴木慶一さんによる「アップデートされた走馬灯」が特にグッと来ました。
原田:(笑)。ゴローさんもビートルズが大好きですから、ああいった素敵なアレンジに仕上げてくださいました。
「守ってあげたい」を50代に歌い直す意味
─アルバムの最後に入っている「シンシア」は、オリジナルは1997年のアルバム『Flowers』に収録された曲で、今回は『music & me』に続いて2度目のセルフカバーになりますね。松任谷由美さんの「守ってあげたい」も、初出は1983年。以前のバージョンと聴き比べてみて、どんな感想をお持ちになりましたか?
原田:「シンシア」は、20代、40代そして50代と歌ってみて、嬉しかったのは50代になった今の自分が歌うバージョンが一番好きだと思えたことです。30代の頃は、昔の自分の歌を聴くと「恥ずかしい!」って思っていました。39年前の「守ってあげたい」なんてもう子供過ぎて、今はただただ愛おしいですね(笑)。この時の自分の声を、音源として残してくださった皆さんにありがとうって。そんなふうに、過去の自分を客観的に見られるようにもなっていくんだなと。
─歌い直してみて、何か発見はありました?
原田:本当にいい曲だと思います。「守ってあげたい」は、歌詞も今の方が合っているんじゃないかな。当時は、ちっちゃい子供が一生懸命「守ってあげたい!」と歌っている、その「尊さ」もあるけど、自分が大人になり「強くて引っ張ってくれる存在」という男性像も変化して。実は男性の方が、女性よりも繊細な部分があったり、女性にはない弱さがあったりすることを分かった上で、「守ってあげたい」と歌うのとでは、全然表現の仕方も違うなって思います。
─「ヴァイオレット」では新たな歌い方に挑戦したり、ゴローさんとは毎回違うアプローチを試みたり、そういう原田さんのモチベーションはどこから来ているのでしょうか。
原田:以前と同じことをやろうとしても、同じようには出来ないと思うんです。だとしたら、そこじゃないところに行ってみるのもいいんじゃない?って。何かいいものが出来て、そこにとらわれ臆病になってしまうのも嫌なので、それはもう一旦終わりにして次へ進むようにしています。
─そういう姿勢は以前からずっと持ち続けてきたのですか?
原田:いえ、ここ最近強くなってきました。人って変化していくものだから、例えば「若さ」などにとらわれすぎるのもなあ、と思うんです。逆に、昔はできなかったことができるようになったり、これはもう失ったけど、代わりにこれを手に入れたり、そういうことって絶対にある。そっちのポジティブな方に焦点を当てて自信が持てるようになったら、それはとても幸せなことじゃないかなと。
40代のときはまだそこまで思わなかったですが、50代になってからは、自分が健康でいられていろんなことができる時間というのは、長いようでそんなに残ってないのかなと思うようになりました。長生きはできるだろうと思いますけど、確実に見えてくる先がある。そう思うと、今がとても大切なのだなと気づき始めたというか。
─僕も50代なのでとてもよく分かります。
原田:ですよね? 周囲の声や、バランスのことばかり考えないで、自分は何をしたいのか、純粋な気持ちに耳を傾けてそれを実行していったり、人に伝えたりすることはとても大切だと思うんです。かえってその方が、周りとのコミュニケーションもすごくうまくいくようになる。そのことが少しずつわかってきて、今はとてもゆったりと構えながらもしっかりと見つめる、みたいな。そんな心境になってきました。
─失っていくこと、変わってしまうことにとらわれしがみつくよりも、変化していくこと、手放すことを恐れず次のステップに進んでいく方が、素敵に年を重ねられるのだということを、今日お話を聞いていて再認識しました。最近、ゴルフも始めたそうですね。
原田:そうなんですよ(笑)。自分でも意外だと思いますが、やってみたらメンタルな面でも強くなりました。例えばライブの初日、ステージに立った時の気持ちとか、映画の撮影に初めて入る時と同じ緊張感をゴルフ中も思い出すんです。そういう時にどう対処したらいいのかなど、共通するところがたくさんある。何より自分がリラックスして平常心でいないと、力を出しきれないということが分かって。それが仕事にもとてもいい影響を与えています。
それに、さっきも言ったように年齢と共に出来なくなっていくことが増えていく中で、「上手くなっている」ことを実感できるのが嬉しくて。「まだまだ伸びしろあるぞ!」と思えるんですよ。
─最高です。
原田:(笑)。あと、何も考えないで夢中になれるのもいい。練習している間、一切他のことを考えない。そんなことってなかなかないじゃないですか。大体常に仕事のこと考えちゃいますよね、覚えなきゃならないセリフのことが頭に浮かんでしまったりして。でも、ゴルフをやっている時間だけは全部ふっ切れるから、メンタル的にもフィジカル的にもとてもいいです。
これから先の人生で大切にしたいこと
─ところで、コロナ禍はどんなふうに過ごしていましたか?
原田:家族と静かに過ごしていました。姉の子供たちが高校生と大学生なのですが、普段は一緒に暮らしていてもご飯だけ一緒に食べて後はバラバラだったのが、どこにも外出できなくなったステイホーム期間は久しぶりにゲームを一緒にやったり、ご飯を一緒に作ったりして。
もともと自分は家にいても平気なタイプですし、外出できないことによるストレスはそんなになかったのですが、やはり今まで当たり前だったことがそうじゃなくなったこと、しかもそれが日本だけでなく世界中で起きていることに、最初は驚きとともにショックを受けました。
─そうでしたか。
原田:でも、そういう状況の中で大切なものが見えてきたような気がします。人との関係も、「この人は自分にとって大切な存在なのだな」ということが分かったし、逆に人生の中で「これは必要で、これは今は必要ないかな」とか、そういうものが見えてきたところもありますね。しがらみも減って、すごくシンプルになった気がします。
─今がとても充実している原田さんですが、10代でデビューされた頃はきっとまた別の充実感があったのかなと思うのですけど、その違いはご自身でどう思いますか?
原田:私は本当にすごくラッキーなデビューをして、とてもいい環境の中で走り始めたのですが、その頃はまだ子供だったのもあるし、忙し過ぎたりもして、その恵まれた状況を噛み締める時間が全くないまま駆け抜けてしまったなと。
今となっては、当時が「こんな幸せなことってない」というくらい恵まれていたことも分かるし、今は今で、ささやかな幸せがものすごく大切だということも分かる。こうやって、毎日いろんな方とお会いしてお話しすることも楽しめるようになりましたしね。あまりにも仕事が多いときは全然わからなくなってしまっていましたが、今は「今日はこの方と会ったな」とか「あの話はどういうことだったのかな」とか思い返したり、噛みしめたりする余裕ができたのは、昔と大きく違います。
Photo by 大辻隆広
─これから先の人生で、原田さんが大切にしていきたいと思っているのはどんなことですか?
原田:素の自分でいることを大切にしたいです。いろんなものを着込んだり、持ったりせずスッと立てるような、そういう存在でいられたら俳優という仕事でも一番強いですし、人としても、何があっても「防衛」し過ぎていないというか。そういう素の強さが持てたらかっこいいなと思います。
─でも、原田さんにはずっとそういう自然体なイメージがあります。
原田:私はすぐ不安になることの方が多かったんですよ。仕事が始まるずいぶん前に緊張し始めて、何も言えなくなってしまうこととかつい最近までありました。でもそうやって緊張している時間がもったいない、結果は一緒だしそんな時間はもう要らない!というふうに意識を変えるようにしたら、去年、女優としてある仕事をした時に、ひとつ乗り越えられた達成感があって。ちょっとずつ変わってきている、今はその途中にいますね。
─それってゴルフを始めたことも影響していますか?
原田:あるかもしれません。確かにゴルフは力んで打つより、力を抜いて打った方がよく飛びますからね。歌もそう。「何かコツがあるはずだ」と思って、実は今さらながらボイストレーニングにも通っているんです。自分の声をもっとよく知り、可能性を見出したいし変化を楽しみたいなと思っています。
原田知世
『fruitful days』
発売中
視聴・購入:https://Tomoyo-Harada.lnk.to/fruitful_days
初回限定盤(SHM-CD+DVD)
通常盤(SHM-CD)
【CD】
01. 一番に教えたい (作詞:高橋久美子 作曲:伊藤ゴロー)
02. ヴァイオレット(作詞・作曲:川谷絵音)
03. 邂逅の迷路で (作詞:高野 寛 作曲:網守将平)
04. 真昼のたそがれ (作詞・作曲:辻村豪文)
05. 守ってあげたい (作詞・作曲:松任谷由実)
06. 鈴懸の種 (作詞:高橋久美子 作曲:伊藤ゴロー)
07. Like This (作詞・作曲:伊藤ゴロー)
08. アップデートされた走馬灯 (作詞:鈴木慶一 作曲:THE BEATNIKS)
09. シンシア (作詞:原田知世 作曲:Ulf Turesson, Johnny Dennis)
【DVD】※初回限定盤のみ
fruitful days - tiny performance
・くちなしの丘
・一番に教えたい
・Like This
『原田知世 40周年アニバーサリーツアー2022』
2022年6月16日(木)大阪 オリックス劇場
2022年6月18日(土)愛知 名古屋市公会堂
2022年6月20日(月)、21日(火)東京 Bunkamuraオーチャードホール
全席指定\8,800(税込)※未就学児童入場不可
チケット一般発売日:2022年4月16日(土)
原田知世 公式ページ:https://www.universal-music.co.jp/harada-tomoyo
カバーアルバムを除くと前作『LHeure Bleue』からおよそ3年半ぶりとなる本作は、作曲陣に鈴木慶一や辻村豪文(キセル)らおなじみの顔ぶれに加え、川谷絵音(indigo la End、ゲスの極み乙女。など)や綱守将平が参加。地声とファルセットを行き来する美しいメロディが、原田の新たな魅力を引き出している。プロデューサーはもちろん、かれこれ15年来の付き合いとなる伊藤ゴロー。高橋久美子(元チャットモンチー)とのタッグにより書き下ろしの新曲も提供している。
─まずはアルバムタイトル『fruitful days』に込めた想いをきかせてもらえますか?
原田:40周年の記念アルバムなので、それを感じさせる言葉がいいなと思っていたのですが、振り返ってみればこれまでたくさんの実り多い時間をいただいてきたので、「fruitful(実りある)」という言葉を見つけて「これだ」と。「実りある日々」という言葉は、今の自分の心境にぴったりですし、「フルートフル」という響きも可愛らしいなと。意外とこれまで聞いたことのない言葉でもありますよね。
─確かにそうですね。
原田:「実り」って、すぐに与えられるものではなく、時間をかけてようやく実ることが多いと思いますし、それは音楽をやっていても感じます。
─プロデューサーの伊藤ゴローさんとは、2007年のアルバム『music & me』からのお付き合いになります。
原田:そうですね。その前にゴローさんのアルバムで1曲歌わせてもらったのが最初の出会いでしたが、それもその頃ですから。15年経ちましたか、早いですね。ここまで長いお付き合いになるとは、当時は思っていなかったですけれども。
─ゴローさんのどんなところに惹かれて、ずっと一緒に制作を続けてこられたのでしょうか。
原田:生活と音楽が、ゴローさんはすごく近い人なんですよね。私もそういう音楽作りをしたいなと思っていた時にゴローさんと出会い、1作目の『music & me』を一緒に作りました。その後、「on-doc.」という、2人だけでやる歌と朗読のイベントを開催したのですが、それも振り返るといい時間だったと思います。カフェや教会、旅館など本当に様々なところで、私とゴローさんと、私のマネージャーの3人だけで旅をして。現地にいらっしゃるスタッフの方たちにセッティングなど手伝ってもらいながら全国をまわりました。
ギター1本と歌だけという、2人の助け合いしかない状況の中で歌ったことは、すごくいい学びにもなったし、フットワーク軽く場所を決めて、ふらりと出かけて行って演奏するという経験も自分にとっては新鮮でした。一つひとつが積み重なって、大きな信頼になってきたのかなと。本当にそれは感謝しかないです。
─ずっと一緒に制作をしていて、マンネリに陥ってしまうことなどはなかったですか?
原田:ゴローさんと一緒にやっていて飽きないのは、お互い常に「同じことはやらない」という姿勢でいられるからです。私も女優の仕事をやりながら音楽をやる。ゴローさんも他のプロジェクトを手掛けながら、私とも作品を作る。そうすると、常にいい距離感と緊張感を保っていられるんです。それもきっと、長くやってこられた要因の一つなのかなと。アルバムを作り終えるたび、「今回が一番よかったよね!」と二人で言い合えるのはすごく幸せなことです。
─それはきっと、音楽制作に限らず全ての人間関係にも言えることなのかもしれないですね。相手に依存するのではなく、ちゃんと自分のフィールドを持っているからこそ、一緒にいる時にお互いに刺激を与え合ったり、楽しみを分かち合ったりできるのかなと。
原田:ええ、そう思います。
川谷絵音らとのコラボワークについて
─ニューアルバムの冒頭を飾る「一番に教えたい」は、高橋久美子さんが作詞、ゴローさんが作曲というコンビによる3作目となります。高橋さんの魅力はどんなところに感じますか?
原田:高橋さんの歌詞は、子供でも分かるような、とてもシンプルな言葉を使っているのに、とても深い世界が広がっています。その歌詞にゴローさんのメロディーが乗ることで、より深みを増す。ある時は清々しさがあり、ある時は地に足のついた大人の逞しさがある。ただ「温かい」だけでなく、いろんな要素が込められているんです。
毎回このコンビは詞先でつくっているので、ゴローさんは大変そうですけどね(笑)。でも、待っていると素晴らしい曲をちゃんと上げてきてくれる。しかもゴローさんが詰めきれないところは、今度は高橋さんが言葉を調整してくれて、それを私が歌ってみてさらに微調整して……というふうに、3人で協力し合いながらチームで作り上げています。あまりきっちりと決め込まず、最終的にどこに着地するのか分からないまま進めていくのも楽しいです。
─今回、初タッグとなった川谷絵音さんとは、どんなやりとりをされたのですか?
原田:川谷さんとのコラボは、姪っ子が教えてくれたindigo la Endの曲を聴いて、「この方の書いた曲を歌ってみたい」と思ったのがきっかけでした。最初はゴローさんも含めてZoomで顔合わせをしました。川谷さんの、地声とファルセットを行き来するメロディが本当に素晴らしくて、私はまだそこがちゃんとやりこなせないところがあるなと思っていたんです。なので、もし川谷さんに書いていただくなら、まさにそこの部分を強化して、次のステップに行けるようなトライをしたいという話をして、後はもう自由に書いてくださいとお願いしました。
─そうして出来上がった「ヴァイオレット」は、まさに川谷さん節が炸裂しています。
原田:川谷さんの声が聞こえてきそうですよね(笑)。
─網守将平さんとのコラボ曲「邂逅の迷路で」についてはどんな印象を持ちましたか?
原田:網守さんから頂いたデモ音源を聴いたとき、思わず懐かしさを感じたと言いますか。スッと心に入ってくるメロディに、「これは名曲になるな」と確信しました。歌詞は網守さんから「ぜひ高野寛さんに」とリクエストをいただいてお願いしたのですが、お二人のコラボレーションも素晴らしかった。網守さんにはボーカル・ディレクションもしていただいたのですが、ご自分のビジョンがとてもクリアに見えていて、思ったことをズバズバ言えちゃう人だし(笑)、でもそれがすごくピュアな感じがして素敵でした。
─キセルの辻村豪文さんも、かれこれ長いお付き合いですよね。
原田:辻村さんに書いていただいた「くちなしの丘」(『music & me』収録)が大好きで、この15年で一番歌っている曲なんですよ。なので、アニバーサリーの時期がくるとまた曲を提供していただきたくなってしまうんです。今回の「真昼のたそがれ」も、今までとまた違う曲で、ゴローさんのアレンジも素晴らしく、いい化学反応が起きているなと思いました。
ただ、歌うのはすごく難しかったです。こういうメロディは一体どうやって生まれるんだろう?って思います。デモをもらうと辻村さんが普通に歌っているのだけど、自分で歌ってみると「こんなふうになっているんだ!」と驚くばかり。『恋愛小説』(2015年)というカバーアルバムを作った時のように、演じているような歌い方もできて、今作の中ではちょっと異彩を放つ大事な曲になりました。
─個人的にビートルズが大好きなので、今作では鈴木慶一さんによる「アップデートされた走馬灯」が特にグッと来ました。
原田:(笑)。ゴローさんもビートルズが大好きですから、ああいった素敵なアレンジに仕上げてくださいました。
「守ってあげたい」を50代に歌い直す意味
─アルバムの最後に入っている「シンシア」は、オリジナルは1997年のアルバム『Flowers』に収録された曲で、今回は『music & me』に続いて2度目のセルフカバーになりますね。松任谷由美さんの「守ってあげたい」も、初出は1983年。以前のバージョンと聴き比べてみて、どんな感想をお持ちになりましたか?
原田:「シンシア」は、20代、40代そして50代と歌ってみて、嬉しかったのは50代になった今の自分が歌うバージョンが一番好きだと思えたことです。30代の頃は、昔の自分の歌を聴くと「恥ずかしい!」って思っていました。39年前の「守ってあげたい」なんてもう子供過ぎて、今はただただ愛おしいですね(笑)。この時の自分の声を、音源として残してくださった皆さんにありがとうって。そんなふうに、過去の自分を客観的に見られるようにもなっていくんだなと。
─歌い直してみて、何か発見はありました?
原田:本当にいい曲だと思います。「守ってあげたい」は、歌詞も今の方が合っているんじゃないかな。当時は、ちっちゃい子供が一生懸命「守ってあげたい!」と歌っている、その「尊さ」もあるけど、自分が大人になり「強くて引っ張ってくれる存在」という男性像も変化して。実は男性の方が、女性よりも繊細な部分があったり、女性にはない弱さがあったりすることを分かった上で、「守ってあげたい」と歌うのとでは、全然表現の仕方も違うなって思います。
─「ヴァイオレット」では新たな歌い方に挑戦したり、ゴローさんとは毎回違うアプローチを試みたり、そういう原田さんのモチベーションはどこから来ているのでしょうか。
原田:以前と同じことをやろうとしても、同じようには出来ないと思うんです。だとしたら、そこじゃないところに行ってみるのもいいんじゃない?って。何かいいものが出来て、そこにとらわれ臆病になってしまうのも嫌なので、それはもう一旦終わりにして次へ進むようにしています。
─そういう姿勢は以前からずっと持ち続けてきたのですか?
原田:いえ、ここ最近強くなってきました。人って変化していくものだから、例えば「若さ」などにとらわれすぎるのもなあ、と思うんです。逆に、昔はできなかったことができるようになったり、これはもう失ったけど、代わりにこれを手に入れたり、そういうことって絶対にある。そっちのポジティブな方に焦点を当てて自信が持てるようになったら、それはとても幸せなことじゃないかなと。
40代のときはまだそこまで思わなかったですが、50代になってからは、自分が健康でいられていろんなことができる時間というのは、長いようでそんなに残ってないのかなと思うようになりました。長生きはできるだろうと思いますけど、確実に見えてくる先がある。そう思うと、今がとても大切なのだなと気づき始めたというか。
─僕も50代なのでとてもよく分かります。
原田:ですよね? 周囲の声や、バランスのことばかり考えないで、自分は何をしたいのか、純粋な気持ちに耳を傾けてそれを実行していったり、人に伝えたりすることはとても大切だと思うんです。かえってその方が、周りとのコミュニケーションもすごくうまくいくようになる。そのことが少しずつわかってきて、今はとてもゆったりと構えながらもしっかりと見つめる、みたいな。そんな心境になってきました。
─失っていくこと、変わってしまうことにとらわれしがみつくよりも、変化していくこと、手放すことを恐れず次のステップに進んでいく方が、素敵に年を重ねられるのだということを、今日お話を聞いていて再認識しました。最近、ゴルフも始めたそうですね。
原田:そうなんですよ(笑)。自分でも意外だと思いますが、やってみたらメンタルな面でも強くなりました。例えばライブの初日、ステージに立った時の気持ちとか、映画の撮影に初めて入る時と同じ緊張感をゴルフ中も思い出すんです。そういう時にどう対処したらいいのかなど、共通するところがたくさんある。何より自分がリラックスして平常心でいないと、力を出しきれないということが分かって。それが仕事にもとてもいい影響を与えています。
それに、さっきも言ったように年齢と共に出来なくなっていくことが増えていく中で、「上手くなっている」ことを実感できるのが嬉しくて。「まだまだ伸びしろあるぞ!」と思えるんですよ。
─最高です。
原田:(笑)。あと、何も考えないで夢中になれるのもいい。練習している間、一切他のことを考えない。そんなことってなかなかないじゃないですか。大体常に仕事のこと考えちゃいますよね、覚えなきゃならないセリフのことが頭に浮かんでしまったりして。でも、ゴルフをやっている時間だけは全部ふっ切れるから、メンタル的にもフィジカル的にもとてもいいです。
これから先の人生で大切にしたいこと
─ところで、コロナ禍はどんなふうに過ごしていましたか?
原田:家族と静かに過ごしていました。姉の子供たちが高校生と大学生なのですが、普段は一緒に暮らしていてもご飯だけ一緒に食べて後はバラバラだったのが、どこにも外出できなくなったステイホーム期間は久しぶりにゲームを一緒にやったり、ご飯を一緒に作ったりして。
もともと自分は家にいても平気なタイプですし、外出できないことによるストレスはそんなになかったのですが、やはり今まで当たり前だったことがそうじゃなくなったこと、しかもそれが日本だけでなく世界中で起きていることに、最初は驚きとともにショックを受けました。
─そうでしたか。
原田:でも、そういう状況の中で大切なものが見えてきたような気がします。人との関係も、「この人は自分にとって大切な存在なのだな」ということが分かったし、逆に人生の中で「これは必要で、これは今は必要ないかな」とか、そういうものが見えてきたところもありますね。しがらみも減って、すごくシンプルになった気がします。
─今がとても充実している原田さんですが、10代でデビューされた頃はきっとまた別の充実感があったのかなと思うのですけど、その違いはご自身でどう思いますか?
原田:私は本当にすごくラッキーなデビューをして、とてもいい環境の中で走り始めたのですが、その頃はまだ子供だったのもあるし、忙し過ぎたりもして、その恵まれた状況を噛み締める時間が全くないまま駆け抜けてしまったなと。
今となっては、当時が「こんな幸せなことってない」というくらい恵まれていたことも分かるし、今は今で、ささやかな幸せがものすごく大切だということも分かる。こうやって、毎日いろんな方とお会いしてお話しすることも楽しめるようになりましたしね。あまりにも仕事が多いときは全然わからなくなってしまっていましたが、今は「今日はこの方と会ったな」とか「あの話はどういうことだったのかな」とか思い返したり、噛みしめたりする余裕ができたのは、昔と大きく違います。
Photo by 大辻隆広
─これから先の人生で、原田さんが大切にしていきたいと思っているのはどんなことですか?
原田:素の自分でいることを大切にしたいです。いろんなものを着込んだり、持ったりせずスッと立てるような、そういう存在でいられたら俳優という仕事でも一番強いですし、人としても、何があっても「防衛」し過ぎていないというか。そういう素の強さが持てたらかっこいいなと思います。
─でも、原田さんにはずっとそういう自然体なイメージがあります。
原田:私はすぐ不安になることの方が多かったんですよ。仕事が始まるずいぶん前に緊張し始めて、何も言えなくなってしまうこととかつい最近までありました。でもそうやって緊張している時間がもったいない、結果は一緒だしそんな時間はもう要らない!というふうに意識を変えるようにしたら、去年、女優としてある仕事をした時に、ひとつ乗り越えられた達成感があって。ちょっとずつ変わってきている、今はその途中にいますね。
─それってゴルフを始めたことも影響していますか?
原田:あるかもしれません。確かにゴルフは力んで打つより、力を抜いて打った方がよく飛びますからね。歌もそう。「何かコツがあるはずだ」と思って、実は今さらながらボイストレーニングにも通っているんです。自分の声をもっとよく知り、可能性を見出したいし変化を楽しみたいなと思っています。
原田知世
『fruitful days』
発売中
視聴・購入:https://Tomoyo-Harada.lnk.to/fruitful_days
初回限定盤(SHM-CD+DVD)
通常盤(SHM-CD)
【CD】
01. 一番に教えたい (作詞:高橋久美子 作曲:伊藤ゴロー)
02. ヴァイオレット(作詞・作曲:川谷絵音)
03. 邂逅の迷路で (作詞:高野 寛 作曲:網守将平)
04. 真昼のたそがれ (作詞・作曲:辻村豪文)
05. 守ってあげたい (作詞・作曲:松任谷由実)
06. 鈴懸の種 (作詞:高橋久美子 作曲:伊藤ゴロー)
07. Like This (作詞・作曲:伊藤ゴロー)
08. アップデートされた走馬灯 (作詞:鈴木慶一 作曲:THE BEATNIKS)
09. シンシア (作詞:原田知世 作曲:Ulf Turesson, Johnny Dennis)
【DVD】※初回限定盤のみ
fruitful days - tiny performance
・くちなしの丘
・一番に教えたい
・Like This
『原田知世 40周年アニバーサリーツアー2022』
2022年6月16日(木)大阪 オリックス劇場
2022年6月18日(土)愛知 名古屋市公会堂
2022年6月20日(月)、21日(火)東京 Bunkamuraオーチャードホール
全席指定\8,800(税込)※未就学児童入場不可
チケット一般発売日:2022年4月16日(土)
原田知世 公式ページ:https://www.universal-music.co.jp/harada-tomoyo