新幹線脱線対策、JR東日本と東海の決定的な違い
2022年3月16日に発生した地震で脱線した東北新幹線の「やまびこ223号」(写真:AFP=時事)
3月16日23時36分、福島県沖を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生し、宮城県登米市、福島県南相馬市などで震度6強の揺れを観測した。
この地震で新幹線が脱線した。東北新幹線の下り、東京21時44分発仙台行きの最終列車「やまびこ223号」である。
やまびこ223号は17両編成。東京寄りのE5系(またはE5系と同型でJR北海道所属のH5系)10両と仙台寄りのE6系7両の組み合わせで構成される。地震発生当日はH5系とE6系の組み合わせだった。
17両中16両が脱線
列車は定刻だと23時32分白石蔵王駅(宮城県白石市)発だが、最終列車ということもあり、当時はやや遅れて福島―白石蔵王間を走行していた。その近くの沖合を震源地とする地震が発生。新幹線の早期地震検知システムが作動して非常ブレーキがかかり列車は減速し、白石蔵王駅から約2km手前で停止した。列車は17両のうち13号車(E6系)を除く16両が脱線していた。1両に4本ずつある両輪をつなぐ軸のうち、8〜9号車(H5系)は2軸が脱線したが、残りの14両は4軸すべてが脱線した。
この列車に乗っていたのは乗客75人、乗務員3人の計78人。乗客、乗務員のいずれにもけがはなかった。脱線により車内で4時間ほど待機した後、17日午前3時半ごろに列車を降り、沿線にある非常口から地上に降りた。
JR東日本は3月17日10時に被災状況を発表した。列車の脱線のほか、電柱の折損、軌道変位、高架橋の損傷などが起きているが、「現在も設備点検中のため、新たな被害箇所が見つかる可能性や、余震により新たな被害が発生する可能性がある」としている。
被災に伴い那須塩原―盛岡間は運休。東京―那須塩原間、盛岡―新青森間については臨時ダイヤで運行している。
過去の大地震による新幹線の脱線例を見ると、2011年3月の東日本大震災では東北新幹線で試験走行中だった10両編成のE2系が仙台駅構内に進入中、地震の強い揺れによって4両目の台車2軸が脱線した。地震発生時、同新幹線ではほかに宇都宮―盛岡間の上下線で16列車が運行しており、このうち10列車が駅間を走行していたが、いずれも非常ブレーキが作動して減速し、脱線せずに停車している。
2016年4月の熊本地震では、熊本駅から車両基地に向かっていた九州新幹線の回送列車800系6両編成が脱線した。強い揺れを感じた運転士はすぐに非常ブレーキ操作を行ったが、6両すべてが脱線した。6両編成なので車軸は24本あるが、うち22本が脱線していた。
2004年の新潟県中越地震で脱線した上越新幹線「とき325号」(写真:masa9/PIXTA)
乗客を乗せて運転していた新幹線の脱線事例は、2004年10月の新潟県中越地震にさかのぼる。東京発新潟行き「とき325号」。200系10両編成で、5〜6両目を除く8両が地震による揺れの影響で脱線した。乗客151人、乗務員3人のいずれにも死傷者はいなかった。脱線後も車輪と台車部品の間でレールを挟み込んだ状態でレールに沿って走行したため、線路から外れて転覆したり、大きく逸脱して外壁に衝突したりする事態が避けられたためだ。
ただ、10両目は車体が右へ約30度傾いて右側面が上り線の軌道に接していたため、もし対向列車がいれば衝突するおそれもあった。
脱線しても「逸脱」防ぐ仕組みを整備
この教訓を踏まえ、JR東日本は脱線対策に本格的に着手した。「脱線そのものを防ぐことはかなり難しい」(市川東太郎副社長)という観点から、もし脱線しても車両をレールから大きく逸脱させないように、すべての車両の「逸脱防止ガイド」を設置した。地震発生時にもし脱線したとしても、台車軸箱下部に取り付けられたL字型のガイドがレールにひっかかることで、車輪が線路から大きく逸脱することを防ぐ仕組みだ。
新幹線E5系の台車のアップ。写真中央の軸箱から下に出っ張った部分が「逸脱防止ガイド」だ(写真:今井康一)
さらに線路側にもレールの大きな横移動や転倒を防ぐ「レール転倒防止装置」の整備を進めている。同時に高架橋柱や橋脚の耐震補強対策も進行中だ。
今回の脱線事故の原因や影響については調査結果を待つ必要があるが、大きな揺れによって17両中16両が脱線したにもかかわらず、大惨事にならずに済んだのは逸脱防止対策が功を奏したものと考えられそうだ。
一方、JR東海は東海道新幹線の脱線そのものを防ぐ対策を進めている。
JR東海が東海道新幹線に設置している脱線防止ガード(記者撮影)
脱線防止ガードが設置された線路の上を走る新幹線。東海道新幹線は全体の約6割に脱線防止ガードを設置している(記者撮影)
将来予想される東海地震の際に強く長い地震動が想定される地区や脱線した場合の被害が大きい箇所を対象に「脱線防止ガード」をレールの内側に平行して設置する工事を2009年から開始した。また、全車両に「逸脱防止ストッパ」を設置済みで、万一脱線した場合にも車両が線路から大きく逸脱することを極力防止する。JR東日本同様、土木構造物への対策も進めている。
脱線防止ガードは2020年度末時点で約667kmの設置が完了。東海道新幹線の東京―新大阪間は上下線と回送線なども合わせて1072kmあるので全体の約6割で対策を施したことになる。2020年度からは残りの部分の工事にも着手し、全線に対策を施す計画だ。2028年頃の完了を目途としている。
コロナ禍で減収の中「対策」どうするか
新幹線車両に逸脱防止ストッパを設置していることからわかるように、JR東海も脱線防止ガードがあれば脱線を100%防ぐことができると考えているわけではない。
それでも、JR東日本が逸脱防止としているのに対して、JR東海が脱線そのものを防止する方針を取っているのはなぜか。同社は、「脱線した車両の復旧に相当程度の日数を要し、運転再開までに時間を要することは過去の地震においても確認されている」と話す。
「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから
復旧に時間がかかるという部分がポイントだ。東京―名古屋―大阪という経済の大動脈を結ぶ東海道新幹線は運行本数が東北新幹線とは比較にならないほど多い。長期間の運休は日本経済にも影響を及ぼしかねない。それだけに復旧に時間がかかる脱線は極力防ぎたいということだろう。
全線に対策を施す費用の総額はおよそ2100億円と見込まれている。これだけの巨額の費用をかけても施すべき対策だとJR東海は考えている。
もちろん、東北新幹線が現状の対策で十分ということはない。北海道新幹線は2030年度の札幌延伸に向けて工事が着々と進んでいる。開業すれば関東・東北と札幌を結ぶ旅客移動の一定割合を新幹線が担うことになる。東北新幹線の役割が今まで以上に高まれば、脱線による長期の運休を許容できないという声が上がるかもしれない。
JR各社は自然災害対策や環境対策、老朽化した設備の置き換えなどに多額の資金を投じている。そこへ地震対策があらためてクローズアップされる形となった。コロナ禍で旅客収入が激減する中でどの分野に資金を振り向けるか。知恵を絞る必要に迫られている。
(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)