ロシアのウクライナ侵攻が続くなか、アメリカ空軍のU-2「ドラゴンレディ」高高度偵察機がイギリスに展開しました。U-2といえば冷戦とともに語られることの多い飛行機ですが、21世紀もなお、新たな役割を担い飛び続けています。

ウクライナ周辺を飛んでいるかもしれない冷戦期の偵察機

 2022年2月24日に開始されたロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻では、アメリカをはじめとするNATO(北大西洋条約機構)各国は直接戦闘には参加していないものの、ウクライナと国境を接しているNATO加盟国であるポーランドやルーマニアの上空でさまざまな航空機を飛行させ、状況の監視を行っています。


カリフォルニア上空7万フィート(約2万1000m)を飛行するU-2「ドラゴンレディ」(画像:アメリカ空軍)。

 軍事侵攻の開始以前から活動が確認されていたのは、搭載する円形のレーダーにより数百キロ先の航空機の動きを監視するE-3 AWACS(早期警戒管制機)や、地上部隊の動きを監視するE-8C「ジョイントスターズ」、高高度を飛行する無人偵察機RQ-4「グローバルホーク」などで、これらの捉えた情報がウクライナ側に提供されているのではないかとの見方もなされています。

 一方で、こうした航空機とは異なり、その動向が全く把握されていない機体がイギリスのフェアフォード空軍基地に展開しています。それが、アメリカ空軍の高高度偵察機U-2です。U-2が同基地を拠点にどのような活動を実施しているのかは明らかにされていませんが、2021年のウクライナをめぐる緊張悪化が生じて以来、ロシア軍に対する偵察活動を実施していると見られています。

そもそもU-2ってどんな機体?

 U-2は、冷戦真っただなかの1955(昭和30)年に初飛行した高高度偵察機で、当時、秘密のベールに包まれていたソ連の軍事施設などを、迎撃用の戦闘機などが到達できない高高度から、搭載するカメラで撮影することを目的に開発されました。当時はまだ偵察衛星も存在せず、そのためU-2による有人偵察飛行は、ソ連の内部を覗き込むことができる重要な手段のひとつだったのです。


離陸前のU-2。徹底した軽量化のため翼下の車輪(補助輪)は離陸時に切り離される(画像:アメリカ空軍)。

 冷戦期を通じ、U-2はさまざまな活動を行ってきました。なかでも有名なのが1962(昭和37)年、ソ連がアメリカのすぐ南に位置するキューバに弾道ミサイルを運び込んだ、いわゆる「キューバ危機」に際してのことです。このとき、キューバ国内にソ連の弾道ミサイル基地が建設中であることをアメリカが最初に察知したのは、このU-2が偵察を実施した際に撮影した写真がきっかけだったのです。

 最後のU-2がアメリカ空軍に引き渡されたのは1989(平成元)年のことで、2022年現在、U-2は同空軍において26機が運用されています。もちろん、現在飛行しているU-2の性能が1955年の初飛行時と全く変わっていないわけではなく、1967(昭和42)年に機体構造などを変更した性能向上型のU-2Rが初飛行するなど、種々の能力向上が行われています。現在運用されているU-2Sでは、搭載するセンサーやエンジンの性能が大きく向上しています。

現代のU-2が担う役割とその先の姿とは

 冷戦終結以降も、U-2はさまざまな役割を担い続けてきました。たとえば冒頭で触れたようなロシア軍に対する偵察活動などの伝統的な役割に加え、洪水や山火事といった災害時における被災地の状況把握などの非軍事的な活動も行っています。

 なかでも、1990年代以降の対テロ戦争においては非常にユニークな任務を担っていました。それはアフガニスタンにおける対テロ作戦においてのことで、敵が道路などに設置したIED(即席爆弾)の痕跡を地上部隊に伝達し、作戦を安全に進行できるようにしたほか、U-2が搭載するセンサーによって敵が使用する携帯電話の電波を捉えて位置を特定し、そこを味方航空機などが攻撃する、という戦術がとられたのです。

 そして現在、U-2に新たな役割を与えるための試験が続けられています。それが、ステルス戦闘機同士の通信を中継するというものです。


アメリカ空軍やロッキード・マーチンなどが進める新しいデータ共有システムの確立を目指す「ハイドラ計画」の概念図(画像:ロッキード・マーチン)。

 現在アメリカ軍で運用されているステルス戦闘機のF-22とF-35は、それぞれ異なる秘匿データリンクシステム(敵に探知されにくい情報共有システム)を搭載しています。そのため、従来はF-22が捉えた情報をF-35と直接、共有することができなかったのです。この問題を解消する、U-2を介し両者間の通信を可能とする試みが進められています。

 試験に参加するU-2には「アインシュタインの箱(Einstein Box)」と呼ばれるコンピューターが搭載され、これがいわば翻訳機の役割を果たすかたちで両者の通信を中継するわけです。これにより、ステルス戦闘機同士で密かに情報をやり取りでき、さらにそれを地上部隊や海上の艦艇にも共有することで、陸海空一体となった戦闘を行うことができるようになるのです。

 冷戦期に誕生したU-2は、従来の伝統的な偵察活動にとどまらず、初飛行から70年近く経過してもなお新たな役割が与えられ続けているのです。