兵器の世界でよく使われる愛称の「Jaguar」。しかし読み方は英語、フランス語、ドイツ語でバラバラ。しかもアメリカ英語とイギリス英語でも違います。それらを一挙ご紹介。

アルファベット表記は同じなのに…

 先ごろフランス陸軍が採用した最新の装甲偵察戦闘車(Engin Blinde de Reconnaissance et de Combat:EBRC)には、「Jaguar」という愛称が付けられています。これを日本語で表すと「ジャグア」。ただ、このカタカナ表記はフランス語の発音に限りなく近づけた音で、「Jaguar」の英語読みを日本式にカタカナ表記した場合は「ジャガー」になります。

 つまり「ジャグア」と「ジャガー」は同じ愛称というわけですが、ミリタリーの世界では、たくさんの「Jaguar」が陸だけでなく海や空にも“生息”しています。それらのうち代表的なものをいくつかピックアップしてみました。


各国の「Jaguar」の愛称を持つ兵器たち(フランス陸軍、アメリカ空軍、サンディエゴ航空宇宙博物館)。

 さまざまな動植物には、標準和名と呼ばれる日本語の正式な名称が付けられており、それはネコ科の有名な猛獣も同じです。たとえばトラ(英名:Tiger)やヒョウ(英名:Leopard)がその代表格です。一方で、ライオン(Lion)やチーター(Cheetah)のように、英名などの外国名がそのまま標準和名となっているケースもあり、ジャガーはこちらに含まれます。つまり日本では、ジャガーが標準和名ということです。

 これらネコ科の猛獣は、「百獣の王」とも呼ばれるライオンを筆頭に獰猛な種が多いため、そのイメージから、さまざまな兵器の愛称に用いられていますが、ジャガーはなかなか人気がある様子。

 冒頭にあげた最新の装甲偵察戦闘車「ジャグア」を筆頭に、イギリスとフランスが共同開発した軽攻撃機SEPECAT「ジャギュア」、ドイツの対戦車ミサイル搭載車両「ヤグアル」、同じくドイツが開発した魚雷艇「ヤグアル級」など、ざっと頭に浮かんだだけでもこれだけ出てきます。さらに民間には、イギリスの名車として知られるスポーツカーブランド「ジャガー」もあります。

米英でも異なる「Jaguar」の発音

 興味深いのは、これらの兵器の日本語での表記。先に記したように日本語の標準和名、つまり正式な名称はジャガーとされているのに、これら兵器はすべて「ジャガー」という表記ではなく、兵器が生まれた国の母国語の発音からカタカナ表記するのが、いつの間にか慣例となっているところです。


フランスの装甲偵察戦闘車(EBRC)「ジャグア」(画像:フランス陸軍)。

 このような配慮を行うきっかけとなったのは、筆者(白石 光:戦史研究家)の記憶では、1960年代末に登場した軽攻撃機「ジャギュア」だったように思います。

 この「ジャギュア」という発音のカタカナ表記は、イギリス英語の発音に近いもので、同機がイギリスとフランスの共同開発だったことにちなむのでしょう。一方、同じイギリス製のスポーツカーは「ジャガー」と表記しますが、これはどうも「Jaguar」の発音の古いカタカナ表記のようです。

 ちなみに、アメリカ英語では「ジャグァー」のような発音となります。とはいえ、グラマンが開発した世界初の実用可変翼戦闘機XF10Fの愛称も「Jaguar」ですが、これは「ジャガー」と表記されることが多いです。

 そういえば同じ「Jaguar」でも、ドイツ語読みを日本でカタカナ表記した場合は「ヤグアル」とされています。ただ筆者が思うに、音的には「ヤグァ」のほうが近いように感じます。

ほかにもあった悩ましい表記例

 どの言語についてもそうですが、発音には方言のようなものもあるので、ある程度の「発音の幅」をみておくべきでしょう。模型ファンやミリタリーに詳しい方のなかでは比較的知られているところでいうと、かつて1970年代から1980年代にかけて、英語読みのタイガー戦車が“ドイツ語風”にティーゲル戦車となり、さらに変化して今では主流のティーガー戦車となった例が挙げられます。


イギリスとフランスが共同開発した軽攻撃機「ジャギュア」(画像:アメリカ空軍)。

 ほかにも「キングタイガー」が、「ケーニヒスティーガー」や「ケーニクスティーガー」になった例、さらにはP-51戦闘機の愛称が「ムスタング」なのか「マスタング」なのかなど、枚挙にいとまがありません。

 そういえば、先に挙げたイギリスの名車「ジャガー」も、人によっては「ジャグワァー」と表現することがあります。なお、正規代理店では公式WEBサイト含めてカタカナ表記は「ジャガー」で統一しています。

 冒頭に記したフランスの装甲偵察戦闘車「ジャグア」の実戦配備はこれから本格化する予定です。同車のみならず、今後も「Jaguar」の愛称が与えられた陸・海・空の兵器は、間違いなく登場することでしょう。どこの国が開発したかで、その日本語表記が異なるというのも、乗りものの幅広さ、奥深さの一端といえるのかもしれません。