ロシアからの侵攻を受けるウクライナがNATOに対し要請する「飛行禁止区域の設定」について解説します。文字どおりの意味でとらえると少々、読み違えるかもしれません。実現すれば戦争の趨勢を決定づけかねないものです。

ウクライナは「飛行禁止区域の設定」を欲す

 2022年2月24日に始まった、ロシアによるウクライナ侵攻から2週間。ロシアはいまだ、ウクライナの主要都市ハリコフや首都キエフを陥落させることができないでいます。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、戦争前からNATO(北大西洋条約機構)に対し直接的な介入を求めていますが、ロシアと対峙したくないというNATO側の思惑から、現在のところウクライナに対する軍事的援助は武器供与、諜報活動における情報提供、そして個人の自発的な義勇兵などにとどまっています。


ポーランド空軍のMiG-29。NATO加盟国にはウクライナ空軍も保有するMiG-29がわずかに残るも、ウ空軍へ譲渡する交渉は難航(関 賢太郎撮影)。

 こうした各種支援もウクライナにとって重要ではありますが、ゼレンスキー大統領はこれまで何度も繰り返し「ウクライナの空を守って欲しい」という要請を強く行っています。たとえば「飛行禁止区域」の設定は、もし実現すればほぼ戦争の趨勢さえ決せられる措置であり、ウクライナとしては、なんとしても実現させたいと考えているようです。

 飛行禁止区域(ノーフライゾーン、NFZ)は読んで字のごとく、ある空域に対してある特定の所属の航空機(つまりロシア機)の飛行を禁止する措置です。実のところ飛行禁止区域というのは何らかの国際法などに基づく措置ではなく、単に軍事力によって航空優勢(制空権)を確保するという作戦にすぎず、戦闘機や地対空ミサイルなどによって空域に侵入する航空機を撃墜する、または侵入前に追い返すことが手段となります。

「飛行禁止区域の設定」が意味するところ

 つまり、NATOに対する「飛行禁止区域を設定してほしい」というゼレンスキー大統領の要請とは、「NATOはウクライナ側に立って対ロシア戦争に参戦してほしい」と言っているに等しいのです。

 実際、ロシアのプーチン大統領も「飛行禁止区域設定は参戦とみなす」と宣言しており、また直接介入を避けたいNATOはこの要請に応じるつもりがないことを明らかにしています。


ブーク地対空ミサイル。ウクライナ、ロシアともに保有する(関 賢太郎撮影)。

 ウクライナ軍の頑強な抵抗は、開戦から2週間にわたってロシア軍の補給を断ち切り、その前進を阻止し続けています。その結果、もはやロシアによるウクライナ全土占領は厳しいという見方が強まりつつあります。その一方で、圧倒的軍事力を持ったロシア軍が優勢であるという事実に変化はなく、どちらも決定打を欠いている状態です。

 両者苦しい消耗戦となったいま(2022年3月9日現在)、それぞれの空軍は事態を打開しうる要素です。

 現在のところウクライナ空軍、ロシア空軍ともに、相手が保有する地対空ミサイル防空網があまりにも強力すぎるため、航空機を有効的に使えない状態にあります。しかし消耗戦はお互いの防空能力を少しずつ削っていくはずであり、このまま大きな変化なく事態が推移していけば、もともと数に劣るウクライナが先に力尽きることによって、ロシア側が航空優勢を握る可能性があります。

ウクライナ上空をロシアに明け渡すとどうなるか

 ロシア側が航空優勢を握ることになると、ロシア空軍は陸軍の補給にヘリコプターや輸送機の使用が可能となり、陸軍の物資不足はそれなりに改善することになるでしょう。またロシア空軍による住民をターゲットとした大規模な無差別爆撃が行われることも十分に考えられます。


Tu-22M大型爆撃機。ロシア空軍はこれまでも住民をターゲットとする無差別爆撃を実施してきている(関 賢太郎撮影)。

 ロシア空軍はこれまで、シリア内戦などにおいても無差別爆撃を行っており、大型爆撃機さえ投入した過去があります。また実際に、市街地への無差別爆撃は、すでにウクライナにおいても実行されていることが明らかになっています。残念ながらロシア側は戦時国際法を守るという意識が極めて低く、プーチン大統領はこれを躊躇しないでしょう。

 大規模な無差別爆撃の意図は、ウクライナ国民の依然として旺盛な戦意をくじくことにあると見られますが、こうした作戦は往々にしてうまくいかないのが現実です。それはかつての日本やドイツなどの例を見ても明らかです。無差別爆撃によって家を焼かれ家族を失った住民が、敵を憎みこそすれ、戦意を失うに至ったかは疑問符がつくところでしょう。

 ウクライナは無用な犠牲を防ぐためにもロシア空軍を自由に活動させてはならないと考えており、なんとしてでもこれを阻止しようと手を尽くしています。