日立が製造した台湾鉄路管理局の新型特急車両「EMU3000」(筆者撮影)

2021年の暮れも押し迫った12月29日、日立製作所が製造した台湾鉄路管理局(台鉄)の都市間特急用新型車両「EMU3000」が、台北と東部の台東を結ぶ東部幹線の特急列車として営業運転を始めた。

台湾ではかねて、東部方面への移動需要に対して鉄道の座席数がまったく足りず、指定券を入手しづらい「一票難求」と呼ばれる状態が続いてきた。従来車両は編成が短く、全席指定のうえ立席での乗車も不可能と、どうしても利用したい人々を見捨てるような状況だった。それに加え、台鉄では近年、多数の乗客が死亡する大事故が相次いで発生しており、信頼性とイメージの回復は必須の課題となっている。

このたび運行が始まった新型特急は、こうした問題を解決するための救世主となりうるのか。

真っ白なボディでイメージ一新

黒いフェイスに白のボディが特徴的なEMU3000は、2024年までに計600両(12両×50編成)が投入される予定で、台鉄史上最大規模かつ国際的にもまれに見る増備計画となる。今までの台鉄にはなかった斬新なデザインは、現地鉄道ファンの間で「ペンギン」や「くろさぎ」などといったあだ名で運行前から人目を集め、一般の人々の間でも注目されている。

台鉄は2019年から車両や駅構内のデザインをリフレッシュし、国営鉄道のイメージを一新しようと「台鉄美学復興(FUTURE-RENAISSANCE)」と銘打ち、外部デザイナーと連携しながら新たなコンセプトによる車両の開発を進めてきた。通勤型電車の「EMU900」や観光列車の一種である「鳴日号」がその例だ。EMU3000は第3弾に当たり、日立側が当初提案した「TEMU1000」(タロコ号)をベースとしたデザイン案を突き返して再検討を進めた。その結果として生まれた、シンプルかつ落ち着きのあるデザインは今までの台鉄に見られなかった意匠が感じられる。

こうした努力の結果、EMU3000は台湾の公共交通車両として初めて日本の「グッドデザイン・ベスト100」に選出されている。

EMU3000は第1陣の納入分として3編成・36両が台湾に到着しており、まずは東部幹線の特急列車3往復に投入された。当面は同線方面を走ることになる。

時刻表を見ると、今回12月29日のダイヤ改正でEMU3000へ車両を置き換えた列車は、従来と比べて所要時間が10分ほど延びている(樹林―台東間の場合)。所要時間が延びてでも新型車両に置き換えなければならない「切羽詰まった事情」とはどのようなものだろうか。

振り子式車両は輸送力不足

台湾は全体的に山がちで、西部と東部の海岸沿いに人口が密集している。とくに東部海岸エリアは険しい山や峡谷が続く。戦前の日本統治時代から建設が始まった鉄道は、2005年に東部の主要都市である花蓮までの複線化が実現したものの、線形が悪くスピードが出しにくい悪条件を伴う。

台鉄は、台北―花蓮―台東間の所要時間が高速バスより長く競争力が劣るとみて、振り子式電車の「TEMU1000」(タロコ号)や、車体傾斜式の「TEMU2000」(プユマ号)を相次いで導入し速達性の向上を図ってきた。しかし、これらの列車は8両編成と短く、さらに振り子式車両であることから高速走行時の揺れを考慮して立席をなくし、全席指定制とした。こうした事情もあって、増え続ける旅客需要に対する抜本的な改善策とはならなかった。

今回投入されたEMU3000は12両編成で、従来と比べ座席数が1.4倍となる。これにより、「一票難求」問題は解決が進むことだろう。しかし、振り子式車両ではないことから、カーブでの通過速度が従来のTEMU1000よりも遅いため、スピードダウンを余儀なくされたことになる。

台北と東部各都市を結ぶ交通については、台鉄が振り子式電車を導入してスピードアップを図る一方、道路も2020年に宜蘭―花蓮間の改善工事完了で「蘇花改道路」が開通し、最大で1時間ほどの所要時間短縮が実現した。マイカーの通行量が増加したほか、高速バスも「北花線回遊号」と呼ばれるコンセントを備えた車両による新路線を開設するなど、サービスの改善が見られる。

こうした状況の中、台鉄としては高速バスに打ち勝つべく、速度面以外での付加価値を利用客に訴える必要性が高まった。そこで登場したのが、EMU3000のビジネスクラス(商務艙、定員30人)だ。台湾を初めて走った機関車の愛称から名付けられた「騰雲座艙」と呼ばれるこのシートは、横3席×10列の30席という広々とした座席配置を誇る。


ビジネスクラス「騰雲座艙」の室内(筆者撮影)

フットレストがないことやリクライニングの角度が比較的浅いことなど気になる点はあるものの、ソフト面では車内限定弁当、ハーゲンダッツのアイスクリーム、もしくはパイナップルケーキなどのいずれか1つと飲み物が選択できる飲食物の無料サービスが提供される。また、主要駅を中心に専用のチケットカウンターを設け、乗車変更も無料で受け付ける。

そのサービス内容は航空会社のエグゼクティブクラスを多分に意識している。対応に当たる客室乗務員も投入に合わせて特別に募集し、チャイナエアラインによる訓練を受けたという肝いりだ。料金は距離に応じて普通車の1.4倍〜2.2倍で、長距離客に対する配慮がみられる。

トイレは編成中全車両に

2列×2列の座席が並ぶ普通車の居住性も大幅に改善された。全席にUSBの充電ソケットと100Vのコンセントを備え、Wi-Fiのサービスもある。また、編成中すべての車両に大型の荷物置き場とトイレを設置している。

トイレの数は一見過多にも感じるが、台鉄は通勤車両も4両に1箇所トイレを設置しているほか、自転車搭載スペースも設けるなど、長距離利用者を考慮した設計が特徴だ。

筆者はEMU3000の運行開始直後、台北駅を平日夜6時台に出発する台東行き438次列車に宜蘭まで乗車した。土休日の帰省・行楽需要は比較的旺盛だが、平日の普通席利用率は5割に満たない。一方、新設されたビジネスクラスは満席だった。

列車が入線する際にカメラを構える人も多かった。乗客に新型車両の印象を聞くと、「荷物置き場が増設されキャリーケースを足元に置かずに済む」「客室扉がガラス製なので、開放的で圧迫感がない」といった声が聞かれた。

東部幹線の優等列車は高速鉄道(新幹線)との接続を考慮して台北近郊の副都心に停車する列車が多いが、この列車は台北を出ると、東部幹線の北部側の主要駅である宜蘭まで停まらない直達型の停車パターンとなっている。

台北駅を出るとすぐに加速し、台北近郊を高速で走行。山間部に入るとその足並みは落ちるものの、持ち前の加速力を発揮して加減速を繰り返し、雪山山脈のふもとを越える。振り子式のTEMU1000やTEMU2000に比べると騒音やカーブでの振動が気になるものの、車体の傾きによる不快感は低減された。山間区間を抜け、太平洋の海岸線を左手に臨むと列車は再び加速を重ね、宜蘭に到着した。

翌朝、台北に戻るために利用したのは411次列車のビジネスクラス。車内は満席で、発車するとすぐに専用エプロンを身に付けた客室乗務員が、事前予約していた軽食と飲料を運んできた。軽食類はカートから直接選ぶこともできる。メニューにある限定弁当は時間帯によって提供する区間が決まっており、短距離区間だと選択できない場合があるなど、ソフト面でも長距離客に対する配慮が見られる。


ビジネスクラスでは客室乗務員が座席まで軽食類を運んでくる(筆者撮影)

ビジネスクラスの座席は広々とスペースを取っており、カーブの多い山間部でもしっかりとしたホールド感を感じられる一方、フットレストやブランケットといった設備やサービスはなく、基本的に「広めの普通車シート」と表現するのが妥当そうだ。

車内のWi-FiはSSIDがビジネスクラスの6号車を示す「EMU3000-6」で、同クラスの乗客に対して優先的に提供していることがわかる。ただ、パスワードなしで隣接車両からも接続できることや走行区間による電波の障害を考えると改善の余地がありそうだ。

安定したメンテナンスに課題

EMU3000は、日立の鉄道車両工場である笠戸事業所(山口県下松市)で完成品として組み上げられ、台湾まで船で輸送される。

台湾の鉄道ファンの間からは「まるで日本の列車に乗っているようだ」といった好感の声もある一方、「地元で組み上げられたものではないので、はたして台鉄にしっかりメンテナンスするだけの技術が備わっているのか」と疑問を投げかける声も聞こえてくる。

実際、投入初日からトイレの故障や乗降ドアの不具合が発生した。また、TEMU2000(プユマ号)についても「日本製でそんなに古くないのに、座席に相当のガタがきている」と苦情を訴える乗客もいるようだ。

車両の保守作業については、同じ日立製の英国向け車両であるクラス800シリーズの場合、日頃の運用に必要な保守点検作業も同社が長期スパンで受注し、車両の細かい点検補修ができる体制が整っている。一方、台湾の場合は部品の純国産化を目指す政府の方針もあり、保守作業は基本的に台鉄のスタッフが担うことになるという。

加えて、台湾ならではの「外交事情」が複雑に絡む一面もある。入札書類では中国本土メーカーの参加を明確に禁止しており、契約書でも主要機器については中国が加盟していない、「政府調達に関する協定(GPA)」加盟国しか供給できないように定めている。「中国製部品を使ってほしくない」と訴える台鉄側の意向もあったといわれ、設計・生産での調整には苦労の跡が忍ばれる。

「台鉄改革」の一歩に

台鉄のスピードアップや前述の道路改良など改善が進む東部各都市への交通網だが、長期的視点ではこれだけにとどまらない。日本の国土交通大臣に当たる交通部部長の王國材氏は先ごろ、台湾全土に高速鉄道網を拡げる「高鐵環島計画」を発表し、実際に宜蘭地区への高速鉄道延伸に向けたルートの選定が進んでいる。日本の新幹線と異なり、台湾の高速鉄道は在来線を運行する台鉄とは別会社の運営で、対立関係にある。高速鉄道が完成すれば厳しい競争になることは間違いない。


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台鉄の計画からは、今からそれに対抗しようとする様子が垣間見られる。発表によると、EMU3000は今後、東部幹線のみならず西部幹線に直通するルートにも投入する予定という。これによって運用が減るTEMU2000を比較的需要の少ない南回り線を経由するルートにも転用し、速達性の劣る気動車や客車列車を置き換える目論見があるようだ。また、EMU3000の契約には観光列車として使われる特別仕様車4編成の製造も含まれており、ツアー客に特化したサービスを提供する予定だ。

台鉄は目下、輸送力の確保に加え、高品質のサービスと多様なルートの提供でイメージの一新を目指している。台湾の鉄道文化研究の第一人者である台湾師範大学の洪致文教授はEMU3000導入について、「当局の徹底した乗客目線の姿勢に、利用客の反応はおおむね好評だ。これをきっかけに、今後さまざまな面で台湾鉄道が変わっていくことが期待できる」と評価する。

EMU3000は「台鉄改革」の一手として、重大事故の連続で失った信頼を取り戻す救済者となるだろうか。