2022年3月で定期運行を終える小田急ロマンスカーVSE50000形(記者撮影)

小田急電鉄の特急「ロマンスカー」の代表格として親しまれる「白いロマンスカー」こと50000形「VSE」。フラッグシップとして箱根観光のポスターなどにも多数登場してきたこの車両が、デビューから20年を経ずに引退する。

同社は12月17日、VSEの定期列車としての運行を2022年3月11日で終了すると発表した。定期運行の終了後はイベント列車などに使用し、「検査周期が切れる時期」(同社CSR・広報部)となる2023年秋ごろに引退する予定という。

VSEは2005年3月に運行を開始。ほぼ同時期に大量導入した通勤電車の3000形は主力として活躍している。過去のロマンスカーと比べても、2005年に退役した10000形「HiSE」(1987〜1989年就役)の一部編成と並ぶ「早すぎる引退」だ。

展望席が人気の看板車種

VSEは箱根観光特急のテコ入れを狙いとして開発。運転室を2階に上げて最前部に展望席を設けた構造や、車体間に台車を配置した「連接車」など、ロマンスカーの特徴とされながらもしばらくの間途絶えていた「伝統」を最新技術を採り入れつつ復活させた。

車両デザインは建築家の岡部憲明氏が率いる「岡部憲明アーキテクチャーネットワーク」が担当。滑らかな流線形のボディに真っ白な塗装など、それまでの鉄道車両とは一線を画す外観やインテリアが評判となった。車内は高いドーム型の天井が特徴で、VSEの「V」もドーム型の天井を指す「ヴォールト(Vault)」に由来する。

VSEは2編成が就役し、デビュー後10年以上を経ても高い人気を誇ってきた。2018年に運行開始した最新型の赤いロマンスカー、70000形「GSE」は開発の背景の1つに「箱根観光特急『50000形』(=VSE)人気により座席供給が不足」していたことを挙げており、VSEの人気のほどがうかがえる。

鉄道車両は、長距離を高速で走る新幹線は別として、30年程度は使われるのが一般的だ。2018年に引退したロマンスカー、7000形「LSE」は38年間活躍し、1996年に就役した30000形「EXE」はリニューアルを実施して運行を続けている。


2018年に引退した7000形LSEは38年間現役で活躍した(記者撮影)

今も高い人気を誇るVSEを、なぜ20年足らずで引退させるのか。小田急は「車両の経年劣化や主要機器の更新が困難になる見込みのため」としている。

同社CSR・広報部によると、具体的にはVSEの車体構造である「アルミダブルスキン構造」の補修・リニューアルが困難であり、機器についてはカーブ通過時の乗り心地改善のために車体を空気ばね(エアサスペンション)によって傾ける「車体傾斜制御」の部品調達が難しくなってきたためという。

ただ、アルミダブルスキン構造は近年のアルミ製車両では珍しくなく、後継車である60000形「MSE」やGSEも採用している。この点について小田急は、「MSEやGSEもダブルスキン構造で大きなリニューアルは難しいが、これらの車両はVSEと違って通常のボギー車(各車体に2つ台車が付く形)であり、長く使う方向で検討していきたい」とする。VSEはダブルスキン構造とともに、連節車であることも影響したようだ。

「2つのフラッグシップ」だったが…

鉄道ファンからは、ホームドアの設置によって車体のドア位置が合わなくなるのが引退の理由ではないかとの声もある。だが、「ホームドアの問題はクリアできるため、定期運行終了と関係はない」(小田急)。また、他車種より定員が少ないことや観光仕様で通勤特急向きでない点が影響したのではないかとの問いに対しても「座席定員などは引退理由ではない」といい、あくまで車体構造の問題であると説明する。

最新型ロマンスカーGSEが登場してからも、小田急はVSEを看板車両の1つと位置づけてきた。


最新型ロマンスカーの70000形GSE(記者撮影)

GSEの導入発表時、デザイナーの岡部氏は「精悍なイメージのVSEがプリンスなら、ボリューム感のある赤いロマンスカーの70000形はレディ。ペアとなって観光特急の役割を担っていく」と語った。小田急の星野晃司社長も2017年末のGSE完成時、報道機関向け披露会で記者の質問に対し、「VSEとGSEはフラッグシップが2つという位置づけ」と述べた。

この時点では、VSEも運行を続けていく予定だったことはほぼ間違いないだろう。

だが、そこから数年で状況が大きく変わったことになる。

小田急によると、VSEの補修・更新計画については数年前に検討を開始したが、その過程で車両の特性からリニューアルが難しいことが判明。その結果、最近になって更新を行わずに定期運行から離脱、引退させることを決めたという。

VSEについて、小田急の運転士経験者は「ときめくような、すごく特別感のある車両。運転士の中でも憧れる人は多かった」と語る。小田急のシンボル的な存在として君臨してきた車両だけに、引退を惜しむ声は鉄道ファンや沿線住民はもちろん、関係者の間でもやはり少なくないようだ。

代替の新車両は予定なし

VSEが定期運行を終えた翌日、2022年3月12日に実施するダイヤ改正では、特急ロマンスカーの運行体制が大きく変わる。


朝の通勤特急「モーニングウェイ」(記者撮影)

新ダイヤでは、朝の通勤用上り特急「モーニングウェイ」を3本増発する一方、平日は新宿―箱根湯本間の「はこね」「スーパーはこね」を上下計45本から30本へと大幅削減。土休日は51本から39本へ減らし、代わりに小田原までの列車である「さがみ」を増やす。


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以前からロマンスカーの利用者は観光より沿線の日常移動客が多数を占めているのが実情だったが、新ダイヤはさらに日常利用者向け特急の色彩が濃くなる。コロナ禍で鉄道利用者が減少する中でも「着席ニーズは強くロマンスカーの稼働率は高い」(小田急)といい、その状況を反映した形だ。

通勤利用などの利便性は向上しそうなロマンスカー。ただ、VSEで実施していた飲食のシートサービスが2016年に消え、コロナ禍の影響でやむをえない面があるとはいえ2021年3月には車内販売も終了するなど、ロマンスカーの「特別感」はやや薄れつつある。

「きょう、ロマンスカーで。」のキャッチコピーとともに、箱根観光をPRする広告などでロマンスカーのブランドイメージ向上に大きく貢献してきたVSE。引退後は展望席付き車種がGSEのみとなり、代替車両を新造する予定も今のところないという。「白いプリンス」の引退は、今後の箱根観光やロマンスカーのイメージ戦略にも影響してくるかもしれない。