「魚民」もつ鍋の虫混入が世間に与えた本当の怖さ
思いのほか悪影響が広がる可能性もあります(写真:shige hattori /PIXTA)
11月16日未明、ツイッター上に「もつ鍋に虫が入っていた」と画像付きの投稿があり、これが一部メディアでニュース化されると一気に拡散。18日放送の「めざまし8」(フジテレビ系)のAI集計 記事アクセスランキングで1位になるなど、大きな波紋を呼んでいます。
ツイッターの投稿によると、場所は東京都北区の居酒屋チェーン「魚民」。もつ鍋の中に虫が浮かんだ画像のほか「1000匹くらい虫が入ってた…」「他の料理にも虫入ってて気持ち悪すぎる」「半分くらい食べちゃいました…」などとツイートされました。
さらに人々の批判を加熱させたのは、店側の対応。「店からお詫びとしてお口直しのデザートサービスや、該当メニューの料金割引を提案された(最終的に全額無料)」「運営会社のモンテローザが『当事者からお客様相談窓口に問い合わせがあったことでこの件を知った』」「『16日に保健所の検査が行われたが衛生状態の問題はなく、洗浄不足が原因ではないかという見解だった』と結論づけた」と報じられたことが人々の怒りを買ってしまいました。
もつ鍋を食べた本人たちは気の毒であり、精神的・肉体的な影響が心配されますが、問題はそれだけではありません。今回のニュースは、部外者に見える私たちにとっても他人事ではない怖さが潜んでいるのです。
悪影響は「もつ鍋」にとどまらない
緊急事態宣言が解除され、時短や酒類提供制限の要請もなくなるなど、ようやく飲食店の営業が本来の形に近づきつつあります。しかし、「家飲みの習慣がついた人が多く、まだ客足が戻ってきたとは言えない」などの声をよく聞くなど回復途上の状態にあるのも事実。昨春からの約1年半にわたる行動習慣が、すぐ元に戻るということはないのでしょう。
だからこそ回復途上にある現在の時期は重要であり、飲食業界全体でポジティブなムードを作っていきたいところ。しかし、今回のニュースが大々的に報じられ、店や運営側に批判が寄せられたことで、「やっぱり外食はやめておこうかな」という考えが頭をよぎる人々はいるはずです。
まだ「もう『魚民』に行かないかもしれない」「モンテローザグループの店に行かなくなるかもしれない」なら自業自得で済みますが、悪影響はそれだけにとどまりません。たとえば、もつ鍋を提供する店の売り上げが減るかもしれないし、さらに別会社が運営する「和民」にも「名前が似ている」というだけで、何らかの影響が出ても不思議ではないのです。
もっと広げると、鍋料理全体や、鍋付きのコースの売り上げ。ひいては、コロナ感染への不安が完全に消えたわけではない今、「飲み会をやめて家飲みにしよう」「忘年会自体やめよう」という発想に至ってもおかしくはありません。また、一部再開されたGo To Eatへの影響も少なからず考えられます。
そんな悪影響を危惧してしまう最大の理由は、虫の浮いたもつ鍋の画像がネット上のさまざまな箇所にアップされているから。正直、見るつもりはなかった筆者も、その画像に出くわしてしまい、「しばらく鍋はやめようかな……」と感じてしまいました。さらに怖いのは画像が拡散された結果、「鍋料理だけでなく、虫混入の原因にされている白菜の売り上げダウンにもつながりかねない」ことです。
当然ながら白菜農家に非はないでしょうが、今回の騒動が間接的な被害者になってしまう可能性が大。消費者たちは「悪いのは洗浄を怠った店のスタッフ」と思いつつも、つい別の食材を選んでしまう。あるいは白菜を購入したとしても、これまで以上に虫が入っていないか念入りに確認してしまうなどの変化が推察されます。
多くの人々に疑念を抱かせた店の対応
もう1つ怖さを感じさせるのは、前述したように「店から運営本部への報告がなかった」「代替サービスや割引が提案された」こと。この2点は当人たちだけでなく多くの人々に、「これまでも似た苦情があり、何事もなかったようにやり過ごしてきたのではないか」という疑念を抱かせてしまいました。これは虫混入と同等レベルの大きなミスと言えるでしょう。
こういうときは運営側が「今後は衛生管理と社員教育を徹底し、再発防止に努めます」という判で押したようなコメントをしがちであり、事実モンテローザもそうでしたが、はたしてその言葉を信じてくれる人はどれだけいるでしょうか。「連絡体制が機能していない」「危機管理のノウハウが浸透していない」と感じられた瞬間、信頼性の薄い組織とみなされてしまうのです。
「人的ミス」が発生しやすい店も
今回のケースでも、すぐに運営本部へ連絡し、当人たちに適切な対応が取られていたら、瞬発的な批判にとどまり、これほど信頼性を失うことはなかったでしょう。対応次第で世間の人々が、「たまたまその従業員がミスしただけで今後は大丈夫だろう」と思う可能性もありえたのではないでしょうか。
モンテローザの調理マニュアルでは、「まず白菜全体を水洗いしたあと、1枚ずつを取り分け目視で確認しながら再度洗浄する」と聞きました。特に難しいことはなく、時間もかからない作業が行われなかったのは、単なる個人の「うっかり」や怠慢なのか……。
このところ飲食業界では、「コロナ禍の影響で従業員やアルバイトの人数を減らしたため、営業を再開して間もない今はまだ足りていない」という人手不足の声を聞きます。また、新人アルバイトの多い店では、サービス上のミスなども出やすい状態でしょう。
今回の「魚民」がどうだったかは推察の域を出ないものの、「もし今、本当に人材不足の飲食店が多いのなら、オペレーション上の人的なミスが出やすい状態である」ことは否めないのです。これは飲食店を利用するわれわれにとってのリスクとも言えるでしょう。
いずれにしても「魚民」を運営するモンテローザは、総店舗数1640店、社員数2661名、アルバイト従業員数1万9866名(2020年3月末日現在)の一大飲食グループ。自グループだけでなく、飲食業界全体や農家などのためにも、危機管理に関してこれまで以上に担当社員数を増やすなど徹底していくべきではないでしょうか。
では飲食店を利用する側のわれわれは、どのように対処していけばいいのでしょうか。
最重視すべきはスタッフの対応
飲食店を選ぶ際のポイントには、飲食物の味と種類、価格、スタッフの対応、立地、居心地のよさなどがありますが、オペレーション上の人的ミスが起きやすい今、飲食店に安心・安全を求めるなら、重視すべきはスタッフの対応。コロナ感染予防対策をしっかり行い、スタッフの対応にゆとりが感じられる店であれば、トラブルに巻き込まれる不安は少なく、何かあった際も誠意ある対応が期待できるでしょう。
その意味で、信頼できるオーナーや店長のいる店を知っている人は、そこへ行くのがベター。あるいは、すべての客にスタッフの目が行き届く規模の店は安心感があり、逆に回転率重視で客の顔も見ずに対応するタイプの店は現状リスクを伴うため、多少の注意が必要でしょう。
また、少し話は逸れますが、今回の騒動があったことで、鍋料理を出す店は白菜などの野菜洗浄に最大限の注意をするはずです。見方を変えたら、むしろ同じトラブルは起きにくい状態になっているかもしれません。さらに言えば、もつ鍋には白菜ではなくキャベツを入れる店のほうが多いだけに、そもそも心配する必要はないような気もします。
今回の件は飲食業界に悪影響を及ぼすニュースであったことは否めませんが、まもなく彼らにとって“勝負の12月”に突入。集客の策を練り、丁寧な仕事をすることで、数カ月後「あの一件が11月でよかった」という安堵の声が飛び交うことを祈っています。