作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。
9月に入り、秋の気配が出てきた今、感じたことをつづってくれました。

第54回「夏の終わり」





●春に漬けた梅酒はまだ少し早いみたい



9月に入って急に肌寒くなった。長かった夏がやっと終わるみたい。少しさみしくもあるけれど、ほっとしている。


春に漬けた梅酒が琥珀色になってきた。梅がひとつまたひとつと、焼酎の中に沈んでいくのを途中までは注意深く観察していたが、いつの間にか忘れていて気づいたら全部沈んでいた。梅が全部沈んだら飲んでいいよの合図だと母が言っていた。若々しい梅酒をちびっと飲んでみる。まだ思春期やな、とんがっている。それに砂糖を少なめにしたからか酸っぱい。やっぱりもうちょっと寝かすことにする。

●掃除で見つけた捨てられないブーツ。もらってくれる人を見つけよう



日曜日、部屋のすみずみまで掃除してみるかと、重い腰を上げる。ぞうきんをしぼって、家中を拭いていく。私は掃除がとても苦手。やりはじめると、隅っこの隅っこが気になって、裁縫箱とか手紙の束とか、パンドラの箱を開けてしまったら最後。収集がつかなくなるんだもの。
そうして、2階の部屋から一足のショートブーツを見つけた。一目惚れして十年前に買ったが、足の形にフィットせず結局一度も外で履くことがなかった。誰かこの靴を履いてくれる人はいないかな。姉や妹はもう履かないだろうし、友達を想像してみるが、今会って渡すということ事態が難しい。近所に住む中学生の女の子の顔が浮かんだ。ああ、あの子もしかしてぴったりではないかな。ちょっと大人っぽいけど、いいかも。

早速、持っていき、ジャージ姿でお父さんとバドミントンをしようとするところをつかまえて履いてもらう。ぴったりやないの!
「ロングスカートに合わせたらどうやろ?」
「だぼっとしたパンツにも合いそう」
「ブーツの中に裾入れたらかわいいかも」

良かった。気に入ってくれている。捨てられない物が溜まっていくが、こうして気に入って使ってもらうことが一番嬉しいよ。

●庭掃除をして感じた夏の終わりの訪れ



夏の間にぐんぐん伸びた草を引く。広がりすぎた琉球朝顔も短くせねば、すぐジャングルになる。朝顔やドクダミの根っこは土の中でどこまでもつながっていて感心する。植物が多いことは気持ちいいんだけど、夏場はとにかく蚊に悩まされる。蚊は水たまりが好きだからちょっとした水たまりに発生するのよねえ。植栽や土は大敵なのだ。
一昨年、ベトナムを旅行したとき、地域の条例で水たまり禁止令みたいのがあると聞いた。水たまりを作っている家は罰金なんだって。たまり水から蚊が大量繁殖してデング熱やマラリアを引き起こすという。逆にいうと、水たまりを作らなければ蚊は半減するってことだね。それ以来、私も雨上がりは植木鉢や受け皿に雨水がたまってないか注意して見るようになった。

減ったような…気もするけど、夕方の水やりのときや、土いじりしていると100%刺される。半袖なんかで行くともう7箇所くらい刺されている。暑い日中は蚊は出てこないが、今度は熱中症の危険が出てくるからね。
朝か夕方に、ナイロンの長袖長ズボンに蚊よけネットがついた帽子をかぶって、蚊取り線香常備。見た目が相当怪しい。夏場にこのサウナ状態の格好はつらいけど、畑に出るときの常識かもね。


枯れたトマトを引く。もう木みたいに茂って大きくなっている。今年はたくさん取れてドライトマトにもした。ゴーヤーもその日は5本も取れてびっくりした。多分これで最後だなあ。


今年もたくさんとれました。ナスもたくさん食べた。最後の方は種がじゃぐじゃぐと入って少し苦味も出てきて、舌でも夏のおわりを感じる。剪定をうまくすれば今度は秋ナスが取れるので、短く切って秋を待つ。

木々が青々と茂る夏でも落ち葉は溜まっていく不思議。そこにダンゴムシやワラジムシがもぞもぞと動いている。アカシアも月桂樹も剪定をして整えていく。アロエを一本切って玄関に置いておく。今、アロエをヨーグルトに混ぜて食べるのにはまっている。モロヘイヤ、つるむらさきなどのネバネバ隊はまだまだ成長期だ。

庭掃除を終え、汗だくになった服を脱ぎ飛ばして、シャワーをあびる。完全防備だったというのに、手首とか太ももが赤くてかゆい。O型はさされやすいのだ。けど、それにも慣れてきて、蚊ぐらいでがたがた言わなくなる。塩を揉み込んで終わり。洗っても髪の毛に蚊取り線香の匂いが染みついている。


すっきりと、風呂上がりの庭と家と私。仕事しなきゃな。アイスコーヒーを入れてソファでうとうとして、アロエから透明の部分をそいで、春に作った梅のジャムと一緒にヨーグルトに入れて食べる。
網戸からの風を一ミリも感じずにまた汗だくになっていく。そんな夏でした。さようなら、また来年。

【高橋久美子さん】



1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。最新刊で初の小説集『ぐるり
』(筑摩書房)が発売。旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)ほか、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ