炎天下でおいしくなる梅干し。夏には欠かせない栄養に<暮らしっく>
作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。
今回は、梅雨も明けもっとも暑い季節が到来。今が絶好の時季の梅干しについてつづってくれました。
作り置きしたしそジュース
を飲みながら、扇風機をつけて過ごす夏。梅雨の時期に伸びた草取りもしなきゃいかんが、日中はうだるような暑さで、とても外には出られない。
日曜日、夫が新しい簾(すだれ)を買ってくると自転車でスーパーにでかけて行った。6年使っている簾が雨風でぼろぼろになってしまっていたのだった。
20分後、背中に巻いた簾を2本斜めがけした忍者が帰ってきた。「スーパーの人が持って帰りやすいようにって荷造りしてくれたんだよね」と言う。こういうさりげない優しさが一日を良い方に転がしてくれるよね。私もそうありたいと思う。
「それとさ、これ、ゴザ! 畳屋さんの前に『ご自由にお取りください』が出てたから2つもらってきた。これに梅干せば全部干せるんじゃない?」
「すごい!! うん、これなら全部干せるかも!」
忍者やるなあ。畳屋さんのイグサの良い香り。一畳ほどのまっさらのゴザは、寝転びたいくらい気持ちよかった。大量の梅干しをどうやって天日干しするか考えあぐねて簾に干そうと思っていたが、これならいけそう。畳屋さんありがとう。
夫は、外に出て簾をせっせと取り付けている。
暑さを軽減するには遮熱カーテンもいいが、まずは外で日差しを遮断するのが効果的だ。場所によっては、遮熱カーテンとダブルにすると、クーラーをかけても大分効きが違う。簾は500円位で手に入るし、竹や葦(よし)などの天然素材が見た目にも涼しい。台所の窓から入る朝日が殺人的暑さだったけれど、吊るすと熱がかなり軽減されて一気に室内が落ち着きをとりもどした。
アイスコーヒーで一服していると、二階で「おーい。いい感じに梅干し台作れたよー」と声がする。階段を駆け上がりベランダへ出ると、取っておいた長い板と脚立を使って、夫が梅干し用の縁台を作ってくれていた。おお〜。いいねえ!
真っ青な空の下、いくらでも梅を受け入れますよと、ゴザの雄大さたるや。さあて、では、わたくし梅子の出番! いっちょ気合を入れて干しますか。
「神社梅2021 沖縄の海水塩」「おばあさんち梅 ゲランド塩10%」「近所の方の南高梅 藻塩」等と書かれた瓶を一つづつ確かめて、まずは、神社の梅からボールを敷いたザルに上げる。完熟なので、そっと手で上げないと潰れてしまう。梅酢を切り(切った梅酢は戻すこと)、二階のベランダへ運んで、ゴザの上に一つ一つ並べる。なんといい香り。つぶれていたのを一つパクっと口に放り込む。うーん、おいしい〜。そうなのよね、梅って干す前の方が桃のような香りがあって美味しい。なので、一部は干さずに食べる。ただ、私は塩分をぎりぎり腐らない10%で漬けているので早めに食べるようにしている。
今年、何種類もの塩を試してみたが、一番梅の旨味を引き立たたせたのは「沖縄の海水塩 青い海」という塩だった。塩分濃度が他の塩より低くミネラルが高いからか、とてもマイルドで甘みも感じられる梅干しができていた。しっかりと梅酢に溶けるのでカビが生えたりもなかった。
今年、漬けた15キロもの梅干し。近所の神社や、梅の木のある方たちから様々な種類の梅をいただき、せっせと塩漬けし、赤紫蘇をもみ入れた。
たった一月でこんなに美しく色づき、まだ良い香りを放っている。落ちていた梅は、私が取らなければ腐って今頃大地に還っていたのだろう。それが、今ここで空を仰ぎながら食べ物になって私の体の一部になってくれようとしている。生きるとは不思議なことだと、食材と出会う時いつも思う。
階段を何往復しただろう。やがてゴザが赤やピンクの水玉模様で埋め尽くされ、置いた先から太陽は梅を乾かした。竹ザルも、あんなに広かったゴザも、いよいよどこにも置けなくなったとき…ピンポーンとチャイムがなる。あ、お隣の奥さんだ。
「ざる、足りないって言ってたでしょ」
「大丈夫? 使わないの?」
「うん、家は少ししか漬けてないから大丈夫だよー」
ありがたい〜。大きめのざるを2つ貸してくれるという。持つべきものは近くの友だなあ。
借りたざるに続きを並べる。種類が分からなくならないように、しそで目印を作ったりして。
疲れたのでその日はおしまいにした。夢中になりすぎ禁物だ。
夜眠る時、風にのってベランダから梅の匂いがふんわりと漂ってくる。ここが東京だということを忘れてしまう。どこに住もうとも、好きな暮らしに近づくように日々を大切に、周りの人を大切にいたいと思った。
夜は梅を取り入れる人もいるけれど私は干しっぱなしだ。だからこそ、三日三晩、完璧なる晴天でなくてはならん。昔から梅は土用干しをすると言われていて(今年の土用は7/19〜8/6)私も正にその頃に干した。土用の間は晴天率が高く、一年で最も暑い頃とも言われている。天日干しには絶好のチャンスである。
翌日の朝からまた並べはじめる。昨日の梅をひっくり返す。去年はざるにくっついて皮が裂けて大変だったので(霧吹きで水をかけながら返した)今年はそうならないようによくよく汁気を切っておいたので、くっつくことなく無事に返せた。そうして梅の殆どが干せたのだった。
この後、梅酢に戻さない人が殆どだと思うのだが…我が家は昔から戻すのですねえ。戻す方がすっぱーい梅になる。今年はたくさん作ったので、戻さないバージョンも作ってみようかな。完成が楽しみだ。
砂糖、鰹節、醤油、みりんと煮てカツオ梅に
子どもの頃から、毎朝、梅干しを食べて学校へ行った。お弁当のおにぎりにも必ず梅干しが入っていた。
〈梅はその日の難逃れ〉ということわざがあるように、梅干しには夏の体に必要なクエン酸や塩分が豊富に入っている。毎朝、梅干しを一つ食べれば、きっと今年の夏も元気に乗り切れる気がするのだ。一年分の梅干しがもうじき完成する。
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。最新刊で初の小説集『ぐるり
』(筑摩書房)が発売。旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)ほか、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ
今回は、梅雨も明けもっとも暑い季節が到来。今が絶好の時季の梅干しについてつづってくれました。
第51回「梅はその日の難逃れ」
●大量の梅干しをするのにぴったりのゴザを入手
作り置きしたしそジュース
を飲みながら、扇風機をつけて過ごす夏。梅雨の時期に伸びた草取りもしなきゃいかんが、日中はうだるような暑さで、とても外には出られない。
20分後、背中に巻いた簾を2本斜めがけした忍者が帰ってきた。「スーパーの人が持って帰りやすいようにって荷造りしてくれたんだよね」と言う。こういうさりげない優しさが一日を良い方に転がしてくれるよね。私もそうありたいと思う。
「それとさ、これ、ゴザ! 畳屋さんの前に『ご自由にお取りください』が出てたから2つもらってきた。これに梅干せば全部干せるんじゃない?」
「すごい!! うん、これなら全部干せるかも!」
忍者やるなあ。畳屋さんのイグサの良い香り。一畳ほどのまっさらのゴザは、寝転びたいくらい気持ちよかった。大量の梅干しをどうやって天日干しするか考えあぐねて簾に干そうと思っていたが、これならいけそう。畳屋さんありがとう。
夫は、外に出て簾をせっせと取り付けている。
暑さを軽減するには遮熱カーテンもいいが、まずは外で日差しを遮断するのが効果的だ。場所によっては、遮熱カーテンとダブルにすると、クーラーをかけても大分効きが違う。簾は500円位で手に入るし、竹や葦(よし)などの天然素材が見た目にも涼しい。台所の窓から入る朝日が殺人的暑さだったけれど、吊るすと熱がかなり軽減されて一気に室内が落ち着きをとりもどした。
●圧巻!たっぷり仕込んだ梅を天日干しへ
アイスコーヒーで一服していると、二階で「おーい。いい感じに梅干し台作れたよー」と声がする。階段を駆け上がりベランダへ出ると、取っておいた長い板と脚立を使って、夫が梅干し用の縁台を作ってくれていた。おお〜。いいねえ!
真っ青な空の下、いくらでも梅を受け入れますよと、ゴザの雄大さたるや。さあて、では、わたくし梅子の出番! いっちょ気合を入れて干しますか。
「神社梅2021 沖縄の海水塩」「おばあさんち梅 ゲランド塩10%」「近所の方の南高梅 藻塩」等と書かれた瓶を一つづつ確かめて、まずは、神社の梅からボールを敷いたザルに上げる。完熟なので、そっと手で上げないと潰れてしまう。梅酢を切り(切った梅酢は戻すこと)、二階のベランダへ運んで、ゴザの上に一つ一つ並べる。なんといい香り。つぶれていたのを一つパクっと口に放り込む。うーん、おいしい〜。そうなのよね、梅って干す前の方が桃のような香りがあって美味しい。なので、一部は干さずに食べる。ただ、私は塩分をぎりぎり腐らない10%で漬けているので早めに食べるようにしている。
今年、何種類もの塩を試してみたが、一番梅の旨味を引き立たたせたのは「沖縄の海水塩 青い海」という塩だった。塩分濃度が他の塩より低くミネラルが高いからか、とてもマイルドで甘みも感じられる梅干しができていた。しっかりと梅酢に溶けるのでカビが生えたりもなかった。
今年、漬けた15キロもの梅干し。近所の神社や、梅の木のある方たちから様々な種類の梅をいただき、せっせと塩漬けし、赤紫蘇をもみ入れた。
たった一月でこんなに美しく色づき、まだ良い香りを放っている。落ちていた梅は、私が取らなければ腐って今頃大地に還っていたのだろう。それが、今ここで空を仰ぎながら食べ物になって私の体の一部になってくれようとしている。生きるとは不思議なことだと、食材と出会う時いつも思う。
●梅干しは最も暑い今が絶好のチャンス
階段を何往復しただろう。やがてゴザが赤やピンクの水玉模様で埋め尽くされ、置いた先から太陽は梅を乾かした。竹ザルも、あんなに広かったゴザも、いよいよどこにも置けなくなったとき…ピンポーンとチャイムがなる。あ、お隣の奥さんだ。
「ざる、足りないって言ってたでしょ」
「大丈夫? 使わないの?」
「うん、家は少ししか漬けてないから大丈夫だよー」
ありがたい〜。大きめのざるを2つ貸してくれるという。持つべきものは近くの友だなあ。
借りたざるに続きを並べる。種類が分からなくならないように、しそで目印を作ったりして。
疲れたのでその日はおしまいにした。夢中になりすぎ禁物だ。
夜眠る時、風にのってベランダから梅の匂いがふんわりと漂ってくる。ここが東京だということを忘れてしまう。どこに住もうとも、好きな暮らしに近づくように日々を大切に、周りの人を大切にいたいと思った。
夜は梅を取り入れる人もいるけれど私は干しっぱなしだ。だからこそ、三日三晩、完璧なる晴天でなくてはならん。昔から梅は土用干しをすると言われていて(今年の土用は7/19〜8/6)私も正にその頃に干した。土用の間は晴天率が高く、一年で最も暑い頃とも言われている。天日干しには絶好のチャンスである。
翌日の朝からまた並べはじめる。昨日の梅をひっくり返す。去年はざるにくっついて皮が裂けて大変だったので(霧吹きで水をかけながら返した)今年はそうならないようによくよく汁気を切っておいたので、くっつくことなく無事に返せた。そうして梅の殆どが干せたのだった。
この後、梅酢に戻さない人が殆どだと思うのだが…我が家は昔から戻すのですねえ。戻す方がすっぱーい梅になる。今年はたくさん作ったので、戻さないバージョンも作ってみようかな。完成が楽しみだ。
砂糖、鰹節、醤油、みりんと煮てカツオ梅に
子どもの頃から、毎朝、梅干しを食べて学校へ行った。お弁当のおにぎりにも必ず梅干しが入っていた。
〈梅はその日の難逃れ〉ということわざがあるように、梅干しには夏の体に必要なクエン酸や塩分が豊富に入っている。毎朝、梅干しを一つ食べれば、きっと今年の夏も元気に乗り切れる気がするのだ。一年分の梅干しがもうじき完成する。
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。最新刊で初の小説集『ぐるり
』(筑摩書房)が発売。旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)ほか、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ