「まずは現場」大企業ほど見逃す「経営の本質」
いまの日本の企業は、大企業より中小企業が「現場力の宝」だという。その理由とは? (写真: Fast&Slow/PIXTA)
『現場力を鍛える』『見える化』など数多くの著作があり、経営コンサルタントとして100社を超える経営に関与してきた遠藤功氏。遠藤氏が緊急出版した『コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方』はいまも反響が大きい。
わずか半年ほどで世界を震撼させ、経済活動や社会活動をいっきに停滞させ、世界中の人々の生活をどん底に陥れようとしている「コロナ・ショック」。2020年、「コロナ・ショック」で経済的な側面だけでなく、日本人の価値観や働き方も大きく変わっていったが、2021年もその変化は続いている。
このたび『ワイズカンパニー』『知識創造企業 新装版』を上梓した一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏と遠藤氏が対談を行った。いまの日本の企業は、「大企業より中小企業が『現場力の宝』と断言できる」という。その理由について両氏が語る。
※対談第1回、第2回、第3回
「現場の知恵」を生かせば、企業はよみがえる
遠藤功(以下、遠藤):私はコンサルタントとしてさまざまな企業のお手伝いをしていますが、そのひとつに「ソシオーク」という給食や保育園を営んでいる売り上げ約200億円の会社があります。
今は、業績はとても順調なのですが、私が相談を受けた7年前、社長の大隈太嘉志さんはとても悩んでいました。現場がひどく疲弊し、組織に活気がなかった。そこで私のところを訪ねてこられました。
私が強調したのは「現場力」の大切さです、ソシオークは現場の会社なのだから、「現場を元気にし、そこで働く人たちの知恵を使えばいい」と説き、社長も粘り強く実践してくれています。
その努力が実を結び、この7年で業績は大きく上向き、利益率も高まりました。私は「現場を元気にし、知識創造活動をボトムアップで実践すれば、会社は成長し、利益も上がるようになる」ことを証明したかった。ソシオークの社員たちは、それを見事に実践し、見違えるほどいい会社になりました。
野中郁次郎(以下、野中):よくわかります。とてもいい話ですね。
遠藤:「詳細な分析を行い、いい戦略を策定すれば、いい会社になる」ということはありえない。まずは「現場」ですよ。
野中:そういうことですね。
遠藤:そのソシオークは、現社長のお母さまがつくった会社で、もともとは小さなお弁当屋さんでした。とにかくお客様に「おいしいものを食べてほしい」という創業者の強い思いがあった。
その思いがいまだに現場に浸透しているのです。「みんなが喜んで食べてくれる給食を提供しよう」と。
でも、以前は経営や運営のやり方がうまく回っていなかった。会社の理念に共感した私は、「現場に火をつければ、この会社は絶対によくなる」と思いました。
中小企業は「現場力重視」が浸透しやすい
遠藤:実際、おいしい給食をつくり続ける一方で、「こういう無駄をなくしたら、お金が浮く」「こんな工夫をしたら、仕事の効率が上がる」「こんなサービスを提供したら、お客さんは喜んでくれる」という現場からの改善提案をたくさん集め、1つひとつ実現していったら、みなさんの目の色が変わり始め、どんどん元気になっていったのです。
野中郁次郎(のなか いくじろう)/一橋大学名誉教授。1935年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造勤務の後、カリフォルニア大学(バークレー校)経営大学院にてPh.D.取得。南山大学、防衛大学校、一橋大学、北陸先端科学技術大学院大学各教授を歴任。日本学士院会員。知識創造理論を世界に広めたナレッジマネジメントの権威。主な著作に『知識創造企業』『失敗の本質』などがある(撮影:梅谷秀司)
野中:遠藤さんが偉いのは、現場にまで入り込んで、しつこくミクロを追求していることですね。遠藤さんご自身に強烈な「現場力」があるのでしょうね。
ところで、その現場力といえば、僕の所属する一橋大学ビジネススクールの1期生のアメリカ人が、最近、在日米軍の空軍のナンバー2になりました。
彼が勤務している東京の横田基地で一度、ディナーを食べたのですが、そのときに同席していた日本の航空自衛隊の方が、航空自衛隊では、遠藤さんの著書『新幹線お掃除の天使たち』で取り上げたテッセイなど民間企業から多くを学んでいるということでした。
遠藤:本当ですか。それはうれしいですね。同書で取り上げた、東京駅に到着した新幹線内の掃除をごく短時間で行うテッセイという会社は、「ハーバード・ビジネススクール」のケースにもなっていますからね。
野中:実は、昨年の7月から私は中小企業大学校の総長を仰せつかっています。独立行政法人中小企業基盤整備機構内にある国の教育機関です。
遠藤:それは存じ上げませんでした。私も大企業から中堅企業、中小企業まで、すべてコンサルしてきましたが、正直、大企業は動きが鈍い。中堅・中小企業のほうが反応が速く、実に面白い。「現場力重視」という私の考えが、すごく浸透しやすいのです。
野中:私自身は中小企業についてあまり研究してこなかったのですが、ここ20年近く続けている雑誌の連載の取材ではよく訪れています。
遠藤:どこか面白い企業はありましたか?
4000枚も焼いて「世界一のトースト」が誕生した
野中:最近、東証マザーズに上場した家電ベンチャーの「バルミューダ」は面白かった。もう4年ほど前ですが、「大ヒットした2万円を超える高価なトースターがいかに生まれたか」というプロセスを取材したんです。
その開発のきっかけが面白くて、あるとき、オフィス近くにある公園で、全社員が集まり、バーベキュー大会をしていたそうなんです。トースターの製品化は決まっていたそうですが、中身もコンセプトも、まったく未定でした。
遠藤:まったく何も決まっていなかったのですか?
野中:そうなんです。その日はあいにく土砂降りだったのですが、ある社員が食パンを持ってきた。それを炭火で焼くと、表面はカリッと焼け、なかは水分が十分に残るトーストがたまたま出来上がり、その味がとてもおいしかったそうなんです。
プロジェクトリーダーでもある社長は「この味を再現しよう」と決め、コンセプトも決めた。「世界一のトースト」です。
遠藤功(えんどう いさお)/シナ・コーポレーション代表取締役。早稲田大学商学部卒業、アメリカ・ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て現職。2005〜2016年早稲田大学ビジネススクール教授。2020年6月末にローランド・ベルガー日本法人会長を退任。7月より「無所属」の独立コンサルタントとして活動。良品計画やSOMPOホールディングスの社外取締役を務める。主な著作に『現場力を鍛える』『見える化』などがある(撮影:梅谷秀司)
遠藤:「トースター」ではなく「トースト」だと。
野中:そうなんです。「世界一のトースト」をみんなに食べてもらおうと、「体験」を重視したんです。
それから試行錯誤を繰り返し、トーストを4000枚も焼いて、いちばんおいしい焼き方のアルゴリズムを突き止めた。やはり水分がカギを握っていた。そこで、焼く前に小さなカップで水分を足すようにした、どこにもないトースターを開発して売り出したら大ヒットです。
遠藤:大企業だったら、そんな開発のやり方はとらないでしょう。
野中:そうでしょう。「トースターなんて枯れた市場」だと勝手に決めつけ、そこでイノベーションを興そうなんて思いもしない。だから負けるんですよ。
野中:これは一例ですが、大企業だからこそ、中小企業に学ぶべきことがたくさんあるはずなんです。大企業の人がMBAを勉強する暇があったら、優れた中小企業で働かせてもらったほうがよほど身になる。
遠藤:中小企業大学校が日本のMBA機関になるべきかもしれませんね(笑)。
野中:その発想はいいですね。
企業は「体格」より「体質」が重要
遠藤:つまり、中小企業大学校に大企業のさまざまなコンセプトを入れてはいけないんですよ。逆に中小企業大学校のカリキュラムを概念化して大企業に持ち込むことを考えるべきです。中小企業が日本経済を支え、それこそ「知識創造」を日々行っているわけです。
野中:そのとおり、これは元気が出る話ですね。
遠藤:世の中に漂っている「大企業は中小企業よりも上だ」という雰囲気が間違っています。大きさという企業の「体格」は大事だけれども、それよりも重要なのは、「体質」でしょう。「体格」がいくら立派でも「体質」が悪かったら、すぐに病気にかかってしまう。
野中:「体質のいい中小企業」は、「体格だけ大きい大企業」より上でしょう。
遠藤:そのとおりです。私はその体質を決めるのが「現場力」であり、「知識創造」だと思っています。中堅・中小企業だからこそ「知識創造理論」を学び、実践し、「体質」磨きを続ける必要があります。その意味では、野中先生が中小企業大学校の総長になられたというのは実に喜ばしい。日本の未来を変える話だと思います。
(構成:荻野進介)