◆当事者が語る「史上最大の大誤審」>>

 全国各地で高校野球の独自大会が開かれている。すでに優勝校が決まった地区もあるが、たとえ優勝しても今年は甲子園に出られるわけではない。

 パンデミックにより甲子園という目標を不条理に奪われながらも、3年生の球児たちは集大成をぶつけるべく高校最後の夏に臨んでいる。また、そんな3年生を慮ってのことだろう。今夏は3年生中心のメンバー構成で臨んでいるチームが目立つ。


都道府県によってそれぞれのルールで開催されている独自大会

「普段とは違うプレッシャーがありました」

 そう打ち明けたのは、国士舘のベテラン指揮官・永田昌弘監督である。7月28日に初戦を迎え、清瀬に9対2で8回コールド勝ち。この試合で国士舘は18人の選手を起用している。

 この日ベンチ入りした20名の選手は、全員3年生だった。永田監督は言う。

「例年なら勝ちにこだわって甲子園を目標に戦うんですけど、今年はまず3回は戦わないといけないので。3試合戦わないと、3年生30人全員がベンチ入りできないんです。2戦目、3戦目に入れ替えるメンバーは決まっています。勝ちにいきながらも、できるだけ試合に使ってやりたい。全員を使いたいと思って、そっちに神経がいってしまいました」

 東京都の独自大会は、試合ごとのベンチ入りメンバーの登録変更が認められている。国士舘は15名の主力・控えメンバーを固定し、残りの5名を試合ごとに入れ替える計画だ。

 キャプテンの鎌田州真が「全員でひとつの方向を見て、勝てれば一番いい」と語るように、目標は独自大会の優勝にある。とはいえ、例年の地方大会とは異なる「努力した3年生のご褒美の場」としての側面も色濃くある。

 メンバー登録に関する規定は、地区ごとに異なる。大胆な規定を打ち出したのは茨城県だ。ベンチに下級生を入れない場合は、3年生全員のベンチ入りを認めることにした。

 県内で3年生の人数がもっとも多いのは常総学院の31名(マネージャーを除く)。7月19日の取手二との初戦で、常総学院は3年生31人全員をベンチ入りさせた。

 といっても、31人の選手が同時にベンチに入れば、ソーシャルディスタンスが保てない。「一度にベンチに入るのは15名まで」という特別規定が設けられたため、試合中に換気のいいベンチ裏やブルペンには背番号をつけた常総学院の選手たちの姿が多く見られた。

 この試合で、常総学院はなんと30人の選手を起用している。常総学院といえば木内幸男監督時代から起用選手数の多いチームとして知られたが、30人も起用したのはもちろん史上最多だそうだ。

 当時の佐々木力監督(大会後に退任)は、「3年生のための試合になってしまったところはあります」と頭をかきつつ、その意図をこう語った。

「今年はコロナ禍で試合機会が少なくて、3年生のなかには大学で野球を続けたくてもこのままでは続けられない子もいたんです。大学のなかにはたとえ1アウト、1打席であっても実績としてあげてくださるところもあります。なので、今日はそんな選手を優先的に出した結果、こうなりました」

 30人が出たといっても、登板した6人の投手は全員球速が130キロを超えるなどレベルは高かった。試合は6対0で常総学院が勝利したが、コールドにならない点差でもきっちりリードを守りきっているところに、名門の選手層の厚さを感じずにはいられない。

 昨夏は茨城代表として甲子園に出場した霞ヶ浦も、力のある下級生をベンチから外して全員3年生で初戦を戦った。土浦二に中盤まで攻めあぐんだものの、10対0の6回コールドで大勝。だが、試合後の高橋祐二監督の表情は険しかった。

「最初から最後まで、相手のミスで点をもらったようなもの。攻めの形がまったくできていませんでした」

 そして高橋監督は、首をひねりながらこう続けた。

「3年生を使ってあげないといけないという気持ちで試合している時点で、いい緊張感にならないのかもしれません。この大会は3年生だけで戦いたいと言っていましたが、戦ってみて『それは正しいことではないのかも?』と思うようになりました」

 この厳しい言葉の背景には、例年のように「1年をかけてチームをつくり上げた」という手応えのなさも影響しているのだろう。練習不足、実戦不足のため、どうしても例年よりも戦力の見極めができない。

 霞ヶ浦の場合は例年3泊4日の合宿を通して追い込みをかけ、結束力を高めている。たが、今年はコロナ禍の影響で合宿を組めなかった。「どのチームも同じ条件ですが、今年はチームになっていません」と高橋監督は語った。

 いくら甲子園がないとはいっても、「負けてもいい」と考えて参加するチームなどないはずだ。それゆえ、いくら3年生を使いたくても、対戦校のレベルや試合展開によっては起用できないこともある。

◆日大三・小倉監督の原点は「打倒・帝京」>>

 西東京の甲子園常連校・日大三は、「甲子園と同じ気持ちでやらなきゃダメだ」と強い思いで臨んでいる。小倉全由監督は言う。

「甲子園には地方大会を優勝した1チームしか出られない。負けたら甲子園に行けないわけです。今年は甲子園がなくなったといっても、これだけ熱い思いでやってきたのですから。選手には『甲子園と同じ気持ちでやらなかったら、悔いが残るよ』と言っています」

 7月28日の東京都市大等々力戦では、3回までに6点のリードを奪ったものの、中盤以降は軟投派投手に抑えられ、追加点がなかなか奪えなかった。そんな展開もあり、出場選手数は12人と標準的。試合後に小倉監督は「3年生をもっと出してあげたかった」と悔やんだ。

「できるだけ、これまで投げていなかった棚原(幸)を投げさせてやりたいと先発させたんですけど、ほかのピッチャーも投げさせたかったんです。思うように点を取れなかったので、(主力投手のひとりである)柳舘(憲吾)に『頼むよ』と言ってリリーフさせたんです」

 試合は8対1で7回コールド勝ち。小倉監督は「これから連戦になってくるとピッチャーの数も足りなくなってきますし、2年生には『いつでも手助けできるように、ベンチに入れるようにしてくれ』と言ってあります」と語ったが、日大三は結果的に「オール3年生」の投手陣で戦った。

 他方、西東京で日大三と覇権を争う東海大菅生は、ここまで登場した強豪のなかでは異彩を放つ戦いぶりを見せている。

 7月29日の初戦・駒場学園戦では2年生が3人先発メンバーに入り、3年生を優遇することなく実力主義で戦った。7対0の8回コールド勝ちを収めた試合後、若林弘泰監督は「各チームの監督さんの方針があるんでしょうけど」と前置きしたうえで、こう語った。

「ウチはまったく例年どおりやっています。お情けでベンチに入れるのはどうなのかなと思っているので。3年生の甲子園はなくなりましたが、それは1、2年生にとっても1回なくなったのは同じこと。ただ、ベンチ入りメンバーの入れ替えはできるので、試合展開によってはあまり出番のなかった3年生も使おうと思います。それは例年もやっていることですから」

 どの監督の考えが正しく、間違っているというものではない。甲子園という大きな目標に向かって取り組み、未曾有の疫病に翻弄された選手の姿を間近で見てきた監督だからこそ、その悩みは深い。今年の夏は、例年以上に勝負と温情の狭間で葛藤する指揮官たちの姿がある。